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007.グロース王国、シュロス町

◇◇◇



 アイリスに案内されるがまま進み、丘を超えた先の町に入った。日没とニアピンだ。日は落ちたがガス灯らしきもので町は明るく、まだまだ人が活発的に動いている。舗装された石床を、たくさんの人がカツカツ鳴らしながら右往左往。アイリス曰く栄えた町だそうだが、申し訳ないことに日本の東京を知っている俺からすると、そんなに大都会には見えない。改めて鉄筋コンクリートの森の凄さを思い知った。


「この辺り一帯は『グロース王国』と呼ばれています。あそこにお城が見えますでしょう?」


 アイリスは何やら暗めの声で言い、ひときわ異彩を放つ建築物を示した。確かに、そのデカい建物には石レンガ造りの家々とは桁違いの威圧感がある。


「あれが、王国を統べる王家──グロース家のお城です」


日本で言う皇居的なことだろうか。


「へえ。じゃあ、この町がグロース王国の中心地ってことか?」

「ええ、そのように考えていただければ。町の名は『シュロス』といいます」


 いかにも王国城と城下町って感じだ。異世界人の俺からすれば王道って所か。ゲームで言えば最初の町。初めて来たのに、不思議な安心感がある。


「ヨシキ様、お腹が空きましたでしょう?」

「ああ、そう言えば腹が減ってるし喉はカラッカラだ」

「それでしたら、あちらのお店で食事をしましょう。お金の心配はなさらず。多少の手持ちがありますから」


 俺は異世界転生して最初の食事で、五つも年下の女の子に奢ってもらうのか? 情けないにも程があるだろ。かと言って財布は工場のロッカーだしな……。ああ、いや。仮に財布が手元にあっても中身は日本円だから、ここじゃただの紙切れか。


「ヨシキ様?」


 ぼ〜っと考え事をしていた俺に、アイリスが声をかけた。ふと我に返る。ちょっと待て、たった今気がついたのだが、食事よりも優先しなきゃいけないことがあるじゃないか。


「アイリス、それよりも、先ずは服を買った方がいいんじゃないか?」


 彼女の立派だったドレスは、今やスカートがビリビリに破けている。華奢な御御脚(おみあし)が露になるほどだ。そんな格好で町中を歩かせる訳にはいかない。まあ、俺のせいと言えば俺のせいだが。


「あっ、わわ、忘れていました……!」


 彼女は顔を赤らめ、出た御御脚を必死に両手で隠しつつ、キョロキョロと周りを見ている。


「近くに古着屋さんがあったはずなのですが……ヨシキ様、少々お待ち頂けますか? す、すぐに戻りますから!」


 そう言い、アイリスは俺の返事を待たずに小走りで町の中へ。呼び止める暇もなかった。……おいおい、知らない世界の知らない町で置いてけぼりにされたぞ。


「……泣けるぜ」


 嘆いても仕方ない。待っていろと言われた俺は、素直にベンチに座って待つことにした。ヘトヘトだから町を散策する元気は無い。この世界、エナドリとか無いのかな。


「へいへい、そこのお兄さんよぉ〜」


 座って考え事をしていると、そんな男の声が聞こえた。顔を上げて見てみる。白いシャツの上に皮のベスト、オシャレな帽子を身に付けた千鳥足の男だ。知っているもので例えるとするなら、カウボーイと言ったところだろうか。容姿からして年齢はアラフォーくらい。顔が真っ赤で、右手に瓶を持っている。つまるところ酔っ払いだ。


「なにか?」

「お兄さん、随分変な格好だなぁ?」

「ああ……」


 俺が着ているのは、会社の作業着だ。確かに変な格好である。アイリスに偉そうに服のことを言えた立場じゃないかもな。


「これは故郷の民族衣装なんだ。バカにしないでもらえると助かるんだが」

「ケケケケ」


この野郎……。卍で殴ってやろうか。


「んなこたァどうでもいいんだ。ちょっとコレ見てくれよぉ」

「なんだ?」


 俺の前にフラフラしながら立つ男。その右手には、金色に輝くコインがあった。大きさは五百円玉より一回り大きいくらいだ。そいつを器用に手の上で転がしている。人差し指から小指までの間を上下左右に縦横無尽。


