表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏の秘密

作者: なと

茹だるような夏のすぐ傍で

由比ヶ浜は潮騒を遠くまで

僕の中は伽藍堂で

とこしえの夏が

子宮の中の記憶を思い起こしてくれる

胎児だった頃の記憶はカワハギを食べた時みたいに

潮騒の香りがするものだろうか

只ひたすら昔の町家を眺めて

ため息を吐く僕の影は

遠い久遠の記憶を

いつまでも繰り返す


夏の面影

夢ばかり、追っていたんですね

話せなくなったブリキの玩具は

祖父に似ている

夏小僧が入道雲を綿あめにして

灯篭祭りに潜り込んだ

妖しい黒い影を

パチンコでばちりと

あの辻の影には

哀しみが棲むよと言って

この町の内緒話

秘密は古き町にはあちこちと

波打ち際の桜貝を拾っては

瓶に詰め






夏の夕暮れ

僕が思うより人肌恋しい

湿気った潮の匂い

何処かで野焼きをしている煙りの匂い

入道雲は昨日の睦事を

すっかり忘れているようで

ぬるま湯のような夕暮れは

ラムネを飲む

冷たい人魚の涙の雫みたいな

蔵の中は赤に染まって行く

西日に照らされた

姉の着物は

妖しい色をしている






宿場町の隅

今日も夕方頃に灯篭に灯が燈る

夏の入道雲は青空にため息をついている

山々は山彦の髭を溜め込んで夢見がち

古い家々の木々が軋り

阿と云いながら

吽というのです

旅人の汗をほ、と吸収してゆく

此処は平和です

いつまでも笑顔の絶えない玄関口には

我知らず白菊が

涼しい三和土を瑞々しく







呼び鈴を鳴らす子供は

明日世界が滅びる事を知らない

紫陽花が死に絶えるから

僕も死に絶えよう

夏という魔法

もしくは絶望は

そうっとしておいても

飛びたてるから

塩辛蜻蛉の様に

過去を想いすぎて

病室で白亜紀の骨を噛んでいる

言葉の雨というのはね

教授の言葉は開かずの部屋に閉じ込めて置いた





夏の呼び声は過去の呼び声

過去を振り向くと鏡が此方を向くのだ

玄関の隅に堕ちていた指は青い

水母に盗まれたのだ

書斎の主は知っている

古時計が過去へ連れて行くことを

書物の山に埋もれて死んだ書痴は

庭の桜の木の下に干からびた人魚を埋めた

それからだ

夏に彼岸花が咲くようになったのは





夏になると想い出す

古時計はボンボンと音を立て

見知らぬ海岸線に轍の跡

ここら辺はもう生きている人はいない

たたみいわしの目がみんなこっちを見ている

蚊帳の下には怪しげな老婆がひとり

お線香の香りはお化けの香り

過去は呼んでいる

襖の隙間からおいでおいでをする白い手

夢の煙とは入道雲の事






風の便りに老婆の念仏

夏は憧れ過ぎてゆく

古時計の秒針と鳴らない黒電話

入道雲が高く少年は大人になる

君は過去とどう向き合う過去は甦る

夏という水槽の中でゆらゆらと金魚が

水着を着て冷たい海水の中で水母になる

小径を往く古道の復古を

静かな小径に僅かに風が吹くならば

其処は抜け道頼り路






古い時代はお好きですか

高山帽を被って

扇子を扇ぐ紳士

夏の風物詩

其処の縁側では叔父さん達

西瓜片手に将棋をしている

夏風に呼ばれて

良くないモノも引き込む

仏壇でずっと念仏を唱えている

黒い影

じりじりと髪を焼く熱さと

カレンダーの終戦記念日の文字だけが

頭から離れなかった






空が呼んでいるから

自転車で旅に出よう

おういおういと

山彦が木魂する

夏の木陰では

君が私ですか

私が君ですか

謎の自我への探求が

始まる

夏の始まりは

いつでも不思議な鼓動が

胸を太鼓の様に押している

古道を旅する

お地蔵様の群れ

杉の木の群れ

旅の雲水さんが

そっと鉢の中から

飴玉くれた





その神社には

夏でも涼しい風が吹きます

知らない子が

神社の中で遊んでいます

彼は神の子

わだつみの子

知らない勾玉を僕に見せてくれました

秘密だからな、と

蝉の抜け殻だらけの抽斗から

あの世へと続く開かずの扉の

鍵を僕にくれて

僕はお札でびっしりの襖の前で

神様に祈るんだ







夏が来て

宿場町には子供達が

笑って風車を風に遊ばせている

路地裏には悲しげな花が咲く

その青はいつまでも

隅の日陰で小さく風に揺れている

無言の強い日差しは

じりじりと人を苛め

