第二話「異形」
私達が南ゲートに到着した時、既に戦いは始まっていた。
夕暮れの、仄かに暗い空を焦がすように炎が弾ける。
爆風が巻き起こり、瓦礫が飛び散る。
第五星団の魔法障壁が幾度となく展開され、閃光と衝撃が交差する。でも、護りきれていないのが目に見えて分かる。
「……これ、訓練じゃないって言ってたけど、本当に洒落になってないね」
バンが呟く。
セーナは無言のまま指示を待っている。
バランは杖を抜き、臨戦態勢に入っている。
私も杖に魔力を流し込む。
◇
戦場を駆け抜け、目的地へ向かう。
未だ敵は確認出来ないまま、あっさりと防衛班と合流出来た。
交戦中と聞いたけど、どうやら終わったらしい。
「イドラ隊、四名到着しました!状況は?」
満身創痍の恰幅のいい軍人がゆっくりと歩み寄って来る。
「防衛班隊長を務める、アレイだ。戦闘はたった今終わった次第である」
言いながら灰色の軍帽を手に取り、お辞儀をする。
それから再び軍帽を被り、口を開く。
「我々防衛班も分かっている事が少ない。敵についてだが奴は四足、銀色の外骨格で全身を覆われ、異様に長い腕、関節が逆に折れ曲がる脚、おぞましい姿をしていた」
バンが怪訝な顔をして聞く。
「なるほど、敵の攻撃手段は?」
「物理が主体であった。凶悪と言えるほどの速度と強靭な外骨格から織り成される爪、我々の魔法を打ち砕く肉体…あれは悪夢のようだった」
恐る恐る口にしているような、どれほどの悪戦苦闘だったか予想がつかない。
「防衛班の中で酷い怪我をしている方は?」
「五名中、一人。応急処置はしている…が、恐らく……」
アレイが目線を後方へ移す。
そこには一人の軍人が呻きながら横たわっていた。
「………私の魔法なら、なんとかなる」
私の肩を掴み、目を合わす。
「うん、セーナ頼むね」
セーナは灰色のてぶくろをはめ、横たわる軍人へ両手を掲げ、柔らかい光を灯す。傷口が瞬く間に塞がり、血が止まる。
苦悶の表情だった軍人は、穏やかな顔へと変わっていった。
「……私の魔法、その人の魔力を利用して傷口塞いだり、流れ出た血、復元できる。欠損部位とかは無理だけど」
手袋を外しながら言った。
「…素晴らしい魔法だ、きっと………」
──突如、瓦礫が崩れる。
「全員伏せろ!」
アレイが杖を掲げて法陣を展開する。
法陣が盾となり、崩れ落ちる瓦礫から逃れられた。
そして、嫌なものを眼にする。
瓦礫の影から現した姿。
──機械のようで機械ではなく。
──獣のようで獣ではない。
四足歩行。
銀色の外骨格。
異様に長い腕。
関節が逆に折れ曲がる脚。
まさしく異形の見た目。
──奴がそこに居た。
機械でも、獣でも、生物とは形容し難い、かけ離れた姿の何か。
「……ッ!」
皆が即座に杖を構える。
伴い異形の怪物は音なく動いた。
まるで、霧が形を持ったみたく、静かに確実に。
防衛班と戦闘していた個体なのか、定かではない。
その姿には傷一つ無いからだ。
「アレが…敵…気持ちわりぃ…」
バランが低く呟く。
醜悪な見た目、おぞましく、どんな環境がこんなモノを生み出したのか、想像つかない。
──ギギ…ギチチ……。
不快な軋む音と共に、怪物の四足の関節が異常な角度で曲がる。
ありえない形で、肉も骨も無いと見える怪物のそれが歪む。
「…来るよ!」
私が叫ぶと同時に、怪物は跳躍した。
異常な速度で風を切り、瓦礫を蹴って、地面を駆ける。
「【防護障壁】」
バンが青白く輝く法陣を展開する。
しかし──。
「嘘でしょ……!?」
怪物の爪はいとも容易く法陣を砕いた。
「ッ散開!」
アレイが咄嗟に叫び、私達は即座に飛び退ざる。
次の瞬間──。
怪物の居た場所が爆ぜる。
「【星の火】」
バランが撃ち込んだ火球が怪物の背を焼く。
