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6.小さな青の秘密

「ぷはあっ」

「最高!」

まだ太陽が真上にも上がっていない午前中だというのに、ホップ酒の香りが漂っている。


タープテントの下に木でできたテーブルと椅子。

湯上りビールの醍醐味は、まだ教えてないというのに、こればかりは本能が求めるようにできているのか。男性陣は上気した身体から湯気を出しながら、酒盛りを始めていた。

ボンブなど、一体何杯飲んだのか。ほんの3口でどんどんジョッキが空になっているようにも見える。


合わせているのはコンフィだろうか。大きめのモモ肉にてらっとした脂の層が、より一層ビールの速度が進む。


表情だけ見ても、明らかな満足度がわかる。ただ、王子は美味しそうにビールを飲んではいるが、どこか浮かない表情に見える。


私が温泉の感想を聞こうと、タープテントが見えるところまで近寄ると、それび気づいた王子が向こうから近づいてきた。満面の笑みでないのが気になる。


「少し来てくれないか。」


王子はタープテントから離れて、温泉の近くに私を誘導した。


「この温泉に結界を張ることはできないか?」

「殿下も結界でしたら張れるはずですが、殿下の魔力をお借りして私に張るようにということですか。」

「男性が張った結界ではサラが安心できない。敵かもしれない女性が張る以上に。」


ぽそっと呟いた後、王子はサラの事情を話した。それによると、サラは代々騎士を輩出する騎士爵を持つ家に生まれたが、サラを生んだ後、産後の不良で母親を亡くしているため家に男性はいない。父親は後妻を探そうとしたが、元妻への愛情が深すぎて、なかなか踏み込めない日々が十数年感も続いていた。

その時、自分の生まれた時の状況を聞いたサラが、

「私が騎士になる。男性に引けを取らないように活躍するよ!」

と言ったらしい。

それ以降、男性陣に迷惑をかけないよう、訓練も遠征もこなしているけれども。


「寝る時まで武器を離さないんだ。睡眠時間まで気を張り続けている。その上特別扱いは不要といつも言い放って着替えなんかもさっと見えないところに行って済ませたり、水浴びなんかはできないから、みんなが水から上がったタイミングで浄化魔法をサッと魔法が使えるものにかけてもらって、一緒にサッパリ感を出したりしている。男達をどこか警戒しながら、でもそれを私たちに悟られないようものすごく気を使っているんだ。」


「それで、心から安心してお湯を楽しめるように女性の私に結界を張って欲しいと。」


王子殿下は、自国民女性には甘いようだ。まだ敵かと伺っている私に借りを作ってもいいと思わせるほどに。または、殿下の想い人とか。

王子と男爵ですらない騎士爵位だと釣り合いは取れていないけれども。想うのは自由だ。


「わかりました。ただ、女性用の温泉を新たにほらせてもらえませんか。もし、男性を警戒しているというのが本当だったら、男性の入った後に入るのも、自分の入った後に男性が入るのも抵抗があるでしょう。」

「わかったすぐに湯船を作ろう。なんなら私の魔力を大量に使って土人形を動かし作業をさせても構わない。」


嬉々として大型電池役を引き受けるほどに、サラのためになるようしてあげたいようだ。

まあ、私としてはあの心地よい魔力を私の体内を通り抜ける感覚をまた味わえるなら、役得?では......。あるのだけれども。何より、王子に頼まれなくてもお世話になったサラさんの厳しい日常の話を聞いてしまった以上、力になれなければ女がすたる。


繊細な術式で大きな土人形を使えば、綺麗な湯船を素早く作り上げる事ができる。並行して別の土人形に井戸から温泉を引いてこさせる。


結界はそもそも邪魔な男性陣が近寄らないように、きちんと目に見える形のドーム型がいい。

そして一定の遮光性を組み込みわずかに取り入れた光のパワーのみを中で使う。うっとりするほど繊細な魔術式で、

中に入るといつも夜の暗さで結界の天井にはプラネタリウムのように夜空を描く。温泉は夜も似合うし、結界を張っているとはいえ、昼間だとゆったり人目を気にせず温泉を楽しめないかもしれないからの配慮だ。


