魔導兵
三人でやってきたのは基地内にある訓練場の一角だった。
「お待たせ」
セイを置いて、どこかへと消えた二人が衣装を新たに戻って来た。
先ほどの軍服のようにマーシアの原野に合わせたカーキ色ではなく、リリナは限りなく黒に近い濃紺の全身スーツを着ていた。その上から上半身には動きやすそうなスケールアーマーのような装備を纏い、デザイナーのセンスか腰辺りにはミニスカートのようなヒラヒラがある。そして左腕の籠手に円形の盾を装備し、左の腰には片手で扱えそうな長さの剣を差していた。
アーマーの上から付けたサスペンダーとベルトを組み合わせたような装身具にはナイフや戦場で使う道具類らしきものがいくつか見受けられ、小柄な少女に似合わぬ重装備だった。
「どう? カッコいいでしょ?」
子供が晴れ着を見せびらかすように、リリナはその場でくるりと一回転して見せる。
「セイ、こっちも見ろよ」
リリナの隣に立つナキは同じ色合いのまま、上半身には動きを阻害しないようにプレートが嵌められた防具、下は厚手のズボンに金属質のひざ当てにブーツという格好。
腰に拳銃とナイフを下げているが他には武器らしい物はない。その代り、服から飛び出した両手が、指先まで白い包帯のようなものでぐるぐる巻きにされているのが目についた。
とにもかくにもお色直しをした二人だったが、人は見かけが九割とはよく言ったもので、先ほどまでの親しみやすかった女性二人はあっという間に歴戦の兵士に様変わりしている。
「どうよ? アタシらの正装は」
「二人とも似合っているよ」
感想に満足したのか、誇らしげに胸を張るナキと、エヘヘと少し照れっぽく笑うリリナ。
「でもなんか普通の兵士の装備と違う気がする」
「んじゃ、その疑問に答えてやろう」
ナキのその一言を受け、無言で頷いたリリナはセイ、そしてナキと距離を取る。
「そこから見ててくれ」
状況をイマイチ飲み込めないセイをよそに、ナキは離れていく。
やがて足を止めた二人とセイで、一辺十メートルほどの正三角形を描くような位置関係をとった。
「よし、始めるぞリリナ」
「うん!」
元気よく返事したリリナは、すかさず左腰に差した細い両刃の剣を抜き放ち、そのままナキに向けて射出した。
対するナキが余裕の笑みを崩さないまま右手を振るう。すると手に巻かれていた包帯状のモノがもの凄い勢いで伸び、剣を叩き落とす。
だがその間隙を縫うように、リリナは身を低くし、盾を前面に構えて突撃する。
「おっと!」
身を翻し、それをすれ違いざまにかわしたナキは、振り向きざまにまた腕を振るう。包帯状のモノが伸び、鞭の要領でリリナを打とうとするが、小柄な彼女はそれを盾で防ぐ。
間髪入れずにニ撃、三撃と繰り出されるナキの地面に跡を残すほどの重い鞭攻撃を、リリナは左右のステップと盾による防御でかわしつつ距離を詰めた。
「はあっ!」
ある程度距離が縮まったところで、リリナが気合の裂帛と共に器用に身体を捻り、その回転を利用して盾を投擲した。
投げられた盾は縦向きのまま回転し、ナキに迫る。当たれば削られそうなほど不自然な回転のかかったそれを、ナキが横っ飛びで回避。
投擲された盾は空振りし、そのまま地面を転がるかとセイは思った。ところがどうしたことか、盾は素早く滑らかな軌道を描いてリリナの元へと戻った。
そして両者はにらみ合う。
「ここまでだね」
「そうだな」
リリナの提案にナキも構えを解き、同時に場を支配していた刺々しく張り詰めた空気が和らいでいった。
「ねえねえ、どうだった?」
リリナが期待の眼差しをセイに向けつつ近づいてくる。
「色々と凄かった。二人とも魔導兵だったんだね」
魔導兵。
それは近年、世界各地で発掘された古の超技術を内包せし遺物「魔動具」。それを操る適性を持つ人間の中で戦闘に特化、あるいは戦場で有用とされた力を持つ者を指す。
魔動具の力は様々で、説明のつかない超常の現象の数々を発生させられるが、火器の発達したこの時代では一つや二つで戦局を変えることはできない。
古の文献にも、戦略兵器とでも言える様な魔動具は存在していなかった。
だが歴史の中で奇跡、神の御業と呼ばれているものの多くは、この魔動具とそれに選ばれた人間の仕業だったこととされている。
「まるで昔話の英雄が目の前に現れたみたいだ」
「おいおい、褒めてもなんもでねえぞ」
そう言いつつも、ナキは嬉しそうにニヤニヤと上機嫌に笑う。
「その包帯がナキの魔動具?」
「そ、《アマノハゴロモ》ってんだ。念じた通りに動くし重ねれば強度も鉄並みになる」
触ってみるかとナキが包帯の端をゆっくりとセイの前に伸ばす。まるで蛇のようにうねうねと動く帯を、好奇心に押されて恐る恐る触る。
以外にもシルクのような滑らかな手触りで、これがあんなパワフルな戦闘を支えていたとは未だに信じられなかった。
「高級な布みたいだ」
「特別製さ。こんなのも出来るぞ」
目の前で一本の布で輪っかを作り、先端をその中に通したりして結び目や形を素早く作ってみせたかと思えば、それを素早く解く。
「精密かつ早い動きもできるんだね」
「訓練の賜物って奴だ」
まじまじと《アマノハゴロモ》を観察していると、急にリリナがセイの服の裾を引っ張った。
「ねえセイ、こっちも凄いよ」
視線を向けると、リリナは盾と剣をそれぞれ明後日の方向へ投擲する。
しばし滑空した二つの得物は徐々に高度と速度を落とすが、着陸寸前に再加速しながら描いた軌道を逆になぞる。時を巻き戻したかのような挙動を見せた盾と剣は再びリリナの手に戻って来た。
「わたしの《スイハ》と《ヒョウハ》もすごいでしょ?」
にかっと笑う彼女のその様は、完全に買ってもらった玩具を見せびらかす子供のそれだ。
しかしそれを口に出して、リリナのコンプレックスを刺激するほどセイは愚かではない。
「なーに張り合ってんだよ。玩具を自慢する子供じゃあるまいし」
やれやれといった態度で、ナキは図らずもセイが思ったことを代弁してみせた。それは同時に、リリナのコンプレックスを正確無比に突くことを意味する。
「そんなんじゃないもん!」
「いいや、完全に子供の自慢だったぞ」
悪戯っぽく笑うナキだが、プリプリと怒るリリナは当然面白くない。
そんなこんなで、二人の言い争いは五分ほど続き、その間セイは会話の合間合間になだめる言葉を挟む作業に終始したのだった。
その過程で二人の言い争いが悪意をぶつけ合っているのではなく、猫がじゃれあっているようなものとわかる。