第三話「対策」
──ガラクシア帝国軍機密資料 NO.xxxxxxx
【概要】
xxx年y月z日
「第五アーセナル貯蔵庫」南ゲート及び北ゲートにおいて、銀色の外骨格を持つ四足歩行の異形生命体、二体と交戦。既存の魔法障壁を突破する程の力、魔法攻撃に対して短時間で適応(予想)する特性。生物的特徴と機械的特徴を併せ持ち、従来の帝国生物学の知見では説明不可能。
第五星団所属イドラ少尉率いる「イドラ隊」
第五アーセナル所属アレイ少尉率いる「南ゲート防衛班」
二隊が主に交戦
【脅威度】
未確定(現時点での最優先警戒対象)
【被害】
軽傷者・23名
重傷者・4名
死者・0名
第五アーセナル付属倉庫・三戸倒壊
第五アーセナル貯蔵庫・半壊
【名称】
当該生命体を『ネイアス』と暫定的に呼称
◇
ネイアス襲撃事件から二日が経った。
あれ以来、ネイアスは何処かで息を潜めている。
束の間の休息とも言えるかもしれないけれど、同時に危機の終息を意味する訳では無いことは、誰の目でも明らかだった。
怪物は確かに撤退した。
でもそれは私達の勝利では無い。
むしろ次なる襲撃に向けた「適応」の時間を与えてしまっているのでは無いか、そう思えてしまう。
帝国民には何も知らされていない。
襲撃されたことも、異形の怪物ネイアスの存在も。
軍の上層部はこの事態を「未確認事象」として処理し、一切の報道を封鎖した。ガラクシアは安定を最優先する国家だ。混乱を避ける為の判断とは理解できても…本当にそれで良いのだろうか、と考えてしまう。
◇
静かすぎる青空が帝国を包む。
帝都中央区、ガラクシア軍本部。
私とイドラ隊長をジッと睨みつける。
その視線の重圧に潰されそうだった。
長方形の机を囲むのは第一から第五星団の団長達。
軍の中枢幹部である団長全員が一堂に会するのは滅多に無いことで、そんな空間に居る私は最も場違いでもあった。
それに比べ、イドラ隊長は毅然としている。
重い沈黙が支配する空気の中、ふと誰かが咳払いする音が響く。やがて口を開いたのは若き天才だった。
「堅い話はやめて、俺に言わせてくれ──次に来た時は、俺が一発で片付けてみせるさ」
軽やかな声音。
そこに込められた自信は揺るぎなかった。
第一星団団長アストル・ルクス。史上最年少の団長にして帝国随一の実力を誇る男。その広範囲殲滅魔法は、敵を寄せつけない圧倒的な威力を持つ。おおらかな性格だが、実力は誰もが認めている。
そして、全員がその言葉を否定できなかった。
──アストル・ルクスなら、やりかねない。
だが、会議の空気が緩んだわけではない。
重たい沈黙が、再び会議室を包む。
「戦えば勝てる、とは限らないわ」
静かに放たれたその声に、全員の視線が向く。
第五星団団長アルメリア・サジタリス。軍内外から最も信頼される女性団長であり、かつて皇帝の師でもあった人物。包容力と威厳を兼ね備えた彼女の言葉には、常に説得力があった。
「今回の事例が示しているのは、“強さ”ではなく“未知”よ。対応を誤れば、帝国はその輝きを一瞬で失う。今必要なのは、力ではなく慎重さ。……そうは思わない?」
その視線が向けられたのは、壁のような男──第四星団団長ガルナ・ノーザンクロス。
大柄な体格と筋骨隆々の風貌に反して、普段は寡黙で誠実な性格をしている。
ガルナはゆっくりと頷き、低い声で答えた。
「必要とあらば、壁になる。それだけだ」
その簡潔な言葉が、かえって彼の決意を伝える。
「……あなたの“壁”が敗れた場合のことも考えておいて」
冷静に言葉を挟んだのは、第三星団団長セリカ・エルモア。
帝国兵器開発部の最高責任者でもあり、「魔法障壁」を開発した天才技術者。
「私から言えば、ネイアスは適応ではなく、進化している。次に現れるときは、さらに洗練された脅威になっているでしょう」
「つまり……敵は学習する、ということか」
静かに問い返すのは、第二星団団長カリスト・レクター。
皇帝への忠誠心が極めて強く、数々の戦術・戦略で帝国を救ってきた軍随一の頭脳。感情をあまり表に出さない、沈着冷静な男だ。
セリカが頷く。
「……では、実際に交戦した者の話を聞こうか」
アルメリアが視線を向ける。
「アリエス上等兵、イドラ少尉、前へ」
室内の視線が一斉に私達に向いた。
私達は唯一ネイアスと交戦した部隊。
私は深く一礼をして、少し強ばった声で口を開く。
「…資料に書いてある通り、南ゲートでは我々と防衛班が交戦しました。初撃の魔法は通用しましたが、すぐに無効化されました。
もう一人の隊員と共に最大魔法を放ちましたが、外骨格に少しの些細な亀裂が生じた程度でした」
私の言葉に団長達は誰一人として、驚いた様子を見せることは無かった。ただその事実を受け止めている。