「やったか!?」
爆煙の向こう。
影が重なる。
しかし──。
「……ッ!」
怪物は無傷だった。
「な、なんで……!?」
炎は確かに怪物へ直撃していた。
だがその銀色の外骨格は一切の損傷無く、炎をものともしていなかった。
「…アレイさん、見る限り魔法が効きませんッ!」
「そんな筈は無い!我々は確かに魔法で撃破した!」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「…今の短時間で適応、または進化したとでも…」
バンが怪物を見つめ呟く。
魔法が効かず、帝国の障壁を破る、異形の怪物。
「んな事考えてる暇あるかッ!とにかく撃ち込め、こっちには数があるッ!」
バランは火球を撃ち込み続ける。
それに続いてアレイは法陣を幾重にも重ねていく。
「【星の光】」
セーナは私達を光る膜で覆い尽くす。
「……これで魔力の純度の底上げ、される」
勢いがますバランの火球。
私も続く。
「【星隕】」
辺りに転がる瓦礫を宙で纏め、怪物へ放つ。
瓦礫の塊が轟音と共に舞い、弾丸のように怪物へ向かう。
──またかよッ!
バランの叫び声が響く。
またもや無傷。
命中するものの、効果が無い。
「…駄目だ、通じない」
私の喉奥がひりついて乾く。
その圧倒的な防御力、カラクリが無いとおかしいとさえ思ってしまう。そんな自分が情けない。
「どうする!?このままじゃジリ貧だ!」
そう叫ぶ間に、防衛班の軍人三人が怪物の爪の餌食になってしまった。
「…バン!セーナ!急いで防衛班の人達の手当を!」
振り返り、そう促す。
二人は声を挙げずとも直ぐに取り掛かった。
私はバランへ強く、熱い視線を送る。
「バラン!魔法を一点に集中してあの外骨格を砕こう!」
「その意味はッ!」
「私達の魔法は当たる範囲が広くて、力が分散しているのかもしれない!だから魔力を絞って、最大魔法で一点を狙い、杭のように打ち砕く!」
「…どうせこのままじゃジリ貧、やってみる価値はあるかッ!」
バランと横に並ぶ。
アレイも察して魔力の増幅陣を展開した。
「やるなら一撃で決めろ!」
静かに息を吸う。
澄んだ感覚。
研がれた意識。
「…滾れ。【星の焔】」
「…貫いて。【星の槍】」
私の魔法がバランの炎を纏って放たれる。
光が、炎が、衝撃が交差し、一点へ収束する。
──怪物の胸部へ。
炸裂。
爆炎と爆音が辺りを包む。
熱風が吹き荒れ、視界が揺らぐ。
砂埃が舞い、眼を細め、向こうを見つめる。
怪物の姿は──。
「……ッ!?」
外骨格に僅かな亀裂が生じる程度だった。
今出せる最大の力で。
さっきよりも、より明確に絶望感が押し寄せる。
いくら攻撃をしても効果が薄く、こちらが削られていくだけ。
ならどうすれば?
どうやったって、この怪物を倒せない。
──その時だった。
金属同士がぶつかり合う、軋むような音が耳を劈く。
耳障りな音が怪物の体を揺らす。
まるで、何かを感じ取っているように見えた。
「…何だ?」
「分からない…けど…」
怪物は私達を凝視しながら、後方へ退いた。
そのまま瓦礫の影へと消え、耳障りな音が鳴り止む。
──静寂。
あまりに唐突な、戦闘の終わり。
「……逃げた…?」
バンが戸惑い混じりに言う。
「分からない…でも何かを感じ取っていたように見えた。まるで別の何かに警戒していたような…」
私は息を整えながら、瓦礫の向こうを睨む。
あの怪物が意志を持って動いていたとすれば──。
嫌な想像が駆り立てる。
「…気を抜くな、アレはまだ終わりではないだろう」
確信を持った声でアレイが言った。
皆もそう感じたと思う。
怪物はまた来る。
近い将来、必ず。
より「適応」して──。
皆が無言で頷いた。