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第6話:『最初の敗北と真のリーダーシップ』

王都ギルド対抗戦ロイヤル・トーナメントの幕開けを告げるファンファーレが、王都中に響き渡った。

私たちのギルド「黎明の鐘」は、快進撃を続けた。


一回戦。相手は猪突猛進型の戦士ギルド。私はカイトの索敵能力を最大限に活かし、無数の罠を仕掛けて敵の戦力を分断。疲弊したところをバルガスとセシルのコンビが各個撃破した。


二回戦。相手は狡猾な盗賊団。彼らの奇襲戦術は、私のデータ分析の前では無力だった。過去の試合記録から彼らの行動パターンを完全に予測し、カウンターですべてを潰した。


三回戦も、四回戦も、私たちは勝ち進んだ。

ユナの「マネジメント」と、それに応えるメンバーの結束。一つになった私たちの力は、面白いように機能した。ギルドには勝利の空気が満ち、メンバーの顔には自信が溢れていた。


「へへっ、俺たち、結構いけんじゃねえか?」

バルガスが戦斧を磨きながら言う。

「当たり前でしょ。私の魔法にかかれば、どんな相手も雑魚同然よ」

セシルも扇子で口元を隠しながら、得意げに笑う。

カイトとフィンも、以前のようにおどおどすることはなくなり、堂々とギルドのエンブレムを胸に掲げていた。

父アルドも、そんなメンバーの姿を満足げに眺めている。


このまま、頂点まで行けるかもしれない。

そんな楽観的なムードが、ギルド全体を包んでいた。私自身も、心のどこかでそう信じていた。私たちの「マネジメント」は、最強だ、と。


その幻想が、木っ端微塵に砕け散ったのは、準々決勝でのことだった。


対戦相手は、王都最強のギルド「獅子の心」(ライオンハート)。

そして、その先頭に立つのは、あの銀の仮面をつけた剣士、ゼノンだった。


試合開始のゴングが鳴る。

私はいつも通り、カイトに索敵を命じ、相手の陣形を分析しようとした。だが――。

「ユナさん! だめだ! どこにもいない! 5人の気配が、完全に消えてる!」

カイトの悲鳴のような報告。ありえない。どんなに優れた隠密術でも、5人もの人間の気配を完全に消すことなど不可能だ。


その直後だった。

「――バルガス、上だ!」

父アルドの鋭い声。バルガスが空を見上げた瞬間、真上から5つの影が降り注いだ。完璧に統率された、音のない奇襲。

「ぐあっ!」

バルガスは反応しきれず、初撃で盾を弾き飛ばされ、大きく吹き飛ばされた。


「セシル、ファイアストーム!」

私が叫ぶ。だが、セシルが詠唱を始めるより早く、敵の一人が彼女の懐に潜り込み、呪文を封じる短剣を突きつけた。

「なっ……!?」


速い。強すぎる。そして何より、彼らの連携は、機械のように冷徹で、完璧だった。

私たちの強みである「組織戦」を、さらに上のレベルで実行してくる。こちらの分析も、戦術も、何もかもが通用しない。


そして、ゼノンが動いた。

彼は他の戦闘には一切加わらず、ただまっすぐに、父アルドの前に立った。

「久しぶりですね、アルド。……いや、師よ」

その声は、仮面の下で歪んだ喜びに満ちていた。

「なっ……師、だと……?」

バルガスが呻く。


ゼノンは剣を構えた。その構えは、驚くほど、若い頃の父アルドのそれに酷似していた。

「あなたに教わった全てで、あなたを超える。それが、俺の復讐だ」

閃光が走る。

父とゼノンの剣が、火花を散らして激突した。しかし、体勢は明らかにゼノンが有利だった。父の剣は重く、精彩を欠いている。対するゼノンの剣は、憎悪と鍛錬によって磨き上げられ、剃刀のように鋭い。


