先輩も攻略対象
「親父さん、いいもん持ってきてくれてるじゃないか」
「ああ」
かごにはいったフルーツを見てにこにこしている真人に、適当に返事をしてしまった。
ヒロインのことだけ、どうしても思い出せない。可愛い子だったのは間違いないんだが、名前も顔も、すっぽり、記憶からぬけおちている。
「なあ、真人」
「うん?」
「今日って何月何日だっけ?」
真人が口をあんぐり開けてこちらを見た。
真人が大騒ぎするので、追加の検査をうけることになってしまった。が、脳波などに異常はないらしい。予定どおり、明後日の午后に退院する。
「だから大丈夫だって云ったじゃないか」
「いや、だけどお前……日付がわからないって、大変じゃないか?」
「ちょっと記憶が混乱してるんだよ。それだけ」
とりあえず、日付はわかった。火野文哉としての記憶も少々混乱しているのだが、俺は高校一年生で、今は六月の終わりだ。入学からそろそろ三ヶ月、空田の出現条件のリミットが近い。
空田がもし、教室登校するようになっているなら、主人公が活動しているってことになるが、俺がそれを直にたしかめることができない。病院を出られないから。
「火野ぉ、お疲れえ」
面倒そうな様子で、水崎が這入ってくる。真人がなにか云う前に、水崎は背後を示した。「春原先輩が、お前の見舞したいって。俺、案内しただけだから」
「災難だったね、火野くん」
春原先輩だ。フルーツのかごを持っている。俺は姿勢を正した。
「春原先輩、すみません」
「ああ、無理しないで」
春原先輩は微笑んだ。このひとはサッカー部のOBだけれど、三年生の頃には生徒会長をしていたとかで、いれかわりで入学した俺達も気にかけてくれている。大学、すぐ傍にあるしな。
水崎は、案内しただけ、と云ったくせに、出入り口辺りから動かない。その目がフルーツのかごをちらちら見ている。「水崎、案内ありがとうな。なんかくう? りんご、うまいぜ」
真人が凄くいやそうに俺を見た。