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5.恵み

「あの火山、私が爆発させたのですわ。」


私はツンっと胸を張って見せた。強大なパワーを持っていれば侮られないでしょうし。

なぜかボンブがちょっと尊敬の目で私を見た気がした。火山の圧倒されるパワーに、筋肉パワーに似た何かを感じたに違いない。


私は、テントから少し離れた何もない場所にしゃがみ地面に手をついた。

エリゼの魔力の器は膨大だ。ほぼ枯渇していても地層の様子や中を流れる水の様子を探ることぐらいはできるかもしれない。


温泉掘削。日本では調査だけで4桁万円がかかってしまうと言われているほど大変なものだというのに。魔法って経済的だ。


岩盤層を流れる水の部分の温度を感じる。岩盤に沿って暖かいお湯が流れている。

ここね。地点は決まった。

地中深くから湧き出すイメージとそれを逃す大きな井戸。

魔法というのはイメージが大事だ。イメージを自分の中で魔法式に変換し、その式を流し込むように魔力を注ぎ込む。


「あら?」


幼い頃からこれまで、溢れる魔力が多すぎると思うことすらあれど、不足など感じたことがない私をはじめての魔力不足が襲っていた。あの火山にはきっと私以外のハロテルプテムの貴族全員魔力を放出したぐらいの魔力を私から吸収したようね。生まれて初めて怒りを発散させた後のスッキリ感に私はクスリと笑う。


ただ、どうするか。先ほど、私の中の魔力を正確に読んだアーサー王子。彼は魔力持ちだろう。彼から魔力を。


魔力の注入方法の最も早い方法は、口からの補給。つまりキスだ。


彼、意外と唇は薄いのね。無意識に彼の唇を見つめていた私は、全力で自分の妄想を否定する。

私、何を考えているんだろう。彼は、私の生死を握っている今のところはまだ、敵将なのに。


そうなると、身体に補給した魔力を蓄積はできないけれども、しっかり手を握りあいながら魔法を行使すれば、私は媒介者となって人の魔力使うという方法が良い。


彼と手を、またもや無意識に気持ちが飛びそうになる自分を抑えないといけなかった。目を引かれる外見というのは罪だ。ついつい意識してしまう。


それに、媒介者を通じて魔力使うなんて日本流に言えば電池の役割だ。いくらなんでも敵国の王子様にその要求をするのは、失礼だろう。


他に魔力が使える人がいないかと見回すと、もう一人、ザ・魔法使いともいえるローブを着ている彼。きっと魔術師に違いない。周りに漂う空気がネクラなイメージを纏っていることは気になるけれども。万人が平等という意識のなさそうなこの世界では、彼を当然のように電池扱いしてみるのはどうだろう。いかにも普段から使用人に何かを命じてる貴族らしい振る舞いかもしれない。


彼の髪は腰まであった。後ろ髪だけではなく、前髪も。

その前髪に隠れて、こちらをビクビク覗いている丸い目は愛らしいように感じる。

さらには分厚いローブを頭からかぶっていて、不気味さを倍増させていた。


「私はエリザ。重厚な魔力をお持ちのようね。お名前は?」

「ぼぼぼぼ、僕はコリース。僕の魔力感を誉めてくださるなんて殿下以外貴女が初めてです。」


挨拶ののち、掘りたい地点に戻ってコリースに声をかける。

「魔力を出して貰える?ここを掘りたいの。」

侍女に服を出させるように自然に言えただろうか。内心ビクビクしつつ、コリースに手を差し出せば。


「僕、こんな綺麗な人と手を繋ぐのって初めてです。」

と、目を輝かせて長いローブをテロテロと近づいてくる。

しまった。使用人というより、日本でいうところの綺麗な女子に蔓延る冴えない下僕タイプとして反応された。そうなると、若干怖いかも。


が、横をかすめて私の手を取ったのはアーサー王子だ。


「何故?」


私だけではなく、その場にいた全員がポカンとしている。

一国の王子が、そんな補助的な役割を自分から進んで行うなんてあり得ないことだからだろう。


「コリースの魔力は国の宝だ。貴女に読み込まれては、じゃ困るからな。」

「殿下!貴方は魔力のみでなく全身我々の宝なんですから、ご認識を」


少し下がって状況を見守っていた側近らしき人が注意をしていたが、王子は聞く耳持たずだ。


魔力枯渇とはいえ、敵国の強大な魔術師に自国のトップランク魔術師が解析されるかもしれないリスクを考えるなんて、当たり前かもしれない。ここで疑いもしないボンクラな王子なんて。いるはずがないと思いかけた頭の片隅に元婚約者の顔がぼんやり現れる。


氷の魔術を得意とするアーサー王子様の手は少しひんやりしている。火の魔法を得意とする私の中をひんやりとした魔力が通り、とても心地が良い。


私の身体の中で魔力を土の属性に変えてエリコのイメージする掘削の状況を頭の中で再現する。

真直ぐに地中深く岩盤まで掘り進めていく。火山の時のような怒りを放出したときとは真反対で、王子の冷たい手と魔力で落ち着いて、ゆっくりと水の地帯を掘り当てる。


「熱っ。」

温泉は直接ふれると高温泉のようだ。土魔法を水魔法に変えて、ひんやりとした魔力を混ぜて温かいと思う程度に温度を下げる。その後、水の流れの向きを変えて井戸まで誘導する。


