7.剣技で土台?
魔力量があまり戻ってない?
サラと温泉で笑い合った日から数日が経っても、私の魔力は満ちた状態にはならなかった。
電池。魔術が通電だとしたら、その源となる魔力は電池のようなものだろう。そういえば、日本の充電製品でもカラカラまで電池を使い切ってしまうと、充電が始まるまでしばらく充電が始まらないことがあったなあと思い至る。
転移魔法から火山の爆破に再転移。思えばたくさん魔力を使った。
私の魔力量は尋常ではないから、きっとその魔力を回復しても大丈夫なように身体の安全装置が働いているんだろうなと、適当に解釈をする。エリゼの記憶を辿ってみても、溢れる魔力を制御している記憶ばかりで、魔力切れ自体を起こしたことはない。
が、魔力が回復しないことには。
私が希望を伝えたことで、現在サラは私の夜の見張り兼護衛兼侍女役で同じテントで寝ている。
いつか、私のことを信頼したサラが武器を置いて眠れるほどの強力な結界を、私も眠りながら張り続けたいなと、思っていた。
温泉では、友人のように感じたサラだったが、普段軍服を着て闊歩するスターの素養のある外見のサラに対しては私はどうしても一ファンになってしまう。スターの卵が輝けるように尽くすのは女子の最大のお楽しみなんだけどな、と完全に日本人気分に戻ってサラが舞台に立っている姿などを妄想していたところ。
そもそもそれどころではないと思い出す。一般人程度の魔力では、国への侵攻を防ぐどころか、自分の身すら危ういこの状況の立て直し、まずはそこから考えていかないと。
軍の皆さんはここ数日の間も私に見えないところで、打ち合わせを何度かしているようで。
もし、本当に軍をあげて、攻め入るとすれば、私は人質として掲げられるはず、でもハロテロプテムの人に知らしめた時点で、私はすでに用済みの元王太子の婚約者と知られて。
人質としての価値もない私を温泉が気に入ったぐらいで置いておいてもらえるわけがない。
死を迎えるにしても、公爵令嬢としての矜持も何もないカッコ悪い死に様……。そんな事態をどうすれば、回避できるのか。
魔力を失っている私に出来ることで、侵攻の根本原因である経済的な破綻問題に取り組まないといけない。
消費者目線でのエリコの経験を、国を俯瞰してみるように教育されたエリゼの思考を合わせて考えてみた。
この地域の立地の特徴は1国ではなく、2国の国境に面しているところ。ある意味究極の……。
とりあえず、地を急いで発展させるには、人を呼ぶ。しかも、お金を持った人を呼び、お金を落とさせる。
人が集まれば、商売も、産業も自然と発生していくはずで。
中世から近世の時代のようなこの世界には、もちろんネットなどなく口コミだ。
そして、広く口コミを広げてくれる人、それは商人以外に他ならない。
商人がただ、通りたくなるようにといった考えより、商人がいった先で話題にしてくれるように仕向ける必要がある。
そう、ターゲットは各国のお金を持った貴族やブルジュアジーだ。
今手元にあるもので、まず私が使えるものは温泉、それを活かして取り組むには。
突然聞いたこともないだろう単語を叫んだ私を、サラが驚いて見ていた。
「殿下に会えるかしら。」
殿下はこの地が見渡せる丘の上に、サラサラの金髪を風に流しながら軽装で現れた。
「殿下、ここがお金を稼げる地になれば、私のことを味方だと思ってもらえます?」
「まさか、未来の王太子妃の命と温泉の入場費用ごときを天秤にかけろというわけではないよな。今度は何の謎かけか?」
「温泉だけではありませんわ。私に1年、時間を下さいませんか。」
「貴女の魔力の器に1年魔力を貯めたら、この地なんて吹き飛ばせるだろう。それに、1年も貴女を返さなくて、ハロテルプテム王室が黙っていると?」
「殿下、全部の戦略をいま話すと、面白みがないでしょう。」
高笑い、謎の微笑みの次の令嬢笑いのラインナップとして、少し意地悪を織り交ぜた上から目線の微笑みを
今度は繰り出してみるしかなかった。私が1年2年帰らないとて、もう、国としては動かないに違いない。
お父様公爵は。探してくれるだろうか。今や手駒ではなくなった娘など、帰ってこないぐらいでちょうどいいと思うに違いない。
「何を企んでいるのか、笑ったり沈んだり。」
「まあ、いい。顔色一つ隠せない様な貴族を、恐れている様では王族なんて務まらない。隠す器用さのないところ、逆に信用しないでもない。」
ん、なんとか上手い方向に転がった。
「ただし、貴女の魔力が戻らない様、毎日私が使いきる事にする。それが、条件だ。」
「えっ、殿下である必要あります?ちびちびと魔力を使うために手をつなぐ必要があるのですよ。」
なぜか一瞬目を逸らした後、王子はきっぱりと。
「私以外のものだったら容易く騙せるからか?私が自分の責任で行うと言っているのだ。」
この美形王子と毎日手繋ぎする私の身にもなってほしい。万一ときめきでもして魔力をほとばしらせて王子に何か危害があったら......。どうか思いっきり魔力が回復することはありません様に、とサラを守るための祈りと真反対の祈りしてしまう。
ともあれ、作戦は決行できる。
まずは、材料。木の土台といえど、基礎部分はコンクリート。コンクリートなんてこの世界でないだろうから大きめの石の地盤を。と、考えていたら。
