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何の罪に問うことも出来なかったアビゲイル・ウィリアムズを釈放した翌日。そのアビゲイルが、イギリスの外務省にやって来て、こう言い放った。
「それで、いつになったら戦時国債を返してくれるので?」
この言葉を、最初外務省職員は理解出来なかった。しかし、頭の回転が早い一部の職員の理解が及んだ途端。職員達は絶望した。
植民地の自治領化による、戦時国債の相殺は、自治領に存在する『組織』の保有する戦時国債と相殺されることとなっていた。それは、所詮植民地人という人擬きの個人が購入出来る戦時国債の額など、大した額ではない、というイギリスの侮りから来たものだった。
しかし、アビゲイルらトリニダード・トバゴの『人民組合』は違った。
イギリスの戦時国債を直接購入したのは、確かに『人民組合』だった。しかし、それは『『組合』に加入している個々人の代理』としての購入で、返済はその個々人に向けて行われることになっていたのだ。そしてそのことは、確かにイギリス側の書類に書かれていた。
外務省は慌てて、『人民組合』と同じ手法で戦時国債を購入した組織が無いか調べた。
調べて、再度絶望した。
ナイジェリアの『アフリカ開発機構』、フィジーの『砂糖協会』、オマーンの『ブーサイード代理商会』、インドの『木綿組合』等が、『人民組合』と同じ手法で戦時国債を購入していたのである。
これらの組織が代理購入した戦時国債は、世界大戦でイギリスが販売した戦時国債の実に三割にいたっており。つまりそれは、戦時国債の三割をコモンウェルスに『してしまった』国々の住民が保有している、ということだった。
大失態をしでかしたことにより、イギリスでは多くの職員と閣僚、議員の首が飛んだ。テロルにより物理的に飛んだ者もいた。
だが、そんなことはこれらの国々の住人からすると関係ないことだ。
一九二〇年までに、トリニダード・トバゴ、ナイジェリア、フィジー、オマーン、インドは『購入した戦時国債を返して貰えるか怪しいから』とコモンウェルスを脱退。続いて南アフリカ、カナダ、ニュージーランドまでもがコモンウェルスを脱退し。イギリスは、世界大戦に勝利したのに敗北したかのような大不況に陥った。
不況から立ち直ろうにも。大英帝国を支えた植民地の多くは、他の強大な勢力の傘下に入ってしまい、迂闊に戦争することも出来ない。
トリニダード・トバゴ、ナイジェリア、カナダはアメリカと。
フィジー、オマーン、インド、ニュージーランドは日本と。
南アフリカはフランスと。
手を組んでしまっていたので、いくらイギリスといえど手を出せないのだ。
おまけに、オーストラリアがフランスになびきかけていた。
往年のイギリスの勢いは全くなくなってしまったのだ。
***
「ここまで上手くいく?」
私は、あまりに上手く行き過ぎたこの状況に首を傾げた。
ヘンリー・クリフォードが『勉強会』に加わってから、多くの白人も『勉強会』に加わって、トリニダード・トバゴの産業の発展に尽くしつつ、来る世界大戦への作戦を練った。
その中で、白人達が言い出したのは。
『イギリスは、国債や義勇兵ごときでは自治権を渡さない』
ということだった。
そこで計画を変更し、他の植民地の穏健な独立派に、アメリカや日本の記者と手を組んで、イギリスを陥れることにしたのだけれど。これが上手く行き過ぎた。
いやだって戦時国債を一〇〇〇年かけて払う、なんて発言、普通飛び出て来るなんて思わないよね!?
結果、大英帝国は世界大戦に勝ったのに解体された。勢力圏に残っている国々もコモンウェルス加盟国、つまり自治領から同盟国なので、イギリスの言うことをホイホイ聞く必要もなくなった。
おまけに、アメリカはナイジェリアとカナダという『新たなフロンティア』を。
日本はインドという資源地帯を。
手に入れたも同然なので、太平洋の軍事的脅威はほぼなくなった。
ドイツが少し怖いけれど、イギリス植民地だった国々が、盛んに工業機械を購入しているので、大恐慌が来ても史実ほど悪い状況にはならないだろう。
ソビエト連邦は成立しちゃったけれど、この世界ではナチスやファッショといった脅威が無いので、ソビエト対その他全ての国、という構図になっていることから、そこまで怖くない。
「組合ちょ、いや大統領!」
さて今日は、トリニダード・トバゴで初めて行われた選挙で選ばれた大統領の就任演説の日だ。
なってしまったのは仕方ないし、二度目の人生なんだし。国のために滅私奉公するのも、やぶさかではないね。
リハビリがてら書いたもの、ということもあり、あんまり下調べしていません。
『この展開はないでしょ』と思いながら書きましたが、とりあえずリハビリということもあって完結させること優先にしました。ストーリーはぶん投げた。
もう少し余力があれば、まともな作品や書いている作品の続きを書きたいですね。
では。
書き続けられる喜びに感謝しつつ。