表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/32

9.怒りのポイント

「ブス!」


......。


アーサー王子は首を傾げて、ポンプに問いかける。

「他には?」


「馬鹿!」


.......。


「お前の母ちゃん出べそ!」


!!!!!!!


私は目を見開いてしまった。あまりに懐かしい言葉。昭和の学び舎を思い出されるような表現がこの世界にあったとは。


「なんだ、ボンブは初等教育生なのか。仮にも騎士の家に生まれながら、貴族社会の上等な皮肉のひとつも言えないなんて。」

手を繋いだ先で王子は頭を抱えていた。


糖分が筋肉で消費され尽くして頭に回らないと隊員の間で噂になるほどのボンブに舌戦を期待しても無理だと思う。

ブスとか馬鹿っていうのは平凡な顔立ち、平凡な頭脳のエリコの 頃なら多少ムカッとはしたかもしれないが。


プラチナブロンドの長い髪は、真っ直ぐに下ろすと清楚さが、縦巻きに巻くと愛らしさが、夜会巻きにすると妖艶さが際立つと言われるほど。

屋外で作業をしても、シミひとつできない真っ白い肌に頬だけはうっすら桜色の艶。

藤色の大きな瞳に落ちる睫毛は付け睫かと思わせるほど長く、ちょうど良いバランスに整えられた鼻とリップ不要のうるうる唇。


このエリゼをブスと呼ぶなら、世の中の美醜基準を伺うべき容姿だ。


馬鹿。小説の中でも元婚約者王太子のコンプレックスを刺激する役割だけあって、王太子と真逆、頭脳明晰な上に勉強熱心。図書館丸ごと読み切ってしまうのではというほどの知識をエリゼは持っているという表現も記載されていた。

小説の中で、唯一エリゼが馬鹿だなと思ったシーンはラスト。大馬鹿王太子の婚約破棄に怒りも反撃もせず黙って消え去ったところだろう。悪役令状と言いつつ、主人公の恋路を邪魔する最強の敵は、ハイスペックが当たり前なのである。


唯一ルーク博士であれば馬鹿呼ばわりされても、納得がいく部分があると思う。ルーク博士は絶対にそんなことは言わないと思うが。ただ、同じ言葉を罵倒表現ひとつとっても知性溢れないどなたかが表現されると、その言葉に他にどんな意味があるのかと今すぐ辞書を引きたい気分になってしまう。


お前の母ちゃん出べそに至っては、正直、ハロテルプテムの最高峰の家格ある家柄の貴婦人に事実無根の侮辱を行ったボンブのこれからの方が心配になるレベルである。


そこに私が馬鹿と言われても許せるほど尊敬しているルーク博士が通りかかった。


「ルークさんよお。3日前に森に仕掛けてあった自動捕獲装置だけど、全然ひっかんないけど、不良品じゃないの?」


ごおおおおおおおおお。

あたりに轟音が流れる。

王子と繋いだ手から大量の魔力が流れ、ひんやりした魔力が私の中で温度を変えて沸騰する。そのまま魔力のドリルが細く地面を垂直に掘っていき、細い穴からは湯気が立ち昇ってくる。


あの素晴らしき自動捕獲機の制御!現在の森の環境、種別個体数、個体必要数あらゆるものを総合的な判断機能を持っている。種族の異常増殖、滅亡を防止しながら自然が私たちに与えて良いと思うものが出た時のみ獲物を与えてくれる。この世界最高の天才が作った自動捕獲機を浅い理解で疑うとは。


怒りを抑えることなく放出するよう準備していた私の沸点をあっけなく超えていく発言だ。



「できた?できたわ!」

地中の管の出口に四角い箱を乗せて箱の中を蒸気に満たす。

箱の上部は丸く穴を開けてそこにピタリとはまる籠を吊す。そしてその上部に蓋。


真似をしたのは地獄蒸しだ。県を上げて温泉を誇る地域では温泉の噴出を地獄に見立てた観光地があって、温泉の蒸気で野菜や卵、お肉などの食材を蒸して食べる名物がある。


温泉というのは色々な成分が含まれているから蒸し物にも独自の風味がつく。その風味も名物たる所以だ。


これなら、日によって取れる食材がバラバラでも温泉の風味こそを名物にできる。そして、この窯を見えるところに設置することも大切だ。その湯気を見ると、温泉気分が相まって、食事への期待も急上昇する。


さらにはグランピングらしく、体験式にしてもいい。このリゾートがターゲットとしているハイクラスな人たちはキッチンに入ったことのない人もいる。シャキシャキの元の姿を湯気が囲み温泉の香りのついた風味豊かな出来上がりに変わるまでの様子を見ることもレクリエーションの一つとなりうるだろう。