無意識に気を張っている人の心をほぐす作用は、単純に湯の効能では測れない。


私が夜空の結界を張るのを王子は魔力を供給しながら、眺めていたが、男性故に結界に阻まれて中には入れない。外側から見ると白いドーム型が見えるだけだ。


「太陽の光を阻めば、この温泉の青さが見えないのではないか。」


先ほど入った温泉の青く綺麗な色合いがお気に召したようで、サラにも味合わせてあげたいらしい。

青は、心を鎮める効果がある。


「サラには別の青を用意しておきますわ。うふふ。」

令嬢らしさを出すために、敢えて、謎の微笑みをあえて浮かべて私はその場を辞した。


そして、目覚めた時に来ていたドレスからガーネットとサファイヤとダイヤの粒を外した。さすが公爵令嬢が王宮に来て行ったドレスだけあって、小さなメレダイヤぐらいの大きさではあるけれども宝石は多用されていた。


そして土人形を崩した際にわずかに残っていた金属のかけらとガーネットを粉々して2段階の大きさの粒子を作り、紙に貼り付ける。


小さなものを砕いたり、吸引の魔法で貼り付ける生活魔術レベルの魔力は寝ている間に回復していたようで、ホッとする。


そして、サラをテントに呼んだ。サラは、女性ゆえに迷惑をかけることは渾身の力で避けるくせに、健気にも私の面倒を見るような女性でしかできない仕事も嫌がらず、率先して行う。そのため、すぐにテントに来てくれた。


長いストライドで颯爽とこちらに来てくれる様子は遠目には本物の貴公子だ。男性にように振る舞うことも、彼女のポリシーなのかもしれない。


「足を出して下さる?」

突然の私の申し出にサラは怯えたようにこちらを見た。女性同士とはいえ、無防備に足を出すなんてなかなかないシーンだ。そう、女性ならば。


サラは女性としての嗜みと、男性らしい振る舞いポリシーの間で揺れている。迷いを振り切れるよう、私も足を出す。


そして、温泉から汲んでおいたお湯にその辺にあった花を浮かべて足を入れる。


その後、私は先ほど作っておいた2種類の紙やすりをサラに渡す。


「まずは、洗いやすりで爪の面を擦る。その後は、このほぼツルツルの方で磨き上げると。」

と、爪やすりの使い方を教えた。手の爪でなく、足の方を磨いて。


どうしてもネイルができない職業の方が、ペディキュアをこっそり自宅で楽しむのは、日本では常套手段だ。

ジェルネイルは流石に魔法を使っても作り方がわからないから、そこは爪磨きで我慢だ。


でも私は磨き終わったサラの親指の爪にドレスから外した青い石を近づける。

そうすると、石がピタッと親指につく。吸着の魔法だ。取り外し可能なネイルストーン!魔法って本当に便利だ。


そして、サラはこの足を温泉に入る時のみ見つめることになるだろう。ストレスの多い人が、ネイルにブルーを取り入れて、見ると気持ちが落ち着くという話もよく聞いた。


サラと私は、この女性特有の内緒のお楽しみを共有できだと、どちらからともなくクスリと笑った。


「私も温泉に入るのを手伝ってくれる?」

その仕事を言い訳に私はサラを温泉へと誘った。


並んで温泉に浸かりながら、天井いっぱいに輝く星たちと、4つの爪先に並ぶ小さな青を交互に眺めては、また目を合わせて笑い合った。


そして、きっとサラは隊員の誰にもこの秘密を明かさない。

だから。

先ほど王子の前でうふふと笑いながら答えたサラに渡した別の青。

火山からペディキュアまで規模は1億分の1ぐらいになってしまったけれど、王子にまだ答えてない謎がほんの少しあるだけでも、延命要素になるかな。


なんて、思ってしまうあたり、やはり私には悪役令嬢の素養があるのかもしれない。




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