「物理攻撃も同様で、障壁も難なく突破されました。こちらから有効打を与えられたとは…とても…」
言葉を濁した私の隣で、一人の軍人が真っ直ぐ前を見据えて立っていた。
「北ゲートでは私一人での交戦となりました」
その声は低く、落ち着いていて、まるで戦闘の最中ですら動じなかったような静けさだった。
「あなた一人……増援は?」
セリカが眉を寄せる。
「間に合わず、戦闘は即時に始まりました。あの時は選択肢など無く、立ち向かうしか無かった」
アストルが小さく息を漏らした。
誰よりも強いという自負を持つ彼にとって、一人でアレに立ち向かった勇気は馬鹿にできない。
「攻撃は同様、初撃だけでそれからは通じませんでした。障壁も三秒経たずとも破られ、私の魔法が《《解析》》されていました」
「解析とは…?」
カリストが問う。
「私が魔力の構成を切り替えた瞬間、それと同じ波長で干渉してきた。防御ではなく、模倣。そして……次の瞬間には、私の攻撃が通じなくなっていました」
室内にかすかなざわめきが走る。
イドラはそれにも表情一つ変えず、淡々と続ける。
「奴は倒そうとしてこなかった。戦っていたのは私だけで、あれは……観察していた」
「観察…」
セリカが小さく呟く。
「私の反応、魔力、出力の傾向。それらを逐一測定し、対応を変えてくる。極めて冷静で、知的でした。
私は時間を稼ぐことしかできず──それでも、あれは自ら去った。私を殺すこともできたはずですが、それを《《選ばなかった》》」
静寂が会議室を包む。
それはただの戦闘ではなかった。
一方的な暴力でもなかった。
──知性を持った“未知”が、帝国に牙を剥いた瞬間だった。
「私は勝っていません。奴が退いた、それだけです」
イドラの言葉は簡潔だったが、その一語一語が確かな重みをもって場に響いていた。
そして再び静かに、アルメリアが口を開く。
「……あなたは、異形と最も近い距離で対峙し、生き延びた。
それだけで、この会議におけるあなたの言葉には価値があるわ」
誰も異論を挟めなかった。
そして再び長い沈黙が流れる。
「一つ、提案がある」
長い沈黙ののち、最初に口を開いたのはカリストだった。
「この事案は《《未確認事象》》として封鎖されたが、いずれ必ず再び襲撃が起こる。問題は、それがいつ、どこで、どのような形でか、ということだ」
彼は前に出された戦闘記録の魔導式端末を指でなぞりながら言葉を続ける。
「民衆への情報公開は引き続き制限。パニックを防ぐと同時に、こちらの動きが敵に読まれるのを防ぐ。その上で、全星団をまたぐ情報共有機関──“特別戦術分析局”を新設すべきだ」
「それ、私のとこに作らせて」
鋭く言い放ったのはセリカだった。赤毛を振って机に手をつく。
「兵器開発部で直接監修する形でいい?ネイアスの魔力適応機構を逆算して、こちらも新兵器を用意する。無論、既存の兵器では太刀打ちできないと想定してね」
「ふむ……情報と兵器は整ったとして、それを使う者がいなければ意味はないな」
ガルナが静かに立ち上がった。
「第四星団は当面、各都市の防衛線強化に回す。全兵士にネイアスとの交戦パターンを叩き込み、“初撃で死なない訓練”を施す。……防ぐには、まず“死なない”ことが必要だ」
「じゃあ俺たちは実働部隊ってわけだな」
アストルが、いたずらっぽく笑った。
「次ネイアスが現れた時、第一星団は前線に出よう。敵がどんな手を使おうが、広範囲殲滅魔法の前には意味はない──ってところを見せてやるさ」
「その油断が命取りになるわよ」
「はは、冗談だって、セリカ」
笑い合う二人の間に割って入るように、アルメリアが立ち上がる。彼女の声には、柔らかくも一切の甘さがなかった。
「この場で決定する。
──各星団は、ネイアス再来を前提とした戦時体制へ移行。
情報局・兵器開発部・防衛部・前線戦力、それぞれの司令権を明確化。特別戦術分析局はセリカに任せる。全戦闘記録を集約し、ネイアスの“思考の痕跡”を洗い出すこと。
ガルナ、あなたの部隊には各星団の防衛支援を要請する。
アストル、第一星団には“未知への初撃”を託すわ。あなたにしかできないことがある」
アルメリアの言葉に団長たちは静かに頷いた。
最後に彼女はもう一度私とイドラに目を向ける。
「そしてあなたたち。これからの帝国は、“あなたたちが直面した恐怖”を知る者を中心に再構築されることになる。……覚悟はあるかしら?」
小さく息を吸い、拳を握る。
「はい。私達は奮闘します」
イドラもまた無言で頷く。
その瞳には静かな闘志が宿っていた。
こうして帝国の中枢は静かに、確実に動き出す。
新たなる脅威、ネイアスに対する最初の一歩がここに刻まれた。