作業を終えて、心地よい魔力の流れを繋ぐ王子の手を離してしまうのは名残惜しく感じてしまうけれども、御礼を伝えて手を離す。

手が離れる時にひやりとした氷の魔力が絡みつき、王子からも名残惜しさを感じたのは気のせいかもしれないけれど。


皆さんを井戸の前に集めて披露する。


じゃーん!という表現は公爵令嬢としては不適切だから、仕方なく自慢げに微笑むにとどまって披露する。


「触ってみて下さい。これが火山の恵み『温泉』です。」


井戸にこんこんと湧き出す温泉を桶で掬い出して差し出す。

先ほど王子を止められなかった側近さんが今度こそはという勢いで王子の前に出て桶の中身に触れる。


側近の方はこの世界では高級品の代名詞であるメガネをかけた藍色の髪をサラッと流す仕草が似合う知的な男性だった。


「貴方は。」


呟いた私に、無表情だが、礼儀を感じさせる声で返答があった。


「グレイトヒルドのドミシオン侯爵家嫡男 ルークです。」


噂で聞いたことのある外見だと思っていたけれども、もしかしてあの機械神?国民の生活を飛躍的に伸ばしたといわれている魔法器具の開発の天才。


私の中のエリゼの記憶が珍しくはしゃぎ出して、思わず声が弾んでしまう。


「13歳で万能調理器具の開発されたという、ドミシオン博士ですね。お会いできて光栄です。」


淑女らしくなく満面の笑みを浮かべてしまったのは、エリゼの記憶上から飛び出た博士の開発魔導機が、私の日本の自宅にも是非といいたいクラスの素晴らしさで、エリコまで共鳴してはしゃいでしまったからだろう。


「あの魔法式の最下層部分から中間部分への芸術的展開と3つの式の掛け合わせの妙技感動しましたわ。そしてあの展開だとそのまま食器類を洗う応用ラインも検討できるのではないかと......。」


と、鉄壁の無表情が、一気に崩れてルークの目が輝きだす。

「食器類を同じ機器で洗うという発想はなかったな。確かにあの中間式にサリューの法則を追加して.....。」


思わず手を取り合って話を展開させそうになっている私たちの間に割りこんだのは王子のひんやりした声だ。


「確認は終わったのか?」


王子らしくなく少し乱暴気味に桶を取り上げて手をつけた。


「温かいな。そして、火の恵みを感じるな。そしてこれは土か火山灰か。あまりにも小さな粒を感じるな。」


小さな粒、粒子。もしかすると。


「殿下もう一度手を繋いで貸していただけませんか。後、できれば男手も。他の方の魔力をお借りする立場で土人形は動かせませんから。」


そう言って私は井戸から程近い地面に薄く広く穴を作り固める。その表面に水の膜を作って穴の中に水を貯める仕組みを作る。


「この穴にあの井戸のお湯を引き込んでいただけませんか。」


殿下の指示によりテキパキ動く男性陣はさすが軍の人だ。日が暮れる頃には引き込み作業も終わっていた。

ついでにできればと頼んでいた穴の周りへの大きめの石配置まで一気に進んでいる。


「明日の朝が楽しみですね。」


この王子に謎を残しておくことは延命に繋がる。私は、敢えて自分の考えを言わずにその場を去った。


翌朝。まず晴れていることを確認してからテントを出て昨日設営していた場所に向かうと、そこには。


「わああ。」


旅路での感動が襲ってきて思わず満面の笑みを浮かべそうになったが、慌てて令嬢スマイルを被せる。


コバルトブルーに少しミルキーホワイトを混ぜ込んだような色のイラストに色付けしたような綺麗な青。青い温泉が湯気を上げていた。


粒子がありそうだということは、もしかしたら鉄分が酸化していい赤湯になるかもと思っていた期待は、さらに良い方向に裏切られていた。


日本でも火山付近の極限られた地域にのに現れる青い温泉。まっさらのお湯は無色透明なのに時間を置くと青く変わりそしてミルキーな白変化していくという不思議な温泉だ。


この色の変化は水中に含まれる粒子に太陽光が反射して見える現象らしいけれども、綺麗すぎて偽物に見えてしまうほどの素敵な色合いとなる。


「このお湯は『温泉』といいます。こういう色のみとは限りませんが、東の果ての国々ではこのお湯に浸かって、疲労を取っています。ただし、長く入りすぎるのは禁止です。ただのお湯ではなく効き目の強い成分が含まれますので、入りすぎると魔力酔いに近い状態となります。」


日本のことは話せないため、小説の中でよく使われている東の国の表現を真似て温泉を旅する者として、1番の注意事項だけは伝えておかなければならない。湯あたりという言葉は通じないと思うので言い方を変えておく。


この世界では王侯貴族に邸宅には湯船があるけれども、庶民は、洗浄魔力の魔力機器を使って汚れを落とすに留めている人も多いよう。


「このお湯に浸かってみていただけませんか。私は、離れたところに行っておきますので。」


この恵みはきっと気にいるに違いない。

清潔感を感じるだけならシャワーでも同じ、肉体疲労を取るだけならドリンクでも睡眠でも効果がある。

ただ、温泉にはそれだけではない力がある。

成分、色、暖かさいろいろなものが融合して身体だけでなく、心が生き返る。そして、心が生き返ると。きっと優しくなれる!


確か、王子は少なくとも火山の恵みの謎が解けるまでは、私の命は確保すると言っていた。温泉で心が優しくなれば、もう少し猶予をくれる......と思いたい。


更なる延命のため、私はこの地を見渡した。

高台になっているこの地からはるか遠くに国境管理所が見え、そのあと街道は二方向へと伸びている。国境管理地帯は背の低い樹木が中心で見通しも良く広い草原のようにも見える。たまに鳥の大軍が飛び出しているのは、大型の動物が歩いているからに違いない。


ブラックトライアングル.....。


はびこっていたならず者が一掃されて、ただただ静かな国境地帯。その言葉の響きも条件もとても似ている。

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