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002.磨りガラス越しに見た宇宙


◇◇◇



 目を覚ますと、俺は椅子に座っていた。脚の長さが狂っているのか、体を動かすとその椅子はガタガタ揺れる。木製の硬い椅子のくせに座布団の一枚も敷かれておらず、ケツが痛い。いや待て、おかしい。俺は死んだはずだ。職場の火災と崩落で、この世に別れを告げたはずだ。ケツどころじゃないぞ、全く。そう思っていると、どこからか柔和な女性の声が聞こえた。


「え〜っと……これは…………」


火災報知器の声とは真逆みたいな優しさがある。


「きゅうじゅうきゅう、ほうじゅ、さん?」


 一体誰が何を言っているのだと。そしてここは何処で俺はどうなったのだと。様々な疑問を抱きつつ顔を上げた。その瞬間、思わず「うわ!」と声を上げてしまう。なぜと言って、ここが宇宙にしか見えなかったからだ。もっと正確に言うと、()りガラス越しに見た宇宙である。真っ暗な空間に無数の光の粒があって、その粒が集まって系を作り、団を作っている。それを宇宙と呼ばずして何と呼ぶべきか、俺は知らない。


 そんな空間にポツンと椅子があり、俺が座っている。今気づいたが、その俺にスポットライトのように上から光が当たっていた。不思議なことに、真上を仰いでも照明器具らしきものは無い。無から光が差している。


「もしも〜し?」


 またさっきの声が聞こえた。宇宙に夢中で気付かなかったが、俺の数メートル前に声の主らしき人がいる。


「……えっと、貴女は?」

(わたくし)は、女神モイラ」

「女神、モイラ……?」


何を言っているのか分からず、俺はオウムになった。そもそも、モイラは三姉妹の女神の事を指す言葉だった気がするが……。まあ、本人がそう名乗っているならそうなのだろう。


「美しい魂を持ちながら、惜しくも亡くなってしまった方を導く者です」


 そう語るのは、びっっっっっくりするくらい美しい女性だ。顔もそうなのだが、複雑に整えられたピンク色の髪と、羽衣と言うのだろうか、とにかく白とか金とかの神々しいお召し物が眩しい程である。


