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頼み




 どうして? なぜ? どういうことだ? どうしてこの子が?


 地山が慣れた手付きで、少女の顔を拭っている。その少女の顔を見ていたら、頭のなかになにかを放り込まれたみたいに、記憶がどんどんよみがえってきた。

 俺の頭のなかでは、「ゲームの記憶」と「火野文哉としての記憶」がごっちゃになってしまっている。

 地山は、最近試合に出ていない。ゲームではそれは、試合で怪我をしたことからそれを繰り返すのをおそれている、という設定だった。

 しかし、ゲームではふたつくらいの名の通った大会には出ていた筈だ。少なくともエントリーはしている。それきっかけで主人公が地山を説得するのだから。

 しかし「火野文哉の記憶」に拠れば、こいつはこの一年と少し、まったく試合に出ていない。それは、彼女の見舞の為では?


「文哉?」

 地山が不思議そうに俺を見ている。俺は部屋の壁にせなかをつけるくらいに、ベッドからはなれていた。

「彼女、事故にまきこまれたの?」

 地山は頷いて、主人公を見る。「車がぶつかって、弾かれて、彼女と家族の車に。おおもとの車は、わからないのに」




 地山と別れ、こっそり病室へ戻った。看護師にはばれていない。咎められることはなかった。

 真人が持ってきてくれたノートに、書き付けた。「ゲーム」の情報をだ。それと、「火野文哉の記憶」を、照らし合わせる必要がある。

「なにしてるんだあ、火野ぉ」

 今日も今日とてやってきたのは、水崎だった。俺は顔を上げず、フルーツのかごを示す。「食べていいよ」

「さんきゅ」

 水崎は嬉々として、いちじくを手にとってかじった。それから不思議そうな声を出す。

「なにしてんの」

「いろいろ」

 答えになっていない答えを口にしてから、俺ははっとして、顔を上げた。空田のトラウマの事故に、地山が関わっていた。なら、水崎もなにか関わっているのでは?




 残念なことに、読みは外れた。水崎は今まで交通事故に遭ったことはないそうだ。

 俺がひき逃げされているので、話の運びかたがへたでも、水崎は不自然には感じなかったようだ。いちじくをかじりながら云う。

「たしかに、交通事故ってこわいよな。こっちが歩きとか自転車だと、避けようがないときもあるじゃん?」

「そうだな。ああ、たしかに」

「自転車でも気を付けないとな。俺らが加害者になるってこともありうるんだし……」

 適当に頷き、俺は鉛筆を置いた。

 数学のノートだったものは、俺の汚い字で訳のわからないことを書き込まれている。主人公が入院している? じゃあゲームは始まってないのか。地山はテニスを再開していないし、水崎はこうやって俺とだべっている。真人は母親のことが大変でスポーツどころではないだろうし、空田はどうやら心療内科に通っているみたいだからなんとかなるかもしれないが……このままだと、学校はなくなってしまう。


 水崎がにやけた顔でノートを覗きこんだ。「なんだあ、事故でいきなり勉強熱心になったんじゃねえの、火野クン」

「そういうのじゃない」

 水崎は顔を傾け、眉を寄せる。「妖精」とか、「パラメータ」とか書いてあるのが見えたんだろう。

「水崎、真人とお前に頼みがある」

「あ?」

 ひなげし学園がなくなるのはいやだ。俺はあのゲームも、漫画も、アニメも、大好きなのだ。その舞台であるひなげし学園がなくなるなんてやだ。主人公が元気になるまで、学校を維持しておかないといけない。リアルで見ても可愛い子だった。あの子が誰かと恋愛する場面を、俺は遠くからでいいので眺めていたい。

 退院したらすぐに野球部へ戻ろう、と決意しながら、俺は云う。

「お前ら、中庭の噴水に触れ。したら、美少年が来るから、そいつに頼みこんではちまきもらえ」

「は?」




 水崎は戸惑った様子だったが、俺が何度も繰り返すと、やると約束してくれた。丁度そこに真人が来て、俺は真人にも同じことを云おうとしたのだが、水崎が「俺が説明するから」と云って真人をつれて出て行った。

 基本的に、攻略対象のパラメータの伸び率を上げるアイテムは、主人公が材料を買ってつくったり、購買で入手したりする。

 しかし、攻略対象に渡すとそれ以降、パラメータの伸びかたが1.2倍になるという最高のアイテムは、ポピーからもらうしかないのだ。攻略対象ごとに柄の違うはちまきで、恋愛イベントをみっつ以上こなしている攻略対象が居るとポピーに話しかけただけでもらえる。

