第五話「一雨」
それは、突然の出来事で、帝国全土に知れ渡る事となった。
「…全団召集…だと?」
伝令を聞いた軍人達は一瞬、理解を拒んたかのように動きを止める。帝国の全戦力を一堂に集めるなど、そうあることでは無い。
しかも、”明日”という唐突すぎる時間に。
「何が…起きた?」
誰かが呟いたその疑問に、答えは無かった。
だが、軍人達の背筋が自然と伸びたのは命令が”誰から発せられた”かすぐに理解したからだ。
その男が動く時、戦は避けられない。
◇
翌日。
ガラクシア中央基地、その心臓部。
そこへ帝国軍全団が集結していた。
第一から第五星団全てが見事なまでの列を成して。
やがて──登壇。
壇上に立つのはただ一人、灰色の外套を靡かせる男。
第七代目皇帝──ゼラ・カーディナル・バレット。
その眼差しは揺るぎない意志と容赦なき闘志を宿していた。
「よく集まってくれた。我が兵士達よ」
低く響き渡る声。
誰もが息を呑み、誰もが胸を高鳴らせる。
その声音に威圧は無く、全てを背負う者だけが持つ”重み”があった。
「三ヶ月前、我らは異形の怪物――“ネイアス”と交戦した。
奴らは理なき存在、破壊こそが意志であり、本能。
対話も、交渉も、意味を為さぬ。あるのは殺し合い、それだけだ」
場に緊張が走る。だが、ゼラの声は揺るがない。
「その殺し合いの果てにあるのはガラクシアの行く末。
確かな未来を創る為に、振り払え」
誰もが手に汗を握る。
誰もがその偉大な姿に目を離せない。
「我は民を護る。そのために剣となり、鎧となり、盾となる。
貴様らが我が誇り、ガラクシアの誇りだ」
空気が変わる。兵たちの目に光が宿る。
「怯むな。迷うな。戦場に立つならば、闘志を掲げろ。
全てを捧げる覚悟がある者だけが、ここに立っている筈だッ!」
刹那──。
空が──悲鳴を上げる。
空を裂く銀の光。
まるで天が砕けるように、無数の閃光が舞う。
それは──”ネイアス”だった。
銀の光は無数の閃きとなり、大地へ落ちる。
次の瞬間、爆音と振動が帝都の各地を襲う。
外縁の障壁が軋み、遠くから悲鳴と魔力の波動が交差する。
空を見上げた軍人達は、息を呑んだ。
数が”異常”だった。
降り注ぐ光の群れ。
無数、数百、数千、数万。
まるで、空全体が敵に変わったみたいに。
だが、その中でいち早く──動いた者がいた。
灰色の外套をはためかせる。
「陛下!」
誰かが叫ぶより早く、ゼラ・カーディナル・バレットは地を蹴っていた。躊躇も無く、真正面から敵の降下点へ向かう。
「我が薙ぎ払えば済む事だ」
たった一言、それだけを残して。
◇
その背中を団長達は目にしていた。
アルメリアがすぐさま叫ぶ。
「全団、怯むな!迎撃体制を取れ!皇帝陛下に続くぞ!」
指揮系統が一斉に動き出す。
司令の奔流に染まっていく。
怒号と指示が交錯する中、それぞれの団長達が持ち場へと動き出す。
「イドラ隊…これは戦争だ。──行くぞ」
イドラが冷静に言い放つ。
「了解!」
誰もが戦場へ向かう。
恐怖を振り払い、覚悟と共に。
◇
空から降り立つ無数のネイアス。その中心を射抜くように、皇帝の影が突き刺さる。
銀色の外骨格が軋む音を鳴らして、群れを成して、列を成して、ゼラへ近づく。
やがて、数体のネイアスが強靭な爪を振りかざそうと襲いかかる。
「…貫くぞ」
ゼラが言ったその瞬間、彼の掌に魔力が集束していく。
白い光が螺旋を描き、一条の光となって前方へ放たれる。
「白い弾丸」
放たれた一筋の光は、空間そのものを引き裂くように走る。
音も、熱も影すら残らない。ただ一直線に無数のネイアスを貫いて消し去る。
地に降り立ったゼラは、まだ残る敵を見据えながら、冷静に言い放つ。
「通さんぞ、俗物ども」
