攻略対象×3
唸っている俺に、心配げな目を向けてくるのは、俺とバッテリーを組んでいた風那珂真人だ。
こいつも攻略対象で、俺が野球を辞めたので自分の責任と思い、野球を辞めてしまった、というキャラクターだ。
俺が昨日、ひき逃げされた直後、こいつはたまたま自転車で通りかかった。帰る方向が同じなので当然なのだが、俺が倒れているのを見てかなりショックをうけたらしく、今日は顔色が悪い。
大柄で優しい顔付きのやつなのだが、見た目の印象に反しないやたら優しい性格なのである。見た目そのまんまのなにも裏切らないやわらかいやつなのだ。
「火野、大丈夫なのか? 検査、終わったんだろう?」
「ああ。なんともないよ」
俺が応じると、真人は不安そうに頷く。俺が唐突に野球を辞めたこともそうだが、こいつは今、母親が入院しているのだ。それも、こいつまで野球を辞めた理由のひとつだ。ゲーム版では病名は出てこないが、漫画版だと過労と貧血だった。こいつの家は母子家庭で、弟と妹が何人か居る。母親は惣菜屋と肉屋の仕事を掛け持ちしていた。
真人にとってみたら、元気だと思っていた親がいきなり入院して不安な上に、バッテリーを組んでいた俺がひき逃げされたのだ。不安にもなる。そういう時に無神経に自信満々で居られるやつじゃない。
「犯人、捕まってないらしいな」
俺がそういうと、真人は首をすくめた。「ごめん」
「どうしてお前が謝るんだよ」
「もう少しはやく通ってたら、車、見たかもしれない」
俺は苦労して頭を振った。真人が俺よりも遅れてあの場所を通ったのは、母親の見舞に、病院によったからだ。本来、火野文哉はそれを知らないのだが、俺は知っているし、そもそも俺がひき逃げされたのはこいつの責任じゃない。
真人がりんごをむいてくれて、俺はそれを食べた。「うまい」
「火野、ほんとに大丈夫か? なんかちょっと……」
「なに?」
「いや、いつもだったらこういうの、食べたがらないから」
え、りんごおいしいのに?
どうやら、火野文哉はくだものが苦手か、小食らしい。しかしおいしいりんごなので、手が停まらない。
「火野ぉ、届けもん」
制服を着崩した、茶髪の男子が這入ってきた。やはり攻略対象の、水崎那由多だ。
水球部のエースだったが、「女子にもてないから」という理由で退部している。ただし、それは表向きの理由で、実際はイップスになっているという設定だ。古い時代の作品なので、イップスは精神的なものとして扱われている。
茶髪・ピアス・着崩した制服・原色のスニーカーと、派手な見た目である。乙女ゲームの攻略対象らしいキラキラ感もあるので、女子にもてそうなものだが、水球の試合でのもの凄い形相が女子におそれられており、女っ気はない。女子にアプローチしてもうまくいかないのだ。漫画版でもそうだった。
水崎は火野、つまり俺と同じクラスだ。だからか、プリントやなにかを持ってきてくれた。
「さんきゅ」
「お前さ、運動神経いいんだろ? 車くらい避けろよ」
「水崎」
水崎の軽口を、真人が咎める。真面目な真人と、本当はストイックなくせにそれを周囲に見せない水崎は、あまり相性がよくなかった。ゲームでも、ふたりを同時に攻略すると、喧嘩するイベントがある。同時攻略を推奨しているゲームなので、何度もそれを見た。
俺はにやっとして、軽く云った。「俺で避けられないんだから、お前は停まってる車にはねられるんじゃないのか」
「云うじゃん」
水崎はくすくすっと笑って、片手をひらひら振りながら出て行った。真人と相性が悪いことは、あいつ自身も気付いている。真人も水崎を苦手にしているので、ひきとめることはない。
「明日は俺が、プリント預かってくるよ」
「いいよ。お前、忙しいだろ」
「え?」
真人がさっとあおざめたので、俺は失言に気付く。この段階では、真人は学校の友人には母親の入院のことを教えていない。それは、バッテリーを組んでいた俺に対してもそうだ。
俺はふざけて聴こえるように、声を震わせた。
「お前、成績やばいって聴いたぞ」
「だ、大丈夫だよ」
真人はほっとしたみたいに目を伏せ、とにかく明日も来るから、と云った。