「おお、凄ぇ」


 素直に関心しながら見ていると、コインがパッと消えた。両拳を結んで俺の方に突き出す。


「さあ、コインは()()だ?」


 なるほど、賭けか。いい度胸だな、俺は昔から運だけは良いんだ。……いや、職場の火事で死ぬやつのどこが幸運だっての。一人思考漫才を繰り広げつつ、どっちを選ぼうか考えてみた。考えたと言っても、動きが見えなかったからニブイチなのだが。


「う〜ん。じゃあ、左で」

「左? こっちか?」


男は彼自身の左手を示して言う。


「ああ、そっちで頼む。正解だったらどうなるんだ?」

「正解だったらぁ? そしたらなぁ……さっきのコインはお前さんにやるよ」

「マジか!」


 男はケケケケと笑いながら、小指から順にゆっくり開いていく。薬指、中指、人差し指。だが、そこにコインは無い。


「ざぁ〜んねぇん! 左手にコインは無かったなぁ!」


 すげぇ腹立つ顔で煽ってきた。反射的にペンを取り出して卍を描きそうになる。


「じゃあ右手。お兄さんよ、そう思ったろ?」

「ん? ああ、そりゃ思ったけど」


 すると、男はまた笑いながら左手と同じようにして右手も開いていく。


「おや? おやおや〜?」

「え、右にも無いじゃん」


 嵌められた。ただの酔っ払いギャンブルオヤジかと思ったが、どうやらマジシャンの類だったらしい。ああ、だからコイツ「コインはどっち?」じゃなくて「コインは何処?」って聞いてきたのか。見事な伏線回収、俺なら見逃しちゃうね。


「ケケケケ、コインは……ここだぁ!」


 そう言い、彼は右手を自分の帽子へと伸ばす。カウボーイハット(のようなもの)の沿った部分、その内側からコインが姿を現した。


「ケケケケ。俺の手品はどうだァお兄さん?」

「良かったよ。面白いものを見せてもらった」

「お〜ぅそうかそうか。ならよォ──」


 男はニタァと笑う。デスゲーム作品で見る裏切りがバレた時のキャラみたいに。


「見物料を頂こうじゃねぇか」

「はぁ? 見物料?」

「ケケケケ。当然じゃねぇか、他人様(ひとさま)のショーを見ておいて、タダだとでも思ったんか?」


 詐欺すぎる。ここは日本じゃないんだなと、この男によって改めて実感させられた。さてどうしたものか。


「悪いけど俺、金持ってないんだ」

「あぁ? ケケケケ、そんな訳ないだろ?」

「ほんとだよ、跳んでやろうか?」


 ベンチから立ち上がり、数回ジャンプした。ヤンキーにカツアゲされた時みたいにだ。まあ、された事は無いんだが。悲しいことに、なんの音もしない。自分でやった事だけど虚しくて泣きそうになってきた。転生時に数日分の資金くらいくれてもいいじゃないか……。


「ほらな、無いだろ? 分かったら諦めて──」


 厄介祓いしよう。そう思って口を開いた瞬間、男は俺の胸ぐらを掴んできた。オマケに酒臭い顔をグイッと近づけてくる。


「おいテメェ! んな事言ってどっかに隠してんだろ? 出せや、金出せや!」


 なんと商魂(たくま)しいことだろう。


「いや、だから持ってないんだって……ば!」


 男はどんどん力を強め、俺の首はそれに伴い締まっていく。


「ケケケケ、いつまで耐えられるかなァ?」

「お、お前……いい加減に…………!」


 人間相手なら、適当に描いた棒でも対応出来るだろうか。そう考えながら、ポケットから右手で油性ペンを取り出し、片手でキャップを──


「貴様、何をしている!」


──開けてスキル発動……する直前の事だった。


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