古本屋主人と精霊
夜も更け、ケモノや虫の声が鳴り響く山道
開店を示す看板を店の入り口に仕舞い、ぷかぷかと浮かぶ精霊に話しかける
「それで、大精霊・・・クトさまでしたっけ?
精霊ってそう簡単に現れていいのか?」
仁王立ちする精霊に、なるべく低姿勢で話しかけた
精霊を怒らせてはいけない、それだけは口酸っぱく教え込まれた
「は?貴方が私の封印を解いたんでしょ?
何か用があったんじゃなくて?」
顔を見合わせ、2人して首を傾げる
何か噛みあわない
この世界に精霊が実在しているのは習ったが、本当に現れるとは思わなかった
精霊は妖精や魔族よりも気まぐれで、姿を見ただけで幸運が訪れるとも言われるほどの存在
他の世界から迷い込んできた精霊もいるが、この世界の先住生物として精霊は知られている
ある程度歴史や魔力、地位のある場所に住むといわれているが・・・
「クトさまは封印されていたのか?
俺はただこの本を貰って見ていただけだ」
精霊が出てきた本を持ちながら答える
背表紙が汚れているため雑巾で優しく拭きあげる
「う゛~おかしいわ、私の封印が解かれたのに・・・
・・・もしかして貴方、私の真名を解き明かしたんでしょ?」
猫のようにうなり声をあげ、悩みこんでいた精霊が顔を上げた
「真名?」
「そんなことも知らないの!?
あぁ、貴方”隠し子”ね?
仕方がないわ、私が教えてあげる!」
隠し子、つまりこの世界における異世界人の総称だ
神隠しされた子供たち、という長ったらしい名称が短縮されたものである
「良い?真名とは動植物が生まれた瞬間から持っているもの
自分の存在を表す魔力を持った記号よ
力の強い存在、つまり私のような精霊クラスになると真名はその力を増すわ」
「真名自体が魔力を持っているから・・・ソレが倍増するのか?」
「その通り
生まれ持った力が強ければ強いほど、魔力が増え、天変地異すら操れるようになるの
だけど真名は他者に知られてしまえば危険、隠し通すのが基本ね
知られてしまえば、有無を言わさずその者を操ることが可能、だから真名を隠し通す
でも力を貸してやっても良いと思えば、真名の一部を教えて力を授けることもあるわ」
「なんというファンタジー設定
鉱山で見た魔物以来の衝撃だなぁ」
そう、ある夏の日に見かけた巨大な牙を持った虎もどき
ユキジのような境遇ではない、一般の鉱山夫たちがその牙の餌食となったのを覚えている
監督やご主人の傭兵達が虎を殺した光景が忘れられない
「・・・言い方が暢気すぎない?
それと、貴方・・・一体何を食べているの?」
「菜の花。
ナマより湯掻いた方が美味いけど、薪が勿体無い
冬越えたばっかだし、節約できるもんはしたい」
ょぅι゛ょが頭を抱えた
彼女も腹が減っているのだろうか
菜の花をのせた皿を渡そうとして―止めた
半透明な彼女が皿を持てるか不安になった
落とされたら貴重な食事が台無しになる
「・・・なんでこんな奴が私の真名を解けるのよ・・・
せっかく異世界の文字で書いたのに・・・」
ユキジが書き留めておいたメモを睨みつける
わなわなと震える小さな肩がうっすらとピンクに染まる
「あーやっぱりクトさまの真名クトゥr・・・
いや言いません言いません
お願い殺気こめて睨まないで目つき怖い」
「く、屈辱だわ・・・っ」
顔を両手で隠している
ちらりと見える額には青筋が浮かんでいる
「あのねクトさま」
少し遠慮がちに声をかける
キツイ眼差しが瞬時にユキジを襲った
「何よ!?」
「あの文字、俺の世界の文字なんだわ」
ローマ字さえ知ってれば簡単に解明しちゃえるんだー
ユキジが最後に見たものは、水の塊だった
水の塊を確認してすぐ、意識が飛んだ