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ブリュンヒルデ

 陣営の存亡を賭けた野球の試合に勝利した和哉たちは、喜久代に先導されてブリュンヒルデ陣営の本拠地へ向かっていた。

「それにしても、寒過ぎでござるお」

 周囲を雪に閉ざされた風景。吐く息も白く、連なる一同も身を寄せ合うようにして歩く。

「祐子殿に防寒着を作って貰ってなければ凍えていたでござるお」

「浩殿の仰る通りです」

 モリモットに同意したジョアンヌは、ここぞとばかりに密着していた。

「和くんは寒くない?」

「大丈夫だ」

 尋ねられた和哉は右から喜久代、左からはクリスに密着されていた。彼は内心で『どうしてこうなった』と思っていたが、そのような素振りは見せないよう振る舞っている。

 彼らの後ろに続く兵士たちは大広間の食卓を持ち運んでいた。食卓の下に兵士たちが入り、捧げ持つようにしている。内側の兵士たちが支え、外側の兵士たちは熱気を逃がさないように取り囲んでいた。一定時間で内外を交替しているので、疲労の色は薄い。

「お兄ちゃーん」

 息せき切って祐子が前方から戻って来た。

「みんな、首を長うして待っとったで」

「そうか、それでは、もう一踏ん張りだな」

 和哉が前方に目を凝らすと、ぼんやりと城のようなものが見えた気がした。

 それから黙々と雪原を歩くこと一時間。ようやくブリュンヒルデの居城へ到着する。

「お待ちしておりました」

 城門には鞆絵が待っていた。

「早速だが、ブリュンヒルデのところに案内して欲しい」

「それは構いませんが、果たしてブリュンヒルデ様に手出しできるかは責任が持てません」

「それはどういう……」

 鞆絵の言葉を問い直そうとした和哉の目の前に、眼帯をしたメイドが銃を突き付けてつつ迫って来る。

「あの銃は!」

「知っているのか、モリモット?」

 頷いたモリモットが解説するよりも早く、メイドは拳銃の引き金を引いた。

「和くん、危ない!」

 喜久代が和哉の盾になろうと前に飛び出す。その彼女に向けてパスッと拍子抜けするような音と共に、銃口から何かが糸を引いて飛び出し、二人に届くことなく地面へ落ちた。

「な、なんだこれは?」

「おかしいでござるお、豆鉄砲だから、煮豆が飛び出るようにしたはずでござるのに」

 モリモット手製の豆鉄砲であるが、どうやら銃倉の中で発酵(注1)してしまったようだ。

「ならば、これだ!」

「やめろ、弥生!」

 メイド姿の弥生に呼び掛けたのは父親の尾藤だが、彼女は委細構わずに大口径のライフル銃を構える。

「死ね!」

「喜久姉、離れて!」

 咄嗟に和哉は喜久代を押しのけた。銃声が響き、彼の腹部が大きく朱に染まる。

「和哉!」

「和くん!」

「な、なんじゃあ、こりゃあ?」

 和哉が腹部を押さえると、その両手も真っ赤に濡れた。クリスと喜久代の顔面から血の気が失せ、真っ青になる。しかし、和哉が痛みに苦しむ様子には至らない。

「マスカット銃……、今回の銃弾はシャインマスカット(注2)でござるお」

「ん……、甘い」

 和哉は指先の赤い汁を舐めた。とても甘いブドウの味である。

「ならば、取っておきの、これだ!」

 弥生がスカートの裾(注3)から取り出したのは機関銃だった。その銃口を和哉たちに向けて銃弾を浴びせ始める。

「全員、死んでしまえ!」

 丸い銃弾が当たると、そこに真っ赤な花が咲いたように銃弾が弾けた。

「快感……」(注4)

 恍惚の表情で乱射する弥生ではあったが、モリモットが冷静に解説する。

「これは、マリンガンでござるお。今回の銃倉はイクラ(注5)でござるお」

「まともな銃はないのか?」

 叫んだ弥生を、父親の尾藤が背後から羽交い締めにする。

「弥生、あれほど食べ物で遊ぶなと言っただろう!」

「違っ……」

「口答えは許さん」

 尾藤はそのまま娘を連れて城内に進む。和哉たちも気を取り直して城内に進んだ。

「ブリュンヒルデ様はこちらです」

 鞆絵に案内されて和哉たちは城内の奥まで来ていた。他の兵士たちは広間に、佐藤と尾藤はそれぞれの娘たちと再会して話に華を咲かせ、山岡夫妻は秩父三銃士と共にペンテシレイア、鉄器川姉妹、長野らと城内の混乱を防ぐ為に奥の間へ続く通路を塞いでいる。

