表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せんべいマン  作者: さしみ
5/5

第五話

※チョコレート戦争の軽いネタバレが含まれています。

パン、パンと連続して音が鳴った。号砲だ。

ぼくは布団からゴソゴソ顔を出した。

今日は運動会。まぶしいくらいの晴れだった。


 トイレに行った後、台所で昨日の残り物の味噌汁に火をつける。

炊飯器からご飯をよそい、ついでに弁当箱にも詰めた。

冷蔵庫からしゃけフレークの瓶とおつけもの、昨日の残りのささみチーズカツときんぴらを出した。

おかずをチンして弁当箱に入れ、ご飯に昆布とのりを乗せた。

朝ご飯はしゃけフレークご飯と味噌汁とおつけものだ。


 ぼくのママはスリランカにいる。

フェアトレードでオーガニックな紅茶を作る現地の人たちのサポートをしているらしい。

らしい、というのはそれを見たことがないし、なぜママがその仕事をしているのかよくわからないからだ。

反面、爺ちゃんとパッパの仕事はわかりやすい。ぼくも休みの日は手伝ってるしね。

毎日せんべいを作って、袋に詰めてお客さんに売ってお金をもらう。その繰り返しだ。


 ぼくはお弁当を持って小学校に向かった。

とてもゆううつだ。全校生徒と父兄の前で足の早い子が目立ち、遅い子は笑われる。

でもそんなところを爺ちゃんとパッパに見られないのはよかった。

今日は日曜日。お店が一番忙しいので運動会には毎年来られない。

平日ならどちらかが抜けられる。参観日とか懇談会とか学芸会とか。


 午前中、ぼくは飴食い競争に出た。

足の遅いのをカバーしようと頑張って顔が粉だらけになった。

一番に飴を取れたけど、結局最後に抜かされて3位だった。

クラスの待機場所に戻る途中、あッ!大福もち!という声がして大きな笑い声が起こった。

ぼくはうつむいて、顔を洗うために手洗い場にぽてぽてと走った。



「今日リレーで1位を取れたら…おれと付き合ってほしい!」


 そんな声が聞こえたのは、濡れた顔をタオルで拭いていたときだ。

手洗い場の壁の裏に誰かがいて、告白しているらしかった。


「困ります…ママに怒られる…」


「おれは吉野の気持ちが知りたいんだ!」


その声は、菊子ちゃんだった。

ぼくは心臓が口から出そうになりながら、手洗い場に隠れ続けた。


「…話すのはじめてなのに、そんなのわかりません。」


「じゃあ友達から!おれの魂のリレー、見ててくれよな!」


 告白少年は一方的に宣言して走り去った。

確かに速い。後ろ姿から、6年のアンカーかもしれないと思った。

菊子ちゃんが立ち去る時、目が合った。


(やばい。バレた!)


菊子ちゃんは少し目を丸くして、やはり背中を向けて走っていってしまう。


「…はぁ〜。菊子ちゃんこの学校だったんだ…」


 芸能活動で休みがちなんだろう。学年も違うので今まで知らなかった。

 お昼休みを知らせるアナウンスが聞こえて、ぼくはトボトボとクラスに戻った。


 クラスの皆は見に来た家族と食べるみたいだ。ぼくはどうしよう?教室に帰って机で食べようかと考えていたら、桂木くんと目が合った。


「加賀美、1人か」


「うん」


 桂木くんのそばには、母親というには派手で若すぎ、姉というには年が離れすぎている女の人が立っていた。運動会なのにワンピースにジャケットを着て、ヒールのくつをはいている。


「お父さんの会社の人だよ。弁当ある?一緒に食おうよ。」


 こうしてぼくはぼっちをまぬがれた。


 教室に戻ると、桂木くんの机には三段の…

ケーキやサンドイッチが乗ったスタンドがセットされていた。

上段には色とりどりのケーキやエクレア、中段にはスコーンとジャムにクリーム、ビスケットやチョコレート。下段にはサンドイッチや野菜の入ったパイ?のようなものが並んでいる。

