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残り時間

作者: 栗崎新

  「 俺あと2年しかねえよ 」 と手に持った電卓を見ながら岡島が苦笑した。研究室にいる他のメンバーもやれやれと苦笑いをしている。


 俺が妙な電卓を買ったのは昨日のことだ。1人で繁華街を歩いていると、道端の男から 「 兄ちゃん 」 と馴れ馴れしく声をかけられ買わされたのが、今岡島が手にしている電卓だ。 「 寿命が計算できる電卓だ 」と言うその男には言動の妖しさを隠すような様子はまるでなく、最後には 「 兄ちゃん、お願いだからさぁ 」 とへつらいながら手を握ってくる始末だった。 「 寿命なんて知りたくねえ、って誰も買ってくれねえんだよ 」 とも言っていた。


 そして今日、大学の研究室のメンバーでこの胡散臭い電卓の真偽を確かめていた。電卓は、年齢や1日の食事、便の回数などその他細かい事項を入力すると、最後に 「 ノコリジカンOO 」 という悪趣味な言葉が表示されるものだ。メンバーがそれぞれ試してみると結果は人により差はあるが、最長でも3年、最短で1年と、4年の皆にとっては大学卒業後間もなくの死を宣告されていた。

  「 てかお前はどうだったんだよ 」 と岡島が俺を指差してくる。俺は一瞬言葉を濁したが、正直にまだやってないことを伝えた。1人暮らしのアパートで孤独にやることもできたが、変な結果が出た時に笑い飛ばしてくれる人がいないのは問題だった。 「 やってみろよ 」 と岡島が電卓を渡してくる。俺はしぶしぶ電卓に必要事項を入力し、そして審判の時を待った。



 画面には 「 ノコリジカン1ニチ 」 と無味乾燥に表示された。俺はぽかん、と口が半開きになり皆もしんと静まり返っていたが、少しすると岡島が笑い出した。  「 コイツは傑作だ。この中じゃ最短記録じゃねえか。こりゃもう世界新記録だぜ 」


  「 いや、俺が実際に死なないと記録として残らないんじゃないか? 」 半開きの口を直し言い返す。

  「 そうなったら、まさしく記録じゃなくて記憶に残っちまうな 」

 他のメンバーも沈黙から覚めいろいろと言いはじめたが、次第に話題から消えていく。


  「 先生もどうっすか 」 と岡島が教授に電卓を手渡した。どれどれ、と興味深そうに教授が受け取り、皆も興味津々に周りに集まる。

 教授が 「 60歳 」 と年齢を入力したところで 「 error 」 の文字が表示され皆があれ、と拍子抜けした声を上げた。エラーの表示が出るのはじめてだ。教授がもう1回入力してみたが、やはり同じだった。 「 おれみたいな年寄りは駄目なのか? 」

  「 寿命の限界を突破してるんですかね 」 と岡島がふざけて言うと 「 若いからって調子に乗るなよ 」 と教授は苦笑し、部屋から出て行った。


                      *****



 研究室から出ると、じゃあな、と他のメンバーと別れ俺は原付に乗った。大学の敷地から道路に出てちょっと走ると信号が赤に変わった。

 所詮はお遊びだな、と俺は電卓のことを考えた。研究室のほとんどの面子は余命1、2年、俺は1日、教授はエラー、と馬鹿にされているとしか思えない計算結果ばかりだ。俺が一番最初に死ぬのがちょっと癪だったが、都合よく忘れることにした。信号が青に変わる。



 最初は何が起こったのかわからなかった。十字路の交差点に進むと左からワゴンが突っ込んできたことがわかった。危ない、と叫ぶよりも早く目の前が夕焼けの空になりそして、真っ暗になる。


                               *****


 ゆっくりと視界が開けると岡島が目に入った。岡島も気がつき、椅子から立ち上がって俺を見下ろす。安堵の表情を浮かべている。

  「 お前、俺をハラハラさせすぎなんだよ 」

  「 普通こういう時って 『 大丈夫か 』 って最初に言うんじゃないのか 」 と俺は搾り出すように言った。

  「 大丈夫か 」

  「 知らねえよ 」

  「 まったくよ、もう少しであの電卓の予言通りになるとこだったんだぜ 」

  「 世界新を逃したな 」

  「 アホか。タイミングがタイミングだけにびびったっつーの 」

 それから岡島は先生を呼びに行くと言い、病室から出て行った。俺にはその背中がとても遠くにあるように見えた。


                      *****



 岡島は須藤の遺影をじっと見つめながら、あの日のことを考えた。須藤が妙な電卓から残り1日の寿命だと宣告されたこと。大学の帰り道に事故に遭ったこと。それでもなんとか一命を取り留めたこと。しかし、目を覚ました須藤のことを先生に知らせようと病室を離れ戻ってきた時、すでに事切れていたこと。

 死因は不明で、事故とは無関係に心臓あたりが弱っていたのでは、と医者は頼りなさそうに答えただけだった。岡島は何か変な力が須藤を動かしているとしか思えなかった。死に損なった人間に悪魔が止めを刺した、と言っても岡島は信じたかもしれない。岡島はなんにもならないとは思ったが、繁華街にも足を運び電卓を売った男を捜した。何日か通った後ついにそれらしき男を見つけ問い詰めたが、話を聞いて岡島はますますわからなくなった。男は言った。


 「 あれは犬猫の寿命を計算するものですよ 」

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  無駄のない文章で作品世界に引き込んでおいて、切れ味の良いオチ。上手いです。SSの醍醐味ですね。 面白かったです。 これからも頑張ってください。
[一言] 最初は何だかシリアスな展開になっていくのかと思いきや、最後はどんでん返しのオチということもあり、あっという間に作品の世界に引き込まれてしまいました。 とても面白かったです。 これからもご執筆…
2009/10/14 22:40 退会済み
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