「それでは入りましょう」

 鞆絵が扉を開くと、和哉の頬を熱気が撫でた。

「これは……」

 ブリュンヒルデが眠っている寝台の周囲は天井まで届く炎に囲まれていた。熱気を放つ炎の壁はしかし、天井も床も焦がしていない。

「どういう原理だよ?」

「それが分からないのよ」

 喜久代がどこで手にしたのか、肉塊を棒の先に括り付けて炎に突き入れる。程なくして、肉塊は香ばしい匂いを漂わせ始めた。

「この通り、お肉も焼けるのにね」

 和哉はこんがりと焼けた肉塊を見て、表情を引き締める。

「ブリュンヒルデは寝ているんだな?」

「ええ」

「じゃあ、抵抗される可能性は低いな。ジョアンヌ、剣を貸してくれ」

「それはよろしいですが、どうやって炎を消すつもりですか?」

「消す必要はない」

 ジョアンヌから細剣を受け取り、和哉はニヤリと笑った。

「こんなこともあろうかと、炎を防ぐマントを持って来たんだ」

 バサリと音を立てて、和哉は青いマントを羽織った。

「行って来る」

 一同が止める間もなく、和哉は炎の中へ。

「和くん……」

「あの時と同じでござるお」

 心配そうな表情の喜久代に、モリモットは声を掛けた。

「だから、今回も大丈夫でござるお」

「そう、だよね。和くんはあの時も無事に帰って来たものね」

 喜久代は沈みそうになった気持ちを、どうにか繋ぎ止めた。

「和哉!」

 炎の中から戻って来た和哉に、クリスが駆け寄る。

「大丈夫だ」

 ニカッと笑う和哉の姿に、他の一同もホッと胸を撫で下ろした。炎の勢いが弱まり、徐々に低くなってゆく。

「ブリュンヒルデが死んだ今、この炎も消えるのか」

 消えゆく炎を見ていると、和哉の胸中にはモヤモヤした気持ちが去来していた。

「和哉、どうしたの?」

「何でもない」

 何か記憶に引っ掛かりそうなのだが、それが何か判然としない。

「和やんも無事に戻って来たでござるし、城門前で待機している食卓を運び込むでござるお」

「私は後程に」

 鞆絵の姿は足元から色が薄くなり、やがて消えた。

 夕刻、ブリュンヒルデ陣営を丸ごと手中に収めた和哉たちは、大きく増えた仲間たちと食卓を囲んでいた。

「あんたが眠っていたとは言え、私の命を奪うとはね」

 和哉の横には美女が腰掛け、グラスに注いだ日本酒を飲んでいた。

「それに、私を囲んでいた炎の壁を越えて来るなんて、予想外だったよ」

「あれは、護身用だったのか?」

「まさか」

 美女はグラスに残っていた日本酒を一気に喉の奥へ流し込むと、不敵に笑った。

「寒いから暖房に決まってるだろ」

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下  和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス   小林ゆうさん

・ジョアンヌ   河瀬茉希さん

・モリモット   関智一さん

・武藤   龍  玄田哲章さん

・尾藤  大輔  稲田徹さん

・佐藤  竜也  櫻井孝宏さん

・山岡  次郎  下野紘さん

・藤井  照美  伊藤かな恵さん

・藤井  羅二夫 うえだゆうじさん

・井ノ元 喜久代 丹下桜さん

・倉田  祐子  阿澄佳奈さん

・ペンテシレイア 日笠陽子さん

・尾藤  弥生  沼倉愛美さん

・佐藤  由貴  芹澤優さん

・樋口  鞆絵  喜多村英梨さん

・長野  恵梨香 原由実さん

・鉄器川 香崙  悠木碧さん

・鉄器川 華蘭  竹達彩奈さん

・小見  敏夫  前野智昭さん

・今井  雄三  蒼井翔太さん

・紀井  多聞  森久保祥太郎さん

・ブリュンヒルデ 甲斐田裕子さん


注1 発酵

 菌の作用で人にとって有益な変化を発酵、有害な変化を腐敗と呼ぶ。

 納豆菌による発酵は半日程度で行われる。

 なお、変な臭いがして、糸を引くのは腐っているから食べてはならないと親から教わったが、教えた本人は納豆を食べる不思議。


注2 シャインマスカット

 日本で開発されたブドウの最高峰と言える品種。

 しかし国際的な品種登録をしていなかった為に海外でも栽培され、充分な利益を上げられていない。


注3 スカートの裾

 女性のスカートの中は神秘の世界なので、深く詮索してはならない。


注4 快感

 薬師丸ひろ子主演の『セーラー服と機関銃』で有名な台詞である。


注5 イクラ

 ロシア語で魚卵を意味する。

 この定義だと数の子もキャビアも、イクラである。

 実際に鮭、鱒の魚卵は「赤いイクラ」、キャビアは「黒いイクラ」と呼ばれている。

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