その背後に黒い外套を纏った男が着地する。
鋭い眼差しを前方に向けながら膝をつく。
「遅れて申し訳ありません。陛下」
名も無き駒。
ゼラの影となる側近。
魔力を持たない駒の剣は、皇帝のために、常に沈黙の中で血を浴びる。
「構わん。お前はお前の役目を果たせ」
「有り難きお言葉、しかと賜ります」
◇
戦場を一望できる高台から、第一星団団長アストル・ルクスは静かに腕を掲げた。空気が震え、地が鳴る。
淡く輝か魔法陣が彼の周囲に浮かび上がる。
それは一つではな無く、二つ、三つ──何十、何百と。
天を覆うように、その輝きが広がっていく。
「超過密爆葬」
空が開いた。
無数の魔力の矢が雨のように降り注ぐ。
一帯は爆発に包まれ、ネイアスの群れは塵一つ残さず消し飛ぶ。
アストルの後方に待機していた軍人達は、芸術を目の前にして、ただ──眺めるしか無かった。
爆風が収まり、アストルが目を細める。
「……少し派手すぎたか。ま、いいだろ。派手な方が士気も上がる」
戦場の要、第一星団団長としての、圧倒的な”面”があった。
◇
地面が揺れる。
その中心には、第四星団団長ガルナ・ノーザンクロスがいた。 鎧すら纏わず、ただ己の肉体だけを武器に、敵の群れの中に立つ。
「……来い」
その一声と同時に、ネイアスが一斉に襲いかかる。
だが――次の瞬間、ガルナの拳が空気を裂いた。
轟音と共に、複数のネイアスが上半身ごと吹き飛ぶ。
振り向きざまに放った蹴りで、もう一体が大地に叩きつけられる。
踏み込み、殴り抜き、掴み、叩きつけ――そのすべてが、技術ではなく“力”だった。
吹き飛んだネイアスの破片が宙を舞い、ガルナの髪と服に銀の飛沫をまき散らす。
それでも彼は、一歩も引かない。ただ無言で、次の一撃を繰り出す。
「…まずは露払いだ」
低く、だが確かに響く声。
その言葉の意味を理解した時、周囲にいた軍人達は気づく。
この男にとって、いま目の前の脅威は“準備運動”にすぎないのだと。
牙をむく咆哮のような拳が、大地を叩いた。
そして、また一体――ネイアスが地に伏す。
◇
戦場に響くのは、砲撃音でもなければ叫び声でもない。
それは、淡々とした“起動音”だった。
「《MG-スピカ起動》」
そう呟いたのは、第三星団団長セリカ・エルモア。
彼女の背後には、金属の巨体が静かに立ち上がる。
それは人型でも、獣型でもない。
むしろ“砲台そのもの”――魔法兵器《MG-スピカ》。
「感情は不要。ここは試験場じゃない、戦場」
セリカは指先でスイッチを入れる。瞬間、空気が凍りつく。
「――射角補正、完了。ターゲットロック」
ネイアスが群れていた一帯に、魔力の奔流が突如放たれる。
それは光の柱。質量を持った雷――否、“魔力の杭”そのものだった。
「《制導魔杭・アストレア》」
敵影があった場所は、ただ白煙だけを残して消え去る。
起動から着弾まで、十秒とかからなかった。
周囲の兵士が一瞬息を飲むなか、セリカは淡々と再装填を始める。
「反応良好。威力、想定比100%。次弾装填……完了。次」
敵を排除することに感情は不要。
彼女にとって兵器とは、“効率的な結果”を生む手段に過ぎない。
◇
地図と戦場の全景を、同時に描ける男がいる。
第二星団団長カリスト・レクター。戦術と魔力操作において、帝国随一の頭脳を持つ男だ。
「……やはり、狙い通りだな。全隊、第二陣へ移行」
彼の指示に即応するように、周囲の部隊が静かに動いた。
それは“疾風の駒”カリスト直属の快速部隊《フェネトラ部隊》。
事前に張り巡らされた魔法陣を通過することで、瞬時に配置転換を行う精鋭たちだ。
「ネイアスの突撃パターン、三手前を読む。配置Cに魔力誘導」
