2.エリゼの記憶
ボコ、ボコボコボコ。
盛り上がった土は大きな大きな人型となった。その人型の肩部分に担がれて緑の大きな大地を眺めると、風が心地良い。
王族一族に継ぐ権力をもつ筆頭公爵家となるフェルテフォルト家の長女である私、エリゼはこの人型に乗って広大な領地をお散歩するのが日課だった。
人型に注いでも有り余る魔力をうまくコントロールできなかった頃は、良く大木を一瞬で丸こげにして、慌てて水柱で消化したり、氷で固めてしまった熊さんを救出するため、雷で氷を砕いたり。
魔力不足に悩む多くの貴族の皆さんからすると、もったいないとため息の出るような全属性の魔力の無駄遣いを日々の遊びで使ってしまっていた。
でも、大切なことを子どもの頃から知っていた気がする。
再生できない命だけは奪わないということ、壊れたものも役立つことがあること。
その教えだけを守って自由気ままに、日々乳母と戯れていた私のあてに、ある日王子様が現れた。
子どもが憧れるイメージの王子様ではなく、本物の王子様が現れても、筆頭公爵家では日常の一コマとして受け入れられる。
「私はデューイ・エダ・セリア。セリアとは次期王だけが名乗れる名前だ。そしてありがたくも、君の婚約者だ。」
筆頭公爵家の令嬢として蝶よ花よと育てられてきた私は、はじめて自分に向けられた『上から目線』での声がけに戸惑いつつも、お行儀良く答え、その日から始まる王妃教育というものに期待を込めた。
次代を担う王と王妃となるべくものには、各分野で国の最高峰と言われる教師陣が、王宮で教育を与えてくれるという。
大きすぎる魔力を持つという自覚が芽生えてきた私は、その制御と利活用を習えることが、ただひたすらに嬉しくて。魔法学の特訓、溢れる魔力の魔導機器への注入の仕方、そして他国との関係と戦の歴史あらゆる知識をグングン吸収していった。
実習に関しては、それこそ天性の才能が開花する場。膨大な魔力に膨大な知識が加わって、練習場にはられた国家の誇る結界にヒビを入れかねないほど火柱をあげることも、冬場にほんわか人があたたまれるだけのポケットサイズ魔導機に適量の魔力をきっちり注ぐことも、自由自在となっていた。
思わず樹木を滅ぼしてしまいそうになるようなミスがなくなって自分自身を落ち着いてコントロールできる心地よさと、いずれ国母となった時には数千万の人々の防波堤として役に立てそうな予感の嬉しさに夢中になっていた私。
溢れる自信が余裕を与えて、所作が洗練されていき、15歳の頃には、腰までのプラチナブロンドに高貴といわれる藤色の瞳、何人もの侍女が磨き上げた白い肌を持つ国一番の貴婦人と言われるように成長していた。
父と母だけでなく、教師陣、国民、貴族たち、そして義父母となる国王夫妻さえも、感嘆せずし褒めそやされる日々。たった一つの見落としがなければ、私はこの世の春を謳歌できていただろう。
薔薇の溢れる庭先で、お気に入りの曲線を描くティーセットでいただく午後のお茶会、はっきりした色合いでも下品にならないような優美な足捌きでワルツを踊った舞踏会。
社交界デビュー後の華やかな日々は、ある日未来の夫である王太子からの依頼で陰りをみせる。
17歳となってしばらくした頃、我が国ハロテルプテム、農業大国のグレイトヒルドと経済大国のディストレアンの3カ国の国境が交わるブラックトライアングル地帯で不穏な動きがあったとの話が入った。国境地帯というのは、森と岩続き、小さな村里レベルしかないようなところであったが、3カ国を行き交う密売人が見たら禁輸品を取引しているとも噂される地帯。
その地の平定のため、グレイトヒルドの第二王子が軍の精鋭部隊を引き連れて進軍をしているが、小悪を平定させるにしては、軍のメンバーが強すぎる。そのメンバーからいうと、この機に乗じてハロテルプテムへ領土を広げようとしているのではないかと。
それなら逆に返り打ってグレイトヒルドの農地でも奪ってくるようにと。あろうことか、軍にエリゼが同行するよう依頼が来たのだ。実力を国のために役立てたらどうかと、助言を受けたそうだ。とある少女から。
とある少女、最近王宮に出入りを許されたという子爵家の養女。家格からいうと、王族との接点はなさそうにも関わらず、その少女が、風に飛ばしたハンカチをなぜか侍従ではなく王太子殿下ご本人が拾って手渡ししたところから面識ができたとのこと。婚約者同士ですら未婚の男女は二人きりにはならないという決まりがあるにも関わらず、扉から二人が出てきたという不快にしかならない報告も何度か聞いたこともある。