蜃気楼はあの世を映し出す鏡

その映し鏡の中には

壱参番目に老婆が映っていた

不思議と掴みたくなる

空の青






夏の記憶の中で

とろけて消えてしまう三半規管

部屋の隅に堕ちていた

緑色の便りには

古い祖母の部屋に

赤い眼をした黒い影の写真が一枚だけ

もういいかいと何度も声をかけても

友達は鳥居の裏に消えてしまう神隠し

虫籠の蝉の幼虫が孵化する

抜け殻がびっしり這入った抽斗の中

今年の夏も空の青濃き





夏の記憶は

暗い過去の走馬灯リフレイン

夢の西瓜を割ったら

旅に出よう懐かしい面影追い

夢遊びは

弾ける線香花火の向こう

仏壇のお線香の香りをこの胸に

夏という盛大なお葬式には

僕の亡骸を蝉の亡骸に添えて

博物館の隅に飾ろう

埃をかぶって誰も見やしない

何時か見つかる隠れんぼ

懐古という襖影







懐かし町の

小さな花のように

そよ風に吹かれていたい

そんな時がある

目に溜まった

涙が誰にも知られないまま

土にかえってゆく時

いいことをしたんだ

と夕陽に体操座り

夜の寝床で

何晩もひと筆も動かせない

そんな虚ろな日々は

ことことと

優しい朝日を見せる

おはようと

家族ではなく

朝日に言う








我慢してるんだ

私だってね…

ただ、見ないように

ぼんやりするだけで

深く考えないで

素通りしてゆく日々の中で

本当だったら!

私だって!

輝ける日々があったはずなんだ!

と深い井戸の底で

呟いている

此処の所

10年間くらい

私の惑星は

低空飛行を続けたまま

隕石に近づいてきていて

終りが近い






このもやもやを

抱え始めたのは

思春期モラトリアム

末期症状だ

がつんとやられた

頭を抱え、

ただ布団の中で

飛行機が墜落するほど

涙はただ流れ

自分は非力だ

今も同じ気持ちで

空を眺めている

ずっと、

私は中学一年生の頃から

成長していない

ぶつかるのは嫌だなあと

ひしゃげた腕を見ている






庭の枇杷の木に

人面相の浮き上がった実が

よく見たら

膝小僧にも赤子の顔が

浮かび上がってゐるんです

凡て夢でした

過去は問いかける

夏の幻は蜃気楼

父のワイシャツの中にある草原から

そっと秋の風を顔に浴びる

塩辛蜻蛉は押し入れの中で

文学について考えていると

答えがあった

夢とは夢幻






私という存在は

夏という記号の中で

どういう意味を持ち

どういう過去と出会うのだろう

道端のお地蔵様に白菊を供えて

夕暮れ通りを

蝉の大合唱と赤い入道雲を通り越して

あのお寺の櫃の中には

夜になる頃婆の化物が

熱帯夜の首筋を

真っ赤な舌でべろんと

亡くなった祖母の

お守り袋を抱きしめて

願う







夏のともしび

胡弓の音色が夜を深くする

追いかけっこ

散々逃げまどった通り道は

祭りの灯篭に儚く浮かび上がってゐる

モノクロのブラウン管から

覗き込んだ魑魅魍魎の世界では

七夕の笹が

アップになった小鬼のお尻に

隠れてしまった

百鬼夜行

失くしてしまった夕暮れに

ちょっぴり約束したね






古物には魔物が棲むから

僕は古物屋に行って

妖怪の入ってゐる壺を買う

庭には水琴窟が

不思議な音色を奏でる

夢の中では

僕はお坊様に六文銭を貰って

腕には舟虫が這い上っている

過去を想うな

壺の中から今日も声がする

待ち人来ず

家々に貼ってある太田胃散の男が

妖しい風に吹かれて

囁いている








夕方の神社には行くな

母が言っていた呪いの言葉

僕はそっと神社のお狐様を見やると

たしかに赤い眼で此方を見ているから

夢でも醒めれば

幼虫の潜むシンクタンクと

何かを刻む母親の包丁の音は

久遠の彼方に仏間で微笑む母の

子宮の中で何時までも眠りたい

それでも神社は逢魔が時には

微笑むのだろう



鄙びた町並みは

頭から人を喰らうのさ

そして抜け殻になった躰には

懐古と言う名の過去の不気味な影が

居座る

こいつは厄介な病気で

人は只、旅人になって

あちこちを放浪する羽目になるのだ

過去に飲まれた人間は

それは寂しい顔をしている

格子窓から覗く幾つもの目は

君を彼岸の彼方へ連れてゆくよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