昨日この考えを王子に話してみたところ、私の火力魔法を活かして、地熱との接点を作り、噴出させたらどうかというアドバイスを受けた。そして、私は......。効率よく火力魔法を使うなら怒らせてみて下さいと殿下に頼んだのだ。


そして、王子の命を受けて怒らせ役に任命されたのがボンブ。人選理由は女性の扱いにかけらも経験がなく、すぐに私を怒らせてくれそうだからというもの。


だけど、いざ怒らせてみろと構えて対応すると、あの子どもレベルの悪態しか出てこない。闘牛を怒らせてみろという命令だったら肉弾戦で得意だっただろうに。闘牛のツノとか素手で握って投げたりしそうだものね。


結果、命令を受けた行動ではなく、ルーク博士へのデリカシーのない世間話こそが、私を怒らせてくれたわけだけど。


さて、続きを。温泉と同じ蒸気を出す穴は一つでは部屋数分を賄えない。


ボンブは続ける。

「馬鹿がダメだったらアホ!」


......。


いや、アホは許せるけど馬鹿は許せないという人の比率の方が高いと思う。異世界理論ではどうだかわかんないけど。


「オタク!」


......。


これでどうだと胸を張るボンブ。

いや、魔法を生業にしている人にとってオタクは研究者の極み褒め言葉だから。

あとエリコの旅行オタクぶりについてもしわかっていただけてるならそれはありがたいけど。まだまだ旅行知識の10%も知恵だししていない段階だからそれはないだろう。


「この蒸し物ってさあ。魔力の雰囲気影響するよな。コリースのドロドロ魔力だったら気持ち悪い。」


ごおおおおお。冷たい魔力が手を伝わって流れ、もう一本穴が空いた。

コリースのあのドロドロ魔力の良さが伝わっていないとは。コリースの魔力がドロドロなのは、いざというとき隊に役立てるために器の大きさ以上の魔力を溜め込めるよう研究し尽くしたものだ。生まれた時から魔力に困ったことのないエリゼと比べてコリースの魔法のため方、使い方は寝食は体力維持するために忘れないまでも、髪型や服装に手をかける時間を惜しんで研究に没頭した結果だというのに。


だから、そのドロドロ魔力を味にしたら、極み濃い味になるはずで気持ち悪いなんていう表現は失礼だ。


「えっ。ルークだけじゃなくコリースのためにも怒れるのか?」

王子がぽそっと呟いていたが、コリースの魔力オタクぶりの評価は王子から魔力放出時の世間話で聞いたものが大半だから逆に驚かれることの意味がわからない。


さて、続きを。

ボンブの次の言葉を待つ。


「ボケナス!」


...... 。


ボケナスというのは、罵倒言語の後につづけるものであって、単独の馬頭用語として使えるの?


疑問符でボンブの顔を見てしまう。


あーーーーーーーっ。もう!


ボンブが頭を掻き毟って叫ぶ。

「どうせ俺なんか、脳筋の役立たずだよ‼︎」


ごおおおおおお。

王子の手から伝わる氷にように冷たい魔力を一瞬にして業火で沸かし、地に底に注ぎ込む。

三本目の設備の完成...... 。


「ボンブ。あなたの罵倒用語はお子さまみたいだけれど、あなたは決して役立たずじゃない。この土台が作れたのも、名産品の狩を引っ張ってってくれたのは貴方だから。それに、サラが作ってくれた前衛的オブジェも、サラがあなたの剣技を真似てみたいと努力した結果の証なの。あなたはきっと、紳士すぎて女性を罵倒する役割に不向きなだけだわ。」


ボンブは耳まで真っ赤になって大きな手で大きな顔を覆っている。その様子は熊が身をよじって照れているようで、妙な可愛げがある。


王子の手が一段と冷たくなった気がする。

「ボンブまでも.....。」


「あー。私はどうだ?ボンブ。」

「へっ!?」


王子がボンブに何かを訴えている。


「私に対する意見は何かあるだろう。その、裏返せば褒められそうな何か、ほら。欠点が。」

声を潜めてボンブに詰め寄っている声が聞こえているが。


「好きになった女性に対する接し方が、わかりやすいくせに素直じゃないところですかね。」


.......。

素直じゃない?かなサラに結界を張ってあげろとあんなにも率直に頼んできた王子が素直じゃないはずがないじゃないr。私の胸には、怒りではなく、ちくりとした痛みだけが走る。


「何⁉︎なんてことを。彼女は将来人のもの......。あ、いや何でもない。他には......。他にあるだろう!」


ボンブは長い間考えていたけれども、結論はこうだ。


「ないですね......。俺、王子の部下になって今まで嫌なことって一つもないです!大好きですよ。王子!」


「いや、俺の良さを語って欲しいのはお前にじゃないから......。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