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『独立を企む怪しげな会』の会長である童女の顔を見られたことでひと安心したクリフォードに、童女アビゲイルは淡々と尋ねる。
「この会の説明はどこまで聞きました?」
「『どう稼ぐか』勉強して、『稼いだカネでこの島の自治権を買う』のを目標にしている会だと、ブブから聞いた」
「あら」
アビゲイルは意外そうな表情をする。
「あなた白人でしょう? 白人がいきなりその説明で興味を持ったって、中々無いんだけれど」
それもそうだ。イギリスの植民地たるトリニダード・トバゴでは、白人は支配者階級だ。その支配者階級が自らの特権を捨てるようなことは、考えられないだろう。
「白人にも色々いるということだ」
クリフォードはそう肩をすくめた。
「そっか」
アビゲイルはその説明で納得したようだった。
「まあ、ブブの説明でざっくりとは合ってるけど」
そう前置きして、アビゲイルはこの『勉強会』の説明を始める。
「いくら植民地だからって、イギリスにおんぶにだっこ状態の現状って、恥ずかしいでしょ? だから、私達だってイギリスの役に立てるんだぞ! って示せるよう、産業を発展させるのを目標にしているのが、この『勉強会』なの」
「ちょっと待ってくれ!」
ブブから受けた説明と全く異なるアビゲイルの説明に、クリフォードは言わずにはいられなかった。
「『自治権を買う』のが目標じゃないのか!?」
「それは通過点よ」
アビゲイルは何でもないように言う。
「自治権を得られれば、出来ることがかなり増えるの。というよりも、自治権が無いと出来ないことの方が多いの。だから自治権が欲しいってだけ」
「独立は?」
おずおずとクリフォードが尋ねると。
「南に狂犬のベネズエラがあるのに、独立とか無理よ」
確かに、ベネズエラは南米の狂犬だ。トリニダード・トバゴと同じくイギリス植民地である、イギリス領ギアナの領土を求めてイギリスと紛争をしたこともある。
そんな狂犬ベネズエラと、南にサーペントス・マウス海峡を挟んで位置するトリニダード・トバゴが独立するのは、確かに無理がある話だった。
(アビゲイルは、現実が見えているな)
会の代表が現実に『生きて』いるのは、大変好ましいものであった。大人なのに夢の中に生きている連中に、この娘の髪の毛の茶でも飲ませてやりたい気分だ。
「要するに、君達はこの地を、トリニダード・トバゴをイギリスの植民地から自治領にしたい訳だ」
「その通り」
アビゲイルはニコリと笑ったが、クリフォードは思った。
「無理だろ」
「いや、現実的に可能なのよ」
だが、アビゲイルは出来ると信じていた。
「自治領になれるのは、白人が人口と経済力で多数を占める地域だけだ」
現在自治領となっているのは、カナダ、オーストラリア連邦、ニュージーランド、ニューファンドランド、そして今年自治領に加わった南アフリカ連邦だけだ。この南アフリカ連邦だって、『黒人人口が多い』と自治領化に反対する声は大きかったのだ。
黒人とインド人からなるトリニダード・トバゴが、自治領になれるとは、クリフォードは思えなかった。
「今はそうね」
クリフォードの意見に、アビゲイルはそう同意した。
「でも、近い未来、その動きは変わるわ」
あまりにアビゲイルが堂々と言うものなので、クリフォードな彼女がどういった策略を立てているのか、気になった。
「どういうことだ?」
「ヨーロッパで緊張状態が高まっているのは、知っているよね?」
「ああ。バルカン半島の覇権を巡って、ロシア、二重帝国、オスマンが争っているな」
「それだけじゃなくて。二重帝国と手を組んだドイツを牽制するために、我らがイギリスはフランスとロシアと協商関係を結んだわ」
「それがどうし……」
クリフォードは、アビゲイルが何を言いたいのか理解した。
「戦争か」
「ええ。それも、ものすごい戦争が起こるわ」
確かに、ヨーロッパでは戦争が起こりそうな雰囲気だと、盛んに新聞にも書かれている。だが、クリフォードは思うのだ。
「それがどうした?」
どうせ戦争が起こっても、短期間で終わるだろう、と。
ドイツと二重帝国、イタリアからなる『同盟諸国』は、ドイツ以外は雑魚だ。実質ドイツだけと戦うのに、祖国イギリスの側には、ナポレオンから続く陸軍大国のフランスと、『人の海』なロシアがいるのだ。ドイツなど瞬殺されて終わりだろう。
そういったことをクリフォードがアビゲイルに説明すると、彼女は残念そうに首を降った。
「残念ながら、戦争は長引くわ」
そう言って、大テーブルの方にちょこちょこと走って行ってから、三つの冊子をクリフォードの前に置いた。