異世界の怪物との戦いは地球の常識は通用しない
やさぐれ女性陸上自衛官が構えるM4カービンが連続してマズルフラッシュを吐きだす。5.56mm弾のフルオート射撃、これは相手が人間ならばあっけなく絶命させることが可能な攻撃だが、彼女がいるのは地球ではない未知の異世界。故に相手が人間なら死亡すること間違ないなしの致命の攻撃だろうと、それを受けても平然としていられる相手がいてもおかしくはない。
目の前の相手もまさにそれだった。女性目がけて突き進むのは巨大という形容が似合う剛腕だった。しかも巨大といっても桁が違い、軽乗用車ほどのサイズがある。ゴツゴツと節くれだった腕は堅固な岩塊で構成されているという地球の常識では信じがたいもので、その腕の主もこれたま巨大。一言でいえば目算で数十メートルほどもある巨大な岩の巨人だった。岩で形作れらた両眼からは、無機物であるにもかかわらず不思議なことにありありと殺意がみてとれた。
マケドニウス帝国に召喚された勇者の進撃を阻むために送り込まれた魔王軍の精鋭兵、トロルである。トロルと言えば生物的なイメージが強いが、J・R・R・トールキンの指輪物語ではトロルを岩の巨人として一時期扱っており、この世界には岩でありながら意思を持ち動くトロルも存在するのだ。さしずめロックトロルやストーントロルというべきものか。
ストーントロルの途方もない大きさの腕が猛然と女性目がけて突き進んでいく。巨大な岩の塊が正面から向かってくるなど恐怖を感じる光景だが、女性は冷静にM4カービンの引き金を引いていく。M4カービンに使われている5.56mm弾は鉄板にもダメージを与えられるものだし、とりわけ威力の高いM855A1という種類の弾薬を装填しているためその威力は決して侮れるものではない。
だが、圧倒的な大崎の岩の塊に撃ちこめば威力不足もはなはなしいのだが、そうはならなかった。岩塊の腕に命中した5.56mm弾は跳ね返されることもなければ、空しく表面に軽く突き刺さるのではなく、巨大な岩を粉々に打ち砕いだ。細かく砕いた岩が辺りには降り注ぐさまは、まるで爆発物の直撃を受けたかのようで5.56mm弾の威力をこえていた。
勇者召喚といえば煌びやかな印象が付きまとうが、有体に言えば未知の天体に拉致された際に何らかの手段で付与された異能の力、膨大な魔力を銃弾に纏わせることで破壊力を飛躍的に強化しているためだ。単に物理的な破壊力を強化したのみならず、幽霊のような存在にも通用するため、あらゆる場面で重宝する攻撃手段だ。魔力付与された弾丸の中で最も威力が小さいといっても馬鹿に出来るものではない。
ちと女性は軽く舌打ちする。この巨体だから腕を吹き飛ばされてもさして重傷にならずとも、動きが鈍ったりすることを期待していたのだが、魔力付与された弾丸で破壊された腕の傷が見る間に塞がっていく。周辺に飛び散った岩塊がひとりでに動きだしたり、分身が生まれるといったことがないのが救いだが、トロルは強力な再生能力を持っているようだ。単なる巨体以上に殺すのに難儀する相手のようだ。
女性とトロルとの間で熾烈な攻防が交わされた。巨体を使って相手を押しつぶそうとトロルが腕や足による攻撃を体に見合わぬ俊敏な動きで繰り出し、それを女性が軽々とよけていく。数メートルも跳躍して相手の攻撃をよけ、バク転によって相手が蹴りを入れた場所から離れ、素早く走って拳が下された場所から退避する。その戦い方はどちらかと言えば勇者というよりも、ハリウッド映画の超人か勇者と言えないこともないが、モンスターハンターの狩人のようだ。
激しい攻防を交わしている間も銃撃をトロル目がけて行い、胴体や足を破壊していくも負傷した傷は瞬時に治癒するばかりだ。このままではこちらがいずれ体力を消耗して殺されてしまう。この現状を打破しようとするならば、脳みそ筋肉の発想と言われても仕方がないが、魔力付与された弾丸の中でも特に絶大な火力を誇る一撃で相手の再生能力を上回る破壊をぶつけるしかないだろう。
