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第8話:『ノーバント・ノーボール作戦 in 異世界』

「それが、あなたの、リーダーとしての、本当の贖罪でしょう!?」


私の言葉は、暗闇に閉ざされた父の心に、一筋の光を灯したようだった。

父アルドは、私の手を握り返してきた。その手はまだ微かに震えていたが、力強さが戻っていた。

「……贖罪、か」

父はゆっくりと立ち上がると、壁にかけてあった自分の愛剣「サンダーブレード」を手に取った。そして、私に向き直り、深く、深く頭を下げた。

「マネージャー。俺に、もう一度戦うチャンスをくれ」


その言葉を待っていた。

父の復活に、見守っていたバルガスたちが歓声を上げる。ギルドに、再び闘志の火が灯ったのだ。


***


翌朝、私はギルドのメンバー全員を前に、決勝戦のための新戦術を発表した。

作戦ボードに貼り出された設計図を見て、誰もが息を呑む。


「……ユナ、これ、本気か?」

バルガスが呆然と呟いた。

「防御陣形が、どこにもないじゃねえか……」


それもそのはずだ。私の考えた作戦――コードネーム『新生・黎明ドーンブレイカー』は、あまりにも常軌を逸していた。


「その通りよ」

私はきっぱりと言った。「この作戦に、防御という概念はないわ。私たちの狙いはただ一つ。――試合開始と同時に、全員が、全魔力、全生命力を懸けて、最大火力の攻撃を、敵の司令塔であるゼノン、ただ一人に叩き込む」


「なっ……!?」

全員が絶句する。

「そ、そんなの無謀だよ!」カイトが叫んだ。「もし防がれたら? かわされたら? 私たちは完全に無防備だ! 一瞬で反撃されて、全滅だよ!」


「ええ、その通り。成功確率は、正直言って高くないわ。超ハイリスク、超ハイリターンな一点突破戦術。でも、これしか『獅子の心』の完璧な連携を崩す方法はないの」


メンバーたちの顔に、不安と反発の色が広がる。

「いくら同時に攻撃したって、あいつらの防御も完璧だ。どうやってゼノンまで攻撃を通すんだ?」

父の問いは、もっともだった。


「起点を作るのよ」

私は、作戦ボードの父の名前を指差した。

「お父さんの、神業の一撃で」


「カイトが索敵でゼノンの僅かな動きの予兆を捉える。そのコンマ数秒後、セシルとフィンが援護魔法で、ゼノン以外の4人の動きをほんの一瞬だけ牽制する。バルガスは防御を捨て、ゼノンへの最短ルートをこじ開けるための肉壁となる。そして、そうして生まれた、ほんの一瞬の隙。その一点を、お父さんの『雷鳴』の一撃が貫く。それが、私たちの攻撃の突破口になるの」


それは、野球で言う「ノーバント・ノーボール作戦」に似ていた。セオリーを無視し、自分たちの最大の強みだけを信じて、全てを懸ける。

あまりの無謀さに、誰もが言葉を失う。


その重い沈黙を破ったのは、父アルドだった。


「――やるぞ」


その声には、一切の迷いがなかった。

「俺が、全責任を取る。お前たちは、何も心配するな。ただ、俺たちのマネージャーを信じろ。そして、隣にいる仲間を信じろ。俺は、お前たち全員を信じる」

真のリーダーとして覚醒した父の言葉は、メンバーたちの不安を払拭するのに十分な力を持っていた。

「……へっ、大将がそう言うなら、やるしかねえな!」

「私の最大火力を、見せてあげるわ!」

「ぼ、僕も、やってみる!」

「はい!」

全員の心が、再び一つになった。


***


そこからの数日間は、地獄のような猛特訓だった。

作戦『新生・黎明』の成功には、メンバー全員の、コンマ1秒の狂いもない完璧なタイミングが不可欠だった。


「遅い! カイトの報告から、セシルの詠唱開始まで0.3秒もかかってる! これじゃ読まれるわ!」

「バルガス、ルートが違う! もっと右に踏み込まないと、アルドさんの一撃が通る道ができない!」

「フィン、あなたの治癒魔法は攻撃には使えない! でも、味方の身体能力を瞬間的にブーストさせる補助魔法なら使えるはずよ! やって!」


私は鬼になった。前世のブラック企業で学んだ(くしくも役に立ってしまった)進捗管理と課題解決の手法をフル活用し、彼らを限界まで追い込んでいく。

何度も失敗し、何度もぶつかり合った。魔力が尽きて倒れる者、疲労困憊で動けなくなる者。


だが、誰も音を上げなかった。

「大将、もう一回だ!」

バルガスが泥だらけの顔で叫ぶ。

「ユナ、今のタイミングなら、もっと詠唱を短縮できるわ!」

セシルが新しい魔法陣を提案する。


失敗を重ねるたびに、彼らは自ら考え、改善し始めた。

そして、練習を重ねるうちに、バラバラだった五つの動きが、一つの大きなうねりとなっていくのが分かった。

カイトの報告に、セシルとフィンが呼吸を合わせるように反応し、バルガスが獣のように突進し、そして、アルドの剣が、まるで本物の雷のように、空間を穿つ。


その一撃が決まった時、私たちは言葉もなく、互いの顔を見合わせた。

できる。これなら、勝てる。

そこには、技術的な成長だけではない、互いのすべてを預けられるという、絶対的な信頼関係が生まれていた。


***


決勝戦前夜。

特訓を終え、静まり返ったギルドのホールで、私たちは最後のミーティングをしていた。

心地よい疲労感と、決戦を前にした緊張感が、空間を満たしている。


その時、ギルドの扉が静かに開いた。

そこに立っていたのは、リアナだった。彼女は、いつものように腕を組み、私たち一人ひとりの顔を値踏みするように見回した。


「……随分と、いい顔つきになったじゃない。特にあんた、アルド」

その言葉には、いつものような棘はなかった。

「リアナ……」


リアナは、私たちの輪に近づいてきた。

「一つ、忠告しておいてあげる。決勝の前にね」

彼女の視線が、父アルドを捉える。


「あんたたちが思っているほど、ゼノンは単純じゃない。あいつが本当に憎んでいるのは、あんたじゃないわ、アルド」

「……どういうことだ?」


「あいつが憎んでいるのは、あんたに見捨てられたこと以上に、英雄になれなかった、弱い自分自身よ。魔王の親衛隊に敗れ、生き恥を晒した自分を、あいつは誰よりも呪っている」

リアナは、自分の腕をさすりながら言った。

「あいつは、あの時、魔王の呪いを受けた。そのせいで、仮面の下の顔には、一生消えない醜い傷跡が残っているはずよ。それが、あいつの力の源であり、そして……最大の弱点でもある」


その言葉は、私たちに重要なヒントを与えてくれた。

ゼノンの強さの根源は、憎しみだけではない。自己嫌悪と、癒えない傷。

ならば、私たちが本当に為すべきことは、彼を力で打ち破ることだけではないのかもしれない。


リアナは、それだけ言うと、踵を返した。

「せいぜい、無様な試合は見せないでちょうだい」

扉が閉まる直前、彼女が小さく「……期待してるわよ」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。

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