欠かせない人物
不快な見舞客が居なくなり、昼食をとって、二日ぶりにシャワーを浴びた。許可が出たのだ。
さっぱりして部屋へ戻ると、当然のように地山が居た。「おう」
吃驚して出た声を、地山は挨拶ととったようだ。おー、と返してくる。俺は苦笑して、ベッドへ腰掛けた。
地山はあいたベッドに腰掛けて、俺の見舞の蜜柑をむいている。半分くれたので、よしとしよう。
「見舞、ありがとう」
「ああ」
「真人、見た?」
地山は頭を振ったが、数秒後に頷いた。しかめ面だ。
「なんだよ」
「彼、別の病室に居た」
「ああ……」
頷く。そうか、母親の見舞か。ってことは、あいつの母親、ここの病院にはいっているのか。
俺が驚かないので、地山が驚いている。
「知ってるのか」
「え? あー、えっと。看護師から聴いた」
ということにしておこう。
地山は俺の説明に納得したみたいで、ふたつ目の蜜柑に手を伸ばした。
が、その手が停まる。
「じゃあ、僕のことも聴いてる?」
僕のこと? ああ、そっか、やっぱりこいつ、自分の怪我の経過観察かなにかでここに通ってるんだな。
「ああ」頷く。「大変だな」
「……どうして優しいの?」
「え?」
「お父さん、ひとを殺すところだったんだよ」
は?
地山が蜜柑をかじっている。皮ごと。そんで、あいつは泣いている。
「お父さんはヒガイシャだ。後ろからぶつかられたんだから」
地山は何語かわからない言葉を織り交ぜながら、そしてフルーツを手当たり次第にかじりながら喋った。
それによると、空田のバス事故のこと……空田含む、去年のひなげし学園中等部バスケ部レギュラーメンバーが乗っていたバスは、地山の父親が運転していた車にぶつかられて横転したらしい。
地山の日本語がたまに覚束なくなるのと、俺は日本語以外が覚束ないので、多分だが。
地山に拠れば、その時こいつも車に乗っていて、後部座席に居たらしい。そこで寝ていた。
で、追突された。
気付くと地山は車の床に倒れていて、もの凄い数のクラクションの音が響いていた。外ではバスが横転し、ほかにも数台、車がまきこまれて、なかには燃えているものもあったという。おまけに、父親は腕を折った。その所為で最近ふるわないのだという。地山当人も、父親が事故の原因と第一報で報じられた為に、知り合いなどから責められ、周囲と距離を感じている。
「文哉、車にはねられた、って、聴いたから」
「ああ? ああ。うん。それが?」
「ぶつかってきたやつかも」
……ああ。
ああ!
成程、こいつがここに居たのは、フルーツ目当てではなく、俺をはねた犯人が自分達に追突してきたやつと同一人物かもと思って、俺がなにか覚えていないかをさぐりに来たのか。そっか、バス事故も、市内の話だしな。
成程。それにしては、さっきから洋梨を器用に食べているが。
「意識が、しっかり、してない、ひとが居て……お父さんが来られない時は、僕が来てる」
「ああ」
空田のバス事故は酷いものだったらしいし、意識不明のひとが居てもおかしくない。死者が出なかったことがおかしいレベルの事故だった筈。だからこそ、空田の尊敬するバスケ部監督が大怪我してしまい、空田がそれを苦にして家からほとんど出られなくなっている。
しかし、この場合、地山の父親に責任はないだろう。こういうのって、最初にぶつかった車に責任があるんじゃなかったか? 地山の父親に過失はないだろう。
地山はそのひとを見舞に来ているらしい。そういえば、診察用の場所はほとんどが一階にあるし、少なくとも、怪我の経過観察でここまで来る必要はないよな。俺が地山のことを訊いた時に、看護師が逃げるように去って行ったのは、本当はこいつが見舞に来ていると知っていたからかな。
俺は青りんごをかごからとって、地山へ渡した。
「ほら」
「ん?」
「食べて、元気出せよ」
地山は目をまるくして俺を見、それから微笑んだ。「文哉、お見舞に行ってくれない? 一緒に」
ひとつ上の階にその病室はあった。俺は地山とふたりで、ナースステーションの前を姿勢を低くして通りぬけ、上の階へ行った。地山は昨日、階段で移動していて、一階分間違えてしまったんだそうだ。だから、俺の病室まで来た。
「ここ」
地山は扉を開ける。俺達は病室へ這入る。「家族から、這入っていいよって云われてるから」
俺はベッドの上の、目を閉じて眠っているような患者を見て、息を停めた。
それは、名前を思い出せない彼女だった。
主人公だ。