私たちは、手も足も出なかった。

ただ、自分たちの仲間が一人、また一人と打ちのめされていくのを、なすすべもなく見ていることしかできなかった。

私の「マネジ-メント」が、初めて完全に敗北した瞬間だった。


試合終了のゴングが、無情に鳴り響いた。


***


ギルドに戻った私たちを待っていたのは、墓場のような沈黙だった。

誰もが俯き、言葉を発しない。あれほど満ちていた自信は跡形もなく消え、代わりに敗北の苦い味が、全員の心を支配していた。


「……俺のせいだ」

最初に口を開いたのは、バルガスだった。「俺が、初撃でやられちまったから……」

「いいや、僕が索敵できなかったからだ……」カイトが力なく首を振る。

「私のせいよ……何もできずに……」セシルの声も、震えていた。


責任のなすりつけ合いではない。全員が、自分を責めていた。それは、チームが一つになった証拠でもあったが、同時に、敗北のショックがそれだけ大きいことを示していた。


その時、ずっと黙っていた父アルドが、静かに立ち上がった。

彼は壁にかけてあった自分の古いマントを手に取ると、力なく言った。


「……全部、俺の責任だ」


その言葉に、私たちは顔を上げた。

「俺が、弱かったせいだ。俺が、あいつを……ゼノンを育ててしまった。俺がリーダーでいる限り、お前たちを不幸にする」

父は、ギルドの扉に向かって歩き始めた。

「このギルドは、解散する。お前たちは、もっといいギルドに行け。俺は……もう、リーダーの資格はねえ」


「待って!」

私は父の前に立ちはだかった。

「責任を取って、辞める? それがリーダーの仕事だとでも言うの!?」


父は、私を避けるように目をそむけた。

「……そうだ。リーダーは、敗北の責任を取るのが仕事だ」


「違う!」

私は叫んだ。脳裏に、ドラッカーの言葉が雷のように響き渡る。

「ドラッカーは言っているわ! 『リーダーシップとは、責任である』と! でも、その責任とは、職を辞することじゃない! それは、ただの『責任放棄』よ!」


私は父の胸ぐらを掴み、その目を無理やり見させた。

「リーダーの本当の責任とは! ――組織の使命を再確認し、目標を再設定し、そして、チームを再びその目標に向かわせることよ!」


私の言葉に、父の目が大きく見開かれた。


「逃げるな、お父さん! 負けたから何!? 惨めだから何!? 私たちの目標はまだ終わってない! ここで諦めたら、私たちはただの負け犬よ! でも、ここから立ち上がれば、私たちは本物の『挑戦者』になれる!」


私の背後から、メンバーたちの声が続く。

「そうだぜ、大将! 俺は、あんたのいないギルドなんざ、こっちから願い下げだ!」

「僕もです! ここが僕の居場所なんです!」

「……リベンジ、するんでしょう? あの仮面ヤローに」


全員の想いが、父の背中を押す。

父は、私の胸ぐらを掴む手に力を込めたまま、わなわなと震えていた。やがて、その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、私が生まれてから、初めて見る父の涙だった。


...父は、ゆっくりと私の手を離し、手にしたマントを床に落とした。

そして、深く、深く頭を下げた。

「……すまなかった。俺は、また逃げるところだった」

顔を上げた父の表情は、もう「過去の英雄」のものではなかった。敗北を知り、弱さを認め、それでも仲間と共に未来へ向かおうとする――「黎明の鐘」の、真のリーダーの顔だった。


その時だった。

ギルドの扉が慌ただしくノックされ、一人の王宮騎士が息を切らして入ってきた。

「『黎明の鐘』の皆さん! 王宮からの伝令です!」


私たちは、いぶかしげに顔を見合わせた。敗者に何の用だろうか。

騎士は、一枚の羊皮紙を広げ、高らかに読み上げた。


「――『黎明の鐘』! 貴ギルドのこれまでの戦いぶりと、困難に立ち向かう不屈の闘志を称え、今大会の敗者復活枠ワイルドカードに選出する! よって、準決勝への出場を許可する!」


「……なっ!?」

誰もが、自分の耳を疑った。敗者復活。二度目のチャンス。

予期せぬ奇跡の報せに、私たちはただ呆然と立ち尽くす。


父は、騎士の手にある羊皮紙を、そして私たちの顔を交互に見た。

やがて、彼は決意を固めたように、私に向き直った。


「ユナ。……いや、マネージャー」

その声は、震えていた。だが、それは絶望からではなく、天が与えた好機への武者震いだった。

「指示をくれ。俺たちは、どうすれば『獅子の心』に……決勝で待つであろう、あいつらに勝てる?」


その問いこそが、「黎明の鐘」の、本当の反撃の狼煙だった。

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