カリストが杖を掲げると、空間に光の“筋”が浮かぶ。それは、ネイアスの未来位置を可視化した魔力軌道。
そこへ、あらかじめ設置されていた罠が作動する。
「《転位魔閃陣》、起爆」
閃光。刹那、十数体のネイアスが軌道上で爆ぜた。
敵が足を止めたその一瞬――すかさず《フェネトラ部隊》が駆け込む。
「仕留めろ、“今”が開いた」
斬撃、魔弾、封印術。すべてが計算され尽くしていた。
戦場で一歩先を読む者は強者だが、
三歩先を創り出す者は――支配者だ。
◇
戦場において、もっとも重要なのは前線。
それと同時に後方に“勝利”を導く鍵はある。
「医療班、北西へ急行。第四小隊の負傷者は再優先で搬送を。補給部隊、補充ルートを南回りへ切り替えて」
統率の声が、全軍へと波紋のように広がっていく。
第五星団団長アルメリア・サジタリス。彼女は戦場における“指揮の核”であり、軍全体の羅針盤だった。
前へ出ずとも、彼女の一声が十万の行軍を決める。
だがそのとき――戦場の喧騒からわずかに外れた指令台へ、銀の影が忍び寄った。
空を飛び越え、真っ直ぐに向かってくる二体のネイアス。
「……こちらにまで」
アルメリアは静かに振り返る。
誰もいない。護衛も、部下も、もう間に合わない。
だが、彼女の瞳はまったく揺れなかった。
「愚かな怪物ね」
一歩、前
魔力が舞う。息を呑むような、微細な気流。
だが次の瞬間には、ネイアス二体の身体が音もなく崩れ落ちていた。
彼女はまだ、杖すら握っていない。
そしてすぐに、彼女は指揮官の顔へ戻る。
「――各隊、次の布陣を始めて」
その背に、残ったのは銀の塵だけだった。
◇
戦場の片隅――だがその場所も、熾烈な戦線の一角だった。
「来るぞ、アリエス、正面五体!」
バンの声に即応して、アリエスが前へ飛び出す。
「星の槍!」
光を散らす軌跡が空を舞い、ネイアスの外骨格を砕く。
空いた胸部にバランが一撃を放つ。
「星の焔」
爆炎と轟音と共にネイアスが砕け散る。
しかし──複数のネイアスが二人に同時に襲いかかる。
その瞬間青白い魔法陣がアリエスとバランを包んだ。
バンが使う魔法障壁が一体目の攻撃を弾く。続く攻撃にも、即座に別の層を重ねるようにして防ぐ。
「ありがと、助かった」
「どういたしまして。後ろは任せてアリエスとバランは前線を維持して」
「任せろ」
バランがそう言うと同時に、ネイアスの群れ目掛けて魔法を放つ。
それに続くようにアリエスが追撃をする。
そこへ別角度から突撃してくるネイアス。その足元が、突然歪む。
「重力、増加。速度、低下」
セーナの強化魔法による、拘束。
敵の動きを封じると同時にバランとアリエスが撃ち込む。
「どうよ!これが俺らだ!」
「ちょっと、調子乗らないでよ」
「はいはい」
「集中しろ!」
イドラの鋭い声が飛ぶ。だが、その口調にとげはない。むしろ、彼女らの成長を頼もしげに見つめていた。
この三ヶ月、彼女達は変わった。
戦い、訓練し、幾度も壁にぶつかり、それを超えてきた。
いまや彼女達は、ただの寄せ集めではない。
「――来る。たくさん」
セーナの言葉と同時に、十体以上のネイアスが一気に現れる。
アリエスたちはすぐさま陣形を組み直し、それを迎え撃った。
魔法と、意思と、闘志がぶつかる。
だが――
「……なんか、さっきから妙だ」
バンが低く呟く。
「どうした?」
バランが問い返す。
「ネイアスの動きが、前より遅い。いや……弱い?」
セーナも、魔力を練りながら頷いた。
「…たしかに。圧が、薄い」
アリエスも構えながら感じていた。
前回の戦い――あの、死と隣り合わせの重圧とは明らかに違う。
銀の雨は、降り続けている。
ネイアスは無数に現れる。
だがその“質”が、何か決定的に違っていた。