「何をするんだ?」
意外にも筋肉が、いえボンブが、声をかけてきた。
マッチョは何をしても暑いのだろうか。いつも汗いっぱいのイメージだっただけに温泉の良さを最も感じてくれているタイプだと思う。
私が木の土台イメージを説明すると。
「いくつもいるんだな。」
「そう、魔力を借りて土人形に作業してもらうか、男手をお借りするか。やりたいことの第一歩から自分でできないなんてもどかしいですね。」
「貴族のお嬢様が、自分でやろうとするなんて話初めて聞くな。まあ、あの火山を噴火させろなんて、他人に言ったところで他にできる奴はいないだろうけどな。力仕事っていうだけだったら、出来る奴はここには沢山いるが、なんも考えずに石運べやら木を切れっていわれても軍人は下僕じゃないしな。」
「下僕じゃない......。何かこだわりがあるんですね。軍のこだわり、剣技ですかね。でも、剣で石とか木切れないですよね。」
バキンッ。
石が2つに切れていた。真っ直ぐに。
あまりの恐怖にそおっと盗み見ると、先ほどまでボンブに背負われていた大剣が抜かれている。
「あっ。切れるんですね....。傷んでないです?剣。」
「ちょっと、魔力加工してもらってるが、それだけじゃない。集中と速さ、力あらゆるものが整って初めて出来る技だがな。この軍の中でも出来るのは極一部。」
唖然と見つめてしまっていると。
「どう俺カッコいい?」
筋肉ムキムキマッチョがにっこり微笑んでいる様子は、カッコいいというより、キャラとして可愛いいかななんて、聞こえたら一般人の足より太そうなあの腕で締められそうで怖いけれども。
「いやいやいやいや。切れ味だけなら風魔法ですって。」
キランッ。と言いたげだけど、髪が鬱陶しすぎて意味不明に身体が斜めを向いているローブの塊。こんな特徴ある人は、濃厚魔力の魔術士コリースしかいない。
ボソボソボソ。外観にぴったりな艶のない呪文を唱えてローブの中で魔法人でも描いているのかローブがもそもそと動く。
バキーン。
突風が吹いて遠目に見える大木が見事に倒されている。突風で折れた感じだけど、周りの木々を倒さず目的の一品だけ句を倒している。
「どうですか。私の魔法も。」
さっきの意味不明な斜め目線に引き続き、胸をそってみても、ローブの塊には変わらないのだけど。
「どちらもすごいわ!素敵ね。最高だわ。これならあっという間ね。」
と褒めちぎっていたら、なんだか周りの軍の方達も剣技を競い始めて、夕陽が沈む頃には、30個もの土台ができて来る。
剣技だけでは土台の形にはならないはずなのに、なぜか嬉々として組み立てをしてくれている部隊もある。
「貴女は男を惑わすタイプの魔女なのか?」
アーサー王子が様子を見にきて冷たく言い放つ。
しまった。この方たちを率いているのは王子殿下。
私が勝手に依頼して動かしたことにお怒りを覚えているのだろうか。
「すみません。殿下。勝手なことをいたしましたわ。次の作業は、殿下の承認を得て依頼をいたします。」
「いや、そういう意味では。あいつらカッコいい?ってなんだよ。」
なんだか王子らしくもなくプリプリとした怒りの感情を見て。
「やはり、お怒りですのね。私でしゃばったことを。」
「いや、それはなんの問題もなくて。あんなに生き生きと作業をしている部下を見るのは悔しいね。それよりも私も仕事をしよう。貴女の魔力を使ってしまわねば。」
悔しい.......。私はまたここでも、婚約破棄の時のような失態をおかしてしまっているのかもしれない。
王子に嫌われていると思うと、魔力供給のために手を繋ぐのを躊躇ってしたが、これは好き嫌いの問題ではなく、義務だ。
やはり、お怒りなのか王子は少し荒々しく私の手を繋ぐと、みんなから離れた岩場に私を連れて行く。
「痛っ。」
「失礼。」
あまりにもグイグイ引っ張られたため思わず痛みが口に出てしまった。
「ご心配をいただかなくても、他の方に危害を加えるほどの魔力は戻っていませんわ。」
「それは、わかっているのだが。つい。」
一国の王子に謝らせるわけにもいかず、さっと用事に切り替えた。
「どうぞ、ささやかな魔力ですが、ご利用下さい。」
手を通して、王子に向けての魔力を流す。逆の時は冷たくて気持ち良い魔力だった。私の魔力は火が強い。ほとんど、残っていない魔力では熱くはないと思うけれど。
「温かいのだな。貴女の魔力は。そして、優しい火。」
王子は小さな魔法陣を描いた。
暗がりにポツポツと小さな火花が出る。
魔力が少ないので時々途切れながら、小さいけれど、少しづつパチパチと火花が弾ける。街の明かりもない荒野の地では、光の粒と漆黒の闇の対比が鮮やかだ。
線香花火?
この世界にはないかもしれないけれど、まさに線香花火のような光。
私の中で日本への懐かしさや、これまでのいっぱいいっぱいの気持ちが溢れて、自分では意識もしていないのに、涙が伝ってくる。
「不自然な笑いより、綺麗なものを見て涙のを流す方が何百倍も貴女らしいのだな。」
最後の魔力を出し切って光の球が消えた時、王子はポツリと呟いた。
王子は私の手を掴んだ時とは正反対のように優しく手をはなしてくれた。
「でも、あいつらの前では泣くなよ。涙を武器に男を使われたなんて我が軍の恥だからな。」