銀色の片翼
自分が乙女ゲームの攻略対象になっていることに気付いたのは、つい昨日だ。
「銀色の片翼」。かなり古い乙女ゲームだ。乙女ゲームとしては古典の部類にはいる。
ゲームの舞台は中高大学まで一貫の、私立ひなげし学園。
かつて、多くのスポーツで日本一になるなど、部活に力をいれていた学園だ。
しかし、それも今は昔の話。数年前に野球部の不祥事が、そして一年前にサッカー部の不祥事があり、入学希望者が激減。今では学校閉鎖の噂もたっているくらい、生徒数が少ない。
そして、学校閉鎖は噂ではなく、そろそろ本当になりそうな出来事なのだ。
主人公は、両親がひなげし学園出身で、高校入学から半年後の文化祭までに学校を建て直そうと奔走する。
攻略対象は全部で七人。もともとスポーツをやっていた生徒が五人に、OBで大学生がひとり、正体不明の美少年がひとり。
主人公が半年かけて、スポーツを辞めていた連中に働きかけてスポーツを再開させ、攻略対象が関わっている部をみっつ以上、活動できるレベルにまで立て直したらグッドエンドになる。
みっつ以上の部を立て直せなくても、キャラクターと恋愛の段階を進めていれば、恋愛エンディングを見ることができる。
いつつの部を立て直すと、翌年の甲子園で野球部が優勝した……というトゥルーエンディングだ。
どうして主人公がそこまで頑張るのかというと、ひなげし学園の高等部文化祭にはとある伝説があるのだ。
文化祭の最後の日に、好きなひとと校章のピンバッジを交換し、一緒に花火を見ると、そのひとと一生はなれない――。
そんなロマンチックな伝説を主人公が信じているのは、彼女の両親が文化祭きっかけで付き合い始め、結婚したからだった。ちなみに、校章が銀色の翼である。
主人公は母親から文化祭の伝説を聴き、自分もいずれ素敵なひとと花火を見るのだと思っていた。
両親の仕事の都合で高校からひなげし学園へ通えるようになったのだが、来てみれば学校は潰れそうだし、文化祭の開催も危うい。そこでてっとりばやく、「スポーツで有名なひなげし学園」をとりもどそうと、攻略対象達にまたスポーツをやってほしいと接触する訳である。
システム的には育成要素のあるシミュレーションだ。
主人公が何度か攻略対象に接触し、説得がうまくいくと、攻略対象はスポーツを再開する。そうすると勝手に攻略対象はパラメータを鍛えてくれるので(説得成功するまでは表示はされないものの、スポーツ再開前でもわずかずつだがパラメータは伸びている)、適当にアイテムを与えながら放っておけば、攻略対象が活躍してくれて入部希望者が増える。人数が必要な野球部のキャラから説得していくと間違いが少ない。
それと並行して、主人公のパラメータを鍛えないといけない。鍛える方法は「バイト」。パズルやリズムゲームのようなミニゲームをこなすと、成績に応じて主人公のパラメータが上がり、ついでにバイト代も手にはいる。そのお金で攻略対象達にドーピングアイテムを貢ぐのである。勿論、部活の効果がアップするみたいなやつで、ほんとのドーピングではないけれど。
最初はPC版で発売され、その後家庭用ゲーム機に移植された。
俺が生まれるよりもずっと前に世に出たゲームだが、ナンバリング作品が七作も続いていて、俺が子どもの頃アニメ版が放送されていた。
当然の話だけど、一介の生徒がたった半年頑張ったくらいで、経営難の学校がなんとかなる訳はない。
制作陣はそれを逆手にとって、攻略対象を増やして文化祭から翌年の卒業式までを描いた「銀色の片翼 thereafter… 」という続編を発表した。
その後、主人公が高校二年生になった「銀色の片翼 2」、二年生の秋からクリスマスまでを描いた(勿論エンディングはクリスマスデートだ)「銀色の片翼 2 雪の贈りもの」、主人公が大学生になった「銀色の片翼 3」、主人公とキャラクターを刷新した「銀色の片翼 Fortune」、Fortuneの続編である「銀色の片翼 Precious」が正式ナンバリング作品である。
初代と同じ主人公でキャラクターとイベントを増やしたリメイクシリーズ「銀色の片翼~Another Story~」や、初代主人公の母親が主人公になった「銀色の片翼 セピア色の思い出」も含めると、全部で十作以上発表されている。
これには理由がある。漫画版の人気が尋常じゃなくあったのだ。
それをもとにしたアニメも、文句なく面白かった。という訳で、俺はアニメを毎週くいいるように視聴し、漫画を読み、ゲーム機とソフトを中古で手にいれてやった。
漫画版が至上だと思っていたのが、至上なのはゲームだった。
たしかに、煩雑な部分はある。パラメータをしっかり管理しないと、アイテムの効果が最大限発揮されないし、説得イベントを成功させるタイミングもアイテムを手にいれるタイミングも難しい。難易度は固定なので、育成シミュレーションに慣れていないとつらいものがある。
が、煩雑なところやセーブ・ロードにやけに時間がかかるところを加味しても、乙女ゲーム以外と比べたって見劣りしないくらいに面白い。
俺は何度も、ひなげし学園を建て直して、学園を影から見守ってきた謎の美少年こと妖精のポピーに感謝されてきたのだ。
のだけれど……。
「ううむ」
「なに、唸ってるんだよ?」
俺、現在は「銀色の片翼」攻略対象のひとり・野球部もとエースの火野文哉は、病院のベッドの上で唸った。
昨日、学校帰りにはねられたのだ。後ろから思いっきり。しかもひき逃げである。犯人を見てもいないし、警察は犯人を捕まえていない。
さいわい、頭を打って気を失っただけで、精密検査でもなにもなかったのだが……この世界をゲームとして楽しんだ記憶が唐突に涌いてでてしまった。