他国に進軍するには少ない軍とともにブラックトライアングル地帯に向かった私。ベージュ色と茶色の簡素なドレスを着て、簡素な馬車で戦地に向かう公爵令嬢の話などこの国では聞いたこともなかったけれども。
ただ、行って正解だったと思う。
自軍、他軍共に一人の犠牲者も出さずに紛争を抑える事が出来たのだから。
国境地帯から程近い岩場の影にテントを張って数日が経っているけれども他国軍が国境を超えたという報告はなく、軍をどうすべきか判断のつかなかった私は、密かに一人国境を超えていた。気配を感じさせない結界を自分の周りに展開して風魔法に自分を乗せて運ぶ。そんな高度な魔法を使うなんてことは他国軍み思いつかないという推定をもとに、夜に進んでは一旦テントに転移で戻り、翌日の夜には前夜進んだ目印地点に転移で戻って再度その地域から浮遊を進める。
転移というのは便利そうでいて、行ったことのない場所には飛べない。そのため、見知らぬ地域に飛べるようになるためには地道な努力が必要となるのは仕方がない。
私は数夜をかけて国境線の引かれた細い道ではなく森越えで国境線を越えて、グレイトヒルドにある村里にたどり着く。
驚いたことに、そのアーリーマント村は農業大国といわれるグレイトヒルド内とは思えないほど荒廃していた。国境地帯のならず者が家々からものを奪ったのだろう。元あった村の家屋は廃屋となってただそこにあり。軍はテントを張って滞在していた。
「これ以上、横暴を許すのですか?」
「目的は殿下の王位継承権剥奪でしょう。デリュート殿下はこの村同様辺境伯の治める地から力を奪って母子共々王宮から追い出そうとされているのですよ!」
「こうなったらこの地を拡大して増強しましょう。進軍です!」
「ハロテルプテムの軍なんて、所詮お飾りの弱小軍。広域街道沿いからの大規模なやり合いなら本軍が出てくるでしょうけど。細道しかないこの地では奇襲が最善でしょう」
「辺鄙な国境地帯からちょっと兵を進めて、一番手前の村をいくつかいただくだけですよ。目立たない、これが一番です。実行支配で認めさせてしまえばいいんですよ。」
「向こうの国境地帯近辺の村は鉱物加工産業が盛んでちょっと裕福だそうだし、それごといただければこの辺境伯領も豊かになって。殿下も、華々しくご帰還できるでしょう。」
風の方向を操り、盗み...コホンッ。
密かに漏れ聞いた話から考えを読む。
王族自らの出陣ときき、大規模軍が後ろに押し寄せているとばかり思っていたが、兵士の数は数十人。これではならず者の平定すら危ういのではないかと思う人数。ただ、我が軍がさして強くないと知られていることはかなり危うい。
王太子が私につけた軍は確かに、弱小軍。孤立させられると村人レベルの強さしかない。
私は、その頃には気付いていた。王太子は私が邪魔だったと。
要因は、女王と王妃の違いを履き違えていたから。女王は誰よりも気高く、強く、象徴的であるべきだけれども、王妃は違う。
あくまでも王から一歩退いた存在で可憐であるべき。例え王が矮小であったとしても、女性としての美しさ以外の強さ、賢さなどの称賛は王に向けさせなければならない。それが王妃の役割だった。少なくとも、王太子デューイ殿下は、そう思っていたのだと思う。ただ、デューイの実力にして、なんの実力もない王妃を娶ったならば、国民を守りきることなどできないことに殿下は気付いていないでしょうけれども。
戻って私は終わらせた。この紛争の元となるならず者を一掃し、密かな進軍を防ぐという策を。称賛を私が受けても、国民を守ることを優先しなくてはいけない。それが、私にとっての優先事項だった。
方法は簡単だ。暗い森の影の小道。
そんな危うさをなくせばいい。森に太く真っ直ぐな線を引く。火力魔法と地の魔法で私は『明るく健全に三ヶ国を跨ぐ街道』を一夜にして作り上げたのだ。
そして勝利の火柱を上げておく。貴方がたの思っているような弱小軍ではないと相手に知らしめるために。
その後の王宮、無事にあげた成果を称賛れるはずの舞踏会で。私は「グレイトヒルドの農地を奪ってこれなかった」というついでであるはずの王太子命令を無視したというどう考えても理解できない理由で婚約を破棄された。
そして、アーリーマント村で目覚めた私にこの記憶が、ふってきた。