お姫さまの食べ物みたいで、何だか神ごうしい。

机を二つくっつけたけど、ぼくの机の半分にはティーポットや皿やフォークなど色々置かれて、本当に弁当を置くスペースしか残っていなかった。


「いただきま〜す…」


 ぼくはあえて突っ込みを入れなかった。人んちの弁当をからかうのはよくない。


 桂木くんはお皿にサンドイッチとパイだけ取って、あとは手をつける気はないようだった。


「桂木くんしょっぱいもの好き?」


 いつもうちで買うせんべいも、しょっぱいものばっかりだ。


 四角い小さなサンドイッチを一口で飲み込みながら、桂木くんは無言で頷いた。


「よかったらおかずいる?」


「いいよ、おかずだけ食べても…」


 ぼくは机に置いてあった予備の皿に、中段のスコーンを半分に割って置き、片方にささみチーズカツ、片方にきんぴらをのせた。

それを差し出したぼくに桂木くんはびっくりした顔をしたものの、恐る恐るきんぴらスコーンを口に運んだ。


「…これは!」


「味どう?」


「なんか…やったらうまい」


 その後2人で爆笑した。あまりに激しかったので机が揺れてスタンドが倒れそうになり慌てて女の人が支えていた。


 桂木くんはおかずの代わりにとエクレアをくれた。

隣に立っている女の人にすごい目で見られたけど、何も言われないのでありがたくちょうだいした。

パリッと分厚く、スーパーで売ってるようなやわやわの皮じゃない。クリームもムースみたいで、高そうな味がした。

ぼくはふとある本にまつわるエピソードを思い出してたずねた。


「チョコレート戦争っていう本しってる?」


「ううん。」


桂木くんは首を横に振った。


「主人公と友だちが洋菓子店のショーウィンドウに飾ってあるチョコレートでできたお城を眺めてたら、何もしてないのにガラスが割れたんだ。

犯人にされた子供たちは、自分たちの名誉のために、店の看板であるチョコレートの城を盗み出す計画を立てる。」


「児童書だろ?盗むのか。」


「だよね。プライドのためでもぬすみは良くない、どんな理由があっても悪いことは悪い。ぼくんちもお店やってるからさ…。

主人公もそれで計画を漏らしてしまうんだ。」


「でも、子供に発言権なんてないだろ。大人の言うことが絶対だよ。」


桂木くんは遠い目をして目をそらした。

どうしたんだろう?


「彼らは学校新聞でこくはつするんだよ。真実は明らかになる。」


「告発…」


 ぼくはその話に出てくるエクレアと、このエクレアはずいぶん違うっていう話をしたかったんだけど、何だか話がそれた。

でも、桂木くんは今度その本を読んでみたいと言っていた。


 すると突然、窓の外が真っ暗になった。

太陽が雲で隠れたのかなと思って見たら、雷鳴が響いてきた。


「雷?こんな時期に」


もう秋の終わりなのに、珍しい。

 誰かが午後の運動会が中止になるかもしれないと言い出し、クラスの皆は騒然とした。

ぼくみたいに密かに助かったと思っている子もいたかもしれないけど。

間もなく担任が来て、生徒は教室での待機を言い渡された。


 何をするでもなく雨が上がるかどうか外を眺めていたら、見覚えのある前掛けをした人が傘をさして校門を通るのが見えた。

うちの爺ちゃんだ。

昇降口に迎えに行くと爺ちゃんは指をクイっとして、下駄箱の陰でしゃがむよう言われた。


「お店は?」


「おう、この雨でお客さん途切れたからちっと抜けてきた。それよりこの雷、金平が言うには菓子魔人の仕業かもしれんと。」


「これが!?」


天気を操れる者がいるなんて…


「でもさ、せんべいマンって水に弱いじゃん。どうしよ…」


 せんべいマンは濡れるとぬれせんべいマンになってしまうのだ。

以前、せんべいマンの状態で川に入って気がついた。ぬれせんべいマンは力が弱くなってしまう。変身前のぼくくらいのスペックと思ってくれたらいいだろう。

幸い、その時は浅瀬で、助けたのが猫だったので何とかなったけど…

いっそぬれたら変身がとけてくれたら便利なのになぁ。

 あまり勝負に時間はかけられないと伝えると、爺ちゃんは親指を上に向けた。


「まあそうだ。だから…おびき寄せい。」


 爺ちゃんは袋から妙にぶあついカッパと漁師さんが履くようなズボンとゴム手ゴム長を取り出しぼくに着せた。

そして、屋上には避雷針があるからそこで待ち伏せて一気にたたんじまえ、と言った。


「一気にぃ…?できるかなぁ…」


たぶん勝負は一瞬。雷が落ちる瞬間だ。

正直自信はない。

それにぼくは運動会が中止でもいい。


(大人の言うことが絶対かぁ…)


ふと桂木くんの言ったことを思い出した。

ぼくはせんべいマンから餅太郎へ戻るのに必要だから人助けをしていた。

ただ、飴魔人のやったことはぜったいに許せなかった。

今回の菓子魔人の雷は、ぼくには都合がいいけど、運動会を楽しみにしてた人は残念だろうな。あの告白少年とか。

たまにしか学校に来れない菊子ちゃんもきっとそうだ。

だから、爺ちゃんに言われなくても止めるのが正しいことってわかってる。

 ぼくは前から思ってたことを爺ちゃんに聞いてみた。


「どうして小学生の僕がせんべいマンなの?」


「子供のほうがシンプルだからな。悪いことは悪いって言えるだろ?

大人になるとそうはいかねぇもんさ」


「でも爺ちゃん、ぼくたち子供が正しいことをするには、背中を押してくれる大人がいなくちゃダメなんだよ。」


 そう言って見つめると、爺ちゃんは神妙な顔で頷いた。


「そうだな。だから大人は正しいことをしようとする子供を止めたり、間違った方向に背中を押したりしちゃいけねえ…」


 爺ちゃんは懐炉を取り出し変身するぼくに向かって背中を押した。


「菓子魔人を止めろ。俺ァ餅太郎を信じる!」


◯〇〇〇〇◯


「菓子魔人エクレアよ…」


「はっ」


エクレアは、魔王に呼ばれて、膝をついた。


「飴魔人は人々を混乱させ、地下鉄を止めるなど甚大な被害を出した。お前はそのようなことがないように…」


 飴魔人は逮捕まではされなかったが、人事異動させられた。


「飴魔人は調子に乗りすぎたのですわ。」


「…。」


 菓子魔人の組織は、表向きはとある菓子販売会社の販売戦略∅課と呼ばれている。

お菓子の普及のために活動している菓子魔人たちの中において、エクレアはその活動そのものより、菓子魔王が世界に広く認められるために成果を上げたかった。

これは、名誉のための戦争だ。

だから活動の邪魔をするせんべいマンを必ず排除しなくてはならなかった。


◯〇〇〇〇◯

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