「亡くなった? じゃあ、俺はやっぱり死んだんですね」


ということは、ここはあの世というやつか。俺はてっきり、もっと強面の閻魔様が居るものだと思っていたのだが。


「はい。きゅうじゅうきゅう、ほうじゅ……さん」

九十九(つくも)芳樹(よしき)です」

「ツクモヨシキ?! 何それ、読めるわけないじゃない!」

「えっと、女神様?」

「はっ! お、お恥ずかしい所を……!」


女神モイラさんは顔や耳を赤くしている。なんだ、この神様。


「ツクモヨシキさん、二十一歳。生前は工場の作業員をされていましたが、火災やその二次被害により亡くなられた。間違いありませんか?」

「ええ」

「ちなみに、何の工場にお勤めだったのですか? お菓子ですか? お弁当ですか?」

「え? 油性ペンですけど」

「そ、そうでしたか……」


 随分と食い意地の張った女神様だこと。心做しか、身体の露出している部分──太ももとか、腰周りとか──がプニプニに見えてきたぞ。


「それで、俺は天国行きですか? それとも地獄行きですか?」

「異世界行きですね」


女神モイラさんは、キッパリとそう言った。


「へえ、異世界ですか。そうですか、そうですか。……はい?」


異世界って言った気がするが、俺の聞き間違いだろうか。


「天国行き?」

「異世界行きです」

「地獄行き?」

「異世界行きです」


聞き間違いじゃない。百パーセント確実に絶対に異世界って言ってる。いや、意味が分からない。


「先程申し上げましたように、私は、美しい魂を持ちながら、惜しくも亡くなってしまった方を導く者です」

「美しい、魂……?」

「ええ。九十九さんは生前、懸命に働いていらっしゃいましたね。それに、最期は……えっと、後輩の……み、みず……みと──」

水卜(みうら)ですね」

「ミウラ?! ウラ?! どう見ても片仮名の『ト』なのに、ウラ?!」


どうやら日本語ってのは、神様でも苦戦するレベルの言語らしい。彼女はまた耳を赤くしながらコホンと咳払いをし、改めて俺に語る。


「貴方は死の直前、ご自身よりも後輩の水卜さんが助かるようにと行動されました。従って天は貴方を『美しい魂』と評価しています」

「はあ」

「ちなみに予選トップ通過、決勝戦でも圧勝でした」

「トーナメント形式なんですね」


俺如きがトーナメント圧勝だなんて、人間が(すさ)み過ぎている……。


「そんな方だからこそ、天は貴方に、とあるお願いをすることになりました。それが、俗に言う()()()()()なのです」


あーそういう事ね、完全に理解した。とはならない。一つも意味が分からない。


「つまり、どういう事ですか?」

「つまり、貴方には今から異世界に行って頂きます。ここで、異世界とは、生前の貴方が生活していらした世界とは異なる世界のことであると定義されます」


利用規約か。


「行ってどうするんです?」

「魔王を討伐して頂きます」

「……魔王?」


そんなバカな。ファンタジー作品じゃあるまいし。


「その世界は現在、魔王による侵略を受けています。そこで、貴方に救って頂きたいのです」

「なぜ俺が? 魔王なんて、神様の力でポンっと消せないんですか?」

「天の規則により、神が世界に大きく干渉することは出来ません。美しい魂の持ち主を転生させるというのが、ギリギリ規則の穴を通り抜ける唯一の方法なのです」

「美しい魂じゃないとダメなんですか?」


どうしても行きたくない俺は、女神様を質問攻めにしてごねている。


「貴方が天の者だったとして、不逞(ふてい)の輩を送ろうと思いますか?」

「……いいえ」

「そういう事です。ご安心ください。魔王討伐が成功しましたら、それに見合った報酬もお渡しします」


魔王討伐に見合う報酬って何だろう。人間には想像もできない物だろうけど。


「ちなみに、何を?」

「貴方の願いを何でも一つ叶えて差し上げます。出来ないことは殆どありませんよ、これでも神ですから」


えっへんとでも言い始めそうなポーズで彼女が言ったのは、わりと想像できるものだった。にしてても……何でも、か。


「その羽衣の下を好きに触らせてくれ、とかでも良いんですか?」

「貴方、本当に美しい魂の持ち主ですか? まあその……別に構いませんけど…………」


構いませんけど。構いませんけど。……構いませんけど? え、いいの?! 神様の価値観どうなってるんだ。


「とにかく! 異世界に転生して魔王討伐をお願いしたいのです。如何ですか?」

「やります」

「……現金な方ですね」


 いつの間にか彼女の右手に杖が現れて、それを両手で握ったかと思うと、目を瞑って知らない言語でブツブツ言い始めた。すると、人間がイメージする通りの天使が数人現れる。彼女らは俺の周囲をクルクルと回り、やがて俺を光で包んだ。


「ああ、それからもう一つ」


俺の体が浮かび始めた時、女神モイラさんは思い出したように口を開いた。


「転生後の世界では、多くの方が『スキル』を持っています。貴方にも何かしら覚醒することでしょう」

「スキル? 俺には何のスキルが?!」

「さあ、分かりかねます。覚醒前の想い入れが強く影響すると聞きますよ」


 そんな曖昧なことしか言わない女神モイラさん。俺の体はどんどん浮いていく。どうやら、もう俺の声は彼女に届かないようだ。次第に光が強くなっていく。眩しくて目を開けていられない。瞼越しにも光が見える。熱いとさえ感じられるそれは、俺に工場の火事を思い出させた。


「……始まるのか、終わったはずなのに」


 光の中で呟いた。夢なら覚めてくれ。臨死体験ならもう終わってくれ、早く天国か地獄に行きたいぞ。……緊張してきた。あまりにも唐突に異世界転生を提案され、しかも魔王を倒せと。何だそりゃ、急すぎるだろ。人生ってやつはいつもそうだ。事故も転生も、前触れなんて見せちゃくれない。到底「はい、そうですか」と受け入れられる事じゃない。


 ゆっくり眠りたい。だが、俺の心持ちなどどうでもいいと言いたげに、周辺の雰囲気が変わった。


 ──鳥の鳴き声


 ──清々しい空気


 ──目を開くとそこは、異世界だった。


サンドブラスト、名前かっこいいし加工方法もなんか好き。砂の粉塵に要注意。

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