それを理解していても女性がより強大な火力をぶつけることはなかった。何故かと言えば魔力を大幅に消耗しているためだ。これがゲームや物語ならば少人数の勇者が敵の勢力圏下や危険な野生動物の跳梁跋扈する野外を長距離行軍したうえで魔王をやすやすと倒すのだろうが、これは残念ながら現実だ。勇者が無双を誇ろうと所詮一人の人間では限界はある。
眼前のトロルは馬鹿ではない。勇者1人を倒すために貴重な戦力を消耗した是非は判断が分かれるところだが、配下の魔物の軍勢を勇者を殺すために突撃させており、女性は何百、何千もの魔物との激闘を終えたばかり。完全に戦闘能力を喪失するほど消耗してはいないが、トロルを打倒せるほどの大技を繰り出せるほど魔力に余裕はない。
「フィオレス、この石の巨人の弱点は知らない?」
「これほどの巨体ですと破壊できるか分かりませんが、喉が弱点でそこをつけば倒せます!」
女性の共であるマケドニウス帝国の女性騎士フィオレス・アリストファーが岩陰から弱点を叫ぶ。勇者である女性と違って生身の人間である彼女は、先の戦いの消耗から今は回復に徹していた。
その叫びを聞くな否や女性は軽やかに跳躍するとトロルの腕に飛び移っていた。このまま体をよじ登って喉を破壊するつもりだった。トロルも意図に気付いたのか、腕をゆすって女性を振り落とそうとするが、バランスを崩すことなくそのまま体を喉目がけて突き進む。巨体の敵の体表を移動するなど、やっている女性からすれば映画のよう現実味がない。
巨体のトロルからすれば恵まれすぎた体格から大抵の敵をあっけなく潰すことができるが、巨体故に小回りの利く小さな敵を倒すのは不得手でもある。ましてやそれが自らの体の上をよじ登っているとあっては、幾ら再生できるといっても自身の体を傷つけるために激しい攻撃を加えられず、女性の行動を阻止できなかった。
やがて喉元に辿り着いた女性はそのままM4カービンの連続斉射を喉元目がけて加えていく。何発も何十発もだ。最初は堅固な岩棚に守られているために銃撃は弾き返されていたものの、何発も発砲していくうちに徐々に弾丸は岩棚に傷をつけ、喉の中に弾丸が侵入していった。天を衝くばかりのトロルの体格故に弱点の喉に弾丸が命中しても即座に絶命とはならないものの、徐々に弱っていくのがわかる。
「これで終わりよ。アスタラビスタベイベー!」
身じろぎもできないほど弱ったトロルの喉目がけて容赦はしないとばかりに今使える最大の魔力を込めた弾丸を女性は放ち、その攻撃はトロルの喉を完全に貫通し、粉々に粉砕した。うめき声一つあげずに、トロルは地面目がけて崩れ落ちてゆく。弱点をつかれて完全に死んだのだ。
崩れ落ちたトロルの体は地面にぶつかり、膨大な砂塵とトロルの体だった岩塊を噴き上げながら、岩でできた体を崩壊させていった。
「今回も命拾いしたけど早く地球に帰りたいわね・・・。」
崩れ落ちたトロルの体から空中に投げ出された女性は、地面に無事に着地していた。数十メートル上空から投げ出されたというのに体には傷一つない。勇者として強化された体の賜物だったが、もう勇者等投げ出したかった。勇者になってから何度死にかけたかはもう数えきれない。
魔王討伐を達成しなければ地球に帰れないために勇者をこれからも続けていかなければならないのだが、たった2人で敵勢力圏に何ら支援を受けずに潜入して暗殺を成し遂げなければならないことに加えて地球の常識に当てはまらない魔物と戦い続けるなど最悪の地獄だった。最も地球に帰ったところでテロリストとの非対称戦という別の地獄が待っているのだから、地球に帰っても過酷な環境に晒されるのに変わりはないのだが・・・。
あと一話でこの作品は終わる予定です。名前だけでた女性騎士が女性騎士なのに騎士らしくない仕事をさせられる話になります。女性騎士といってもブリガンダインという上半身だけ覆う鎧にズボンとファンタジーによる出るタイプの騎士とは違うし、前作的な作品で野外で排泄した経験はある、なんらな勇者様の排泄の間周辺警戒しましょうかなんていっちゃってるんですけどね・・・。