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ロジスティクス・サービス  作者: 水何トモユキ
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勧誘

 不測の事態の多い自然の中での狩りを通じ、それなりに胆力はある方だとセイは自負していた。

 だが少し前に親友と語り合っていた、ある意味ではフィクションの世界の住人にも似た存在を前に、セイは思考が追いつかず息を呑んだまま固まる。

「セイ・オージノは貴殿で間違いないか?」

 そんなこちらの状況を知らずか、あるいはドッキリに成功して微笑んでいるようにも見える柔らかな表情のシズクは、よく通る声で尋ねてきた。

「……はい、そうです」

 未だ驚きの渦中にいること。尊ぶべき皇族を相手にするゆえの緊張。そして不用意な発言で首が飛ぶかもという懸念。それら胸中に渦巻く要因が、セイの言葉を自信なさげなものにする。

「少し話をしたいのだが、構わないか?」

「え、ええ……こんなむさくるしい場所でよろしければ」

 恐縮しっぱなしのまま、家の中へと誘うと、彼女は被って来たであろう軍帽を胸に当てたまま軽く会釈する。外から吹き込んで来た冷たい風に彼女の髪が揺れ、再度花のような芳香をセイの鼻腔へ運んだ。

「失礼する」

 セイに招かれて室内に入り、靴を脱いで案内された囲炉裏の前にまで来る。

 付き人も護衛も無しの来訪に、思わず彼女の正気度を疑ってしまった。

 無論近くに潜んでいるかもしれないが、それでは家屋で二人きりという今の状況に、何かあった時に対応できないはず。

 不用心極まりない状況に混乱し、だいぶ使い古されて煎餅のように平たくなった座布団を下げるという、もてなす側としての配慮も欠く始末。もっとも替えの座布団もないので我慢してもらうしかなかったのだが。

 そもそも服装からして整った軍服のシズクに対し、セイは昨日から変わらず、よれたシャツとズボンという装い。ヒアンも似た感じのコーデだったので気にしなかったが、これはこれで問題があるが、こちらも替えが無いので目こぼししてもらうしかない。

「こちらにおかけください」

 申し訳なさと機嫌を損ねないかという不安を胸に押し込めながら促すと、シズクは特に不満そうな様子も見せず、平たい座布団の上に正座した。

「すぐにお茶をお出しします」

「遠慮なくいただこう」

 少し時間を貰い、炊事場に向かう。湯を沸かし、茶葉を投入した急須に注ぐ。自分用と彼女用の湯呑みを二つ用意し、しばしおいてから茶を注ぐ。

 こんな貧相な家で国賓待遇を望むはずもないだろうと、とりあえず普通の応対をする。

 茶を煎れるまでの僅かな時間だが、そう考えられるくらいには冷静さを取り戻せた。

「どうぞ」

 深い香りの乗った湯気を立ち昇らせる湯呑みを、シズクの前にそっと置くセイ。

「ありがとう」

 感謝と共に、さっそく彼女は受け取った茶を啜る。口元を緩めることも、顔を顰めることもないので、可もなく不可もなくとった味だったようだ。

 背筋を伸ばし、ザ・正座といった綺麗な座り方のまま茶を啜る彼女と向かい合う様に、セイは囲炉裏を挟んで座る。

 控えめに燃える囲炉裏の火に照らされた彼女の涼しげな顔は、過酷な戦場に長く身を置いているようには見えないほど綺麗だった。

 傷や染み、日焼けの類はなく、だが色白でもなく健康的な肌艶をしている。その上、整った目鼻立ちや切れ長の瞳など女性的な魅力もあって、カッコいいという印象を受けるはずの軍服姿に優美さを感じた。

 要するにそこはかとなく溢れる女性的魅力に、異性に対する免疫が低いセイは少し気恥ずかしさのような、モヤモヤした思いを抱いてしまっている。

 それどころではないというのに、やはり男の本能には勝てないのだ。

「貴殿は東の大国、アールマとランドルの戦争については知っているな?」

 何の脈絡もなく、鋭くも整った眼を向けながら彼女は聞いてきた。

「はい。長年の領土問題に民族問題、さらに不況などが絡んでの戦争だそうで。塹壕で要塞を繋いだ防衛線に自信のあったランドルの敗北に各国は驚いているそうですね」

 得意分野の質問に、自然と言葉が出て来た。

 島国ヤシマ皇主国と海を隔てたすぐ北方、そこから東に延びるルアンシム大陸。

 その東部の古くから続く、強国犇めくエルパと呼ばれるエリアに存在する国家、アールマとランドル。陸軍国として栄えてきた、隣り合う二国の戦争は兵力に勝るランドルの圧勝というのが大方の下馬評であった。

「貴殿はそう思っていないようだな」

 セイは静かに、確信もって頷く。

「確かにランドルは兵力で勝っていました。でも一つ、決定的に劣っている部分がありました。分水嶺となったメイジア丘陵の戦いでも、それが原因で敗れました」

 丘陵地帯に塹壕陣地を築き、防御戦を展開したランドル軍。軍服の色から黒き防壁と畏れられたその軍は、あっけなく粉砕された。

「アールマ軍が唯一勝っていた点にして戦いを決定づけた点、それは補給線です」

 アールマは数で勝てない事を悟り短期決戦に出る。そこで際立ったのは一戦場で使用された兵力の差だった。

「アールマは総兵力・野砲山砲の総数で劣るという弱点を補うべく、北に南と敵の弱いところに素早く自軍を集め、全国規模で各個撃破を実現した」

 そしてそれを支えたのは綿密に計算、整備された鉄道網を含む兵站システムだった。

「国境付近まで広げられた鉄道を始めとした交通網で各戦場へ素早く兵士、物資を輸送。この速度と効率こそアールマの強さにして、勝因と考えます」

 黙ってセイの解説を聞いていたシズクは、やや俯き気味に視線を落としていた。パチパチと静かに揺れる囲炉裏の火を見つめ、何やら考え込んでいるようにも見える。

「やはり、貴殿は見込んだ通りの男だ」

 不意に独り言を漏らした彼女の口元には、心なしか笑みが浮かんでいるように思えた。

「セイ・オージノ殿。単刀直入に質問する」

 だがすぐに口をキュッと真一文字に結び、シズクは力強い意志の光を湛えた瞳を向ける。

 蛇に睨まれた蛙の心境か、そのまま釘付けにされてしまったような感覚に囚われ、セイは何も反応できなかった。前に知り合いの猟師に付き添い、野生の熊と対峙したことがあったが、その時の感じに似ている。

 それが軍人とはいえ細い身体と艶やかな髪、滑らかな肌を持つ女性の彼女から感じた点に、驚きを禁じ得ない。

 本物の戦場を生き抜いた人間故か。見た目以上に大きく見える存在感、それがセイを抑えつけているようだ。

 そんな有無を言わせぬといったような状況で、彼女は言い放つ。

「軍に入る気はないか?」

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