 だからこれは、賭けだ。あいつらがポピーにはちまきをもらえるかどうかはわからない。わからないけれど、ポピーに接触するだけでもしておいてもらいたかった。

 攻略失敗のバッドエンドもあるのだが、その内容が、「謎の美少年(知り合うイベントを起こしている場合、生徒や教員達の意欲のなさに呆れたポピー)が学園を去ると、直後に学園売却が決まる」なのだ。


 主人公が入院していて動けない状態だから、あいつらだけでもいい、とにかくポピーと接触して、学校に残っていてもらわないと困る。はちまきをくれと頼めば、意欲があると判断されるかもしれない。それにあいつらは、スポーツ自体をきらいになったって訳ではなく、それぞれ理由があって好きだけれどスポーツからはなれているのだ。それって、意欲はあるってことだよな?

 俺も、退院したらすぐに野球部へ行って、頭を下げてはいらせてもらおう。ひなげし学園を救うにはそれしかない。

 俺は一応、中学時代有名だったピッチャーなのだ。野球を再開したとなれば客寄せパンダにはなれる。野球からはなれて半年も経っていないから、まだ勘も鈍っていない。死ぬ気で特訓すれば来年の甲子園、地方大会くらいならなんとかなるかも。真人にも頭を下げなくちゃ。


 ゲームの記憶をまだ、ノートへ書き付けていると、春原先輩が歩いてくるのが見えた。ここの病棟は、寝る時間以外はどの部屋も扉を開け放している。

「春原先輩」

「やあ、火野くん。丁度、バイトのついでで」

「いいです。あの、俺の父親に頼まれたんですよね?」

 春原先輩はきょとんとした。


 主人公の顔を見たら、記憶がまた幾らか戻ってきたのだ。

 火野文哉の父親は、不器用な人物だが子ども思いで、文哉を大事にしている。サッカーをやらせたかったのに、文哉が野球を選ぶととめなかった。文哉の父親は、ひなげし学園のサッカー部OBだ。ひなげしのスポーツ部は縦のつながりが強く、十年二十年前のOBなら平気で、休みの日などにやってきて後輩の指導にあたる。文哉の父親も、それきっかけで春原先輩と知り合っている……というのが、漫画版とアニメ版の設定だ。


 春原先輩は丸椅子に腰掛け、苦笑いで、蜜柑をむいている。「はい」

「ありがとうございます」

「火野先輩、黙っててくれって云ってたんだけど、僕はね、息子さんなんだからちゃんと云ったほうがいいですよって忠告したんだ」

「父らしいです」

「火野くんがわかってたからいいけど。火野先輩が君を心配してるのは、本当だからね。ただ、忙しいんだって」

 頷く。それも、思い出していた。火野文哉の父親は、ひなげし学園の関係者だ。学園を運営している法人の人間だった筈。それもあって漫画などで扱いづらく、文哉をメインヒーローからおろさざるを得なかったと、なにかの折にゲーム会社の人間が語っていて……。

「春原、まだ時間かかるか?」

「ああ、夏上。いや、もう帰るところだよ」

 夏上……夏上(なつかみ)和毅(ともき)だ!

 「銀色の片翼(ツバサ) 3」が初出、リメイク版では最初から追加された、「夏」「秋」「冬」のうちのひとり。大学生でもとテニス部の、夏上和毅。プロ並みの腕前だったが、故障が原因でテニスをはなれている。春原と一緒に学童保育に携わっていて、それきっかけで主人公と知り合う。

 廊下に立っている夏上を見て、俺ははっと、変な声を出してしまった。「火野くん?」

 夏上は浅黒い肌で、ガタイがよく、杖をついているキャラだ。膝を壊してテニスを辞めざるを得なくなった。

 当時、テニス部で全国に行けるレベルの人間が夏上しか居らず、監督にプレッシャをかけられるだけかけられ、ハードワークが祟って選手生命を絶たれるレベルの怪我をしてしまったのだ。その後、監督は諸々合って学園を辞め、ライバル校に引き抜かれている。夏上のイベントをすすめると、海外で膝の手術を受けると決意し、旅立つ日に空港で主人公にプロポーズする。

 しかし、廊下に立っている夏上は、杖なんてついていなかった。




 唖然とする俺に、ふたりはきょとんとしている。

 俺はなにかを云おうとしたのだが、言葉は出てこなかった。遠くから真人の声がしたのだ。「こっち、こっちだよ、だからおちつけって」

「おい!」

 金髪の美少年が、病室へとびこんできた。そのままベッドへ飛びのる。春原先輩も夏上も、口をぽかんと開けた。美少年……ポピーは叫ぶ。「お前、どうして僕のことを知ってる!」




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