真実の愛のもたらすもの
姫たちの名前はありません。
わりと有名な童話からのリスペクトで、書いてみたくなったお話です。
「まことに申し訳ないのだが、私は貴女たちのどなたも、娶るつもりはないのだ。私には真実の愛を誓ったひとがいる」
悲しげに眉を寄せ、そう口にした王子。その場に集まった六人の姫君たちは、顔を見合わせる。
その胸中によぎったものは。
愚かな!
端的に言えば、それにつきた。
今宵は、王子の誕生日の宴。それに合わせて招待された、六つの王国の姫君たち。王子は、その中から妃を選ぶはずだった。そこへ、先ほどの発言である。
そもそも、この国は小国だ。西には大国があり、何も手を講じなければ、早晩、この国は併呑されてしまうだろう。それを防ぐための、最も有効な手段が、王子の婚姻である。招待された姫君たちの国は、それぞれさほど勢力が大きいわけではない。ただ、国同士の結びつきが固く、どこか一国と姻戚関係を結べば、この国は六つ全ての国の協力を得られるはずだった。
逆を言えば、どこか一国でも敵に回せば、この国など吹けば飛ぶようなものだというのに。
一の国の姫は、ちらりと玉座に目をやる。そこにおわす女王は、どうやらこのことを把握していないらしい。母であり、この国を統べるお方に話も通さず、直接このようなふるまいに出たということだけでも、この王子の愚かさが知れるというものだ。
ファンファーレが、新たな貴賓の到着を告げる。
黒と金を基調としたドレスを身にまとった姫が、父君と思しき男性のエスコートで入場した。王子はさっと喜色を露わにして、そちらへ向かう。
「家名をお聞きになりまして?」
二の国の姫が、扇の陰で囁く。
「東の、湖の向こうの王家を名乗られておりましたわ。確かに、あちらには妙齢の王女がおいでであったはず」
「こたび、ご招待を受けておいでだったのでしょうか?わたくしは、皆様がたのことはうかがっておりましたけれど」
さし出される王子の手に笑みを返す姫が名乗った王家が統べるのは、招待をされぬほど力のない国である。いくら距離が近くとも、婚姻を結ぶ利点がなくば、招かれるわけもない。
しかし、招待状なくしてこの場に足は踏み入れられぬ。ならば、王子が独断で招いたということだろうか。
三の国の姫は、眼を細める。
「とはいえ」
一の国の姫は、ぱちりと音を立てて扇を閉じた。
「おあねえさま」
「おあねえさま」
いとこ同士の、四の国の姫と五の国の姫は、ふたごのようによく似た面差しで、姉と慕う一の国の姫を見上げる。
「かように軽んじられたは、初めてのこと」
「しかり」
六の国の姫は、すいと繊手を差し伸べた。その手から王家の宝玉を受け取った従者は、足早に闇へと去る。
先刻、おざなりに六人の姫と踊った王子は、打って変わった熱を帯びて、かの姫と舞っている。女王の、表情を変えぬはずのかんばせに、わずかに焦りが見えるのは幻か。
「もはや、長居は無用でありましょう」
優雅にドレスの裾をさばき一の国の姫が身を翻せば、他の姫君たちも後を追う。
既に、各国には早馬が走っている。かの大国にも、ことの次第はすぐに知れよう。
「うつくしい国であったものを」
最後に一瞥をくれて、一の国の姫は馬車に乗り込んだ。
静かな湖面に、風が渡る。
あの宴からさほど日を経ず、ふたつの国が滅びた。
一つは、王子のいた国。もう一つは、王子が選んだ姫の生国。
どのようにして二人が出会い、愛を語らうようになったのかは、分からない。
あの時、姿を見せた黒と金の姫は、実のところ、王子の想い人ではなかったという噂がある。魔が王子の想い人の姿を真似て入り込み、それに気づかず愛を誓った王子を嘲笑して去ったとか。真偽はさだかではないけれど。
大国に攻め込まれ、女王は六つの国に助勢を乞うたが、一蹴された。
魔物に騙されたと繰り言を言ったそうだが、おのが国の立場もわきまえぬ者を王子の座にとどめ置いた国が悪いのだ。
大国は、二つの国をやすやすと平らげ、領地を拡大した。
しかし、六つの国を相手取ることはしないだろう。戦うよりは、共に手を携えるほうが有効と、誰の眼にも明らかであるのだから。
「まだしばらくは、こうして皆でお茶を楽しめますわね」
四阿で、今日も六人の姫はゆったりと微笑んでいる。
Fin
お気づきの方も多いと思いますが、リスペクト元は白鳥の湖です。
いや、あれって普通にダメだろと。
ふられた姫たちが、こんなふうだといいなというのを書いてみました。