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第10話

 椿の眠りを覚ましたのは、ふわふわな毛の感触だった。触ってみると、とても滑らかで温かい。いつも黄金と寝ているので、きっと黄金の尻尾だろう。

 そう思い、椿は目を開けた。

「やっとお目覚めだな、ちんちくりん」


 目の前には、意地の悪い笑みを浮かべた玲がいた。灰色の瞳は楽しそうに輝いている。

「れ、れ、玲さん!?」

 椿は玲と同じ布団に入っている事にようやく気付いた。そして、自分が触っていたのは玲の尻尾だということも。だんだんと頬に熱がともる。


「私、畳で寝てた気が……」

「俺が運んだ」

「えっ、玲さんが?」

「風邪でも引かれたら困るからな」

 玲は椿から視線を外して言った。どうやら照れくさいらしい。椿は微笑むと、玲にお礼を言い布団から出る。


「もう熱は下がったみたいですね」

 額に手をやると、熱さはもう無かった。

「元気になったぜ、礼を言う」

「きゅ!」

 黄金も嬉しそうに玲の周りを跳び跳ねた。


「ちんちくりん」

 文福を呼びに部屋から出ようとする椿を玲は呼び止める。

「今日は街で有名な劇団が芝居してるんだ。文福と黄金とちんちくりんで観に行ったらどうだ?」

「玲さんは行かないんですか?」

「俺は病み上がりだからな。のんびり過ごす」

 玲は箪笥の中から巾着を取り出し、椿の手に乗せる。じゃらり、と金属音が鳴る。


「看病の礼だ。好きなだけ使うと良い」

「でも……」

「俺1人で療養したい気分だからな。ちんちくりん達が居ると騒がしいのなんの」

 玲の分かりにくい優しさに椿は笑う。巾着を懐に入れると、玲にもう一度お礼を言って黄金と部屋を出た。

 その後、文福に玲が元気になった事と街に行かないか誘うと快諾してくれた。


 街に出ると、芝居を見る為集まった妖怪達でごった返している。

 文福によると劇団は世界各国を巡っていて、いつ風龍国に来るか分からないのだそうだ。その為、貴重な芝居を観たいと殺到するのだとか。


 観覧券を買うために発券所に出来た長蛇の列へ並ぶが、やっときた椿達の番になると残りは2枚しか無いと言われてしまった。

「儂は外で待っておりますから、椿様と黄金で楽しんで来てくださいな」

「文福さんは良いんですか?」

「儂は昔観たことがありますので。芝居が終わったら、劇場にある茶屋で落ち合いましょう」

 文福はそう言って、観覧券を譲ってくれた。


 観覧券には指定の席が記載されており、椿は券に書かれた席を見つけて座る。劇場はとても広かったが、座席は全て埋まっていた。

 照明が暗くなると芝居が始まった。美しく着飾った演者達。その衣装の絢爛さに目を見開いた。そして、演者達の迫真の演技に胸を打たれる。芝居が終わった頃には、感動して泣いていた。


「良かったね、黄金……。あの2人が結ばれて本当に良かった……」

「きゅ~」

 芝居の余韻に浸りながら黄金と一緒に、劇場の一階にある茶屋で文福を待っていた。

「あ、奥方!」

 声を掛けてきたのは棕梠だった。茶屋で一服していたらしく、椿の姿を見ると笑顔で手を降ってくれる。


「棕梠さん、こんにちは」

「こんにちは。玲殿のお体の具合は如何ですか?」

「熱も下がったみたいで、もう大丈夫だと思います」

 棕梠も心配していたらしく、良かったと安堵していた。

「棕梠さんも芝居を観にいらしたんですか?」

「いえ、拙者は鳳仙へ修行する前に腹ごしらえをと思い、茶屋に寄っていただけです」

「熱心なんですね」

「拙者は未熟者ですので、人より努力せねばならんのです。……おや、どうなさった?」

 いつの間にか棕梠の足元に黄金がやって来て、服の裾を懸命に引っ張っていた。まるで行くな、と言いたげに。


 棕梠は黄金を軽々抱き抱えると、椿に預けた。

「それでは」

「修行、頑張ってくださいね」

 椿に敬礼をすると、棕梠は去っていく。腕の中で黄金が暴れるので、宥めようとしていると待ち人がやって来た。

「いやはや、お待たせいたしました」

 屋敷を出たときには無かった風呂敷を背負って文福がやって来る。


「文福さん、それ何の荷物ですか?」

「こ、これですか!? いや、まぁ、色々と入り用でして……」

 椿の腕に抱かれていた黄金がぴょんと地面に降り立つと、文福の背中にある風呂敷にじゃれついた。

「あ、こら、黄金、止めなさい!」

 必死に文福が止めるが、黄金を捕まえらない。黄金の牙が風呂敷をほどいてしまう。


 大きな音を立てて、風呂敷の中身が床に散乱する。

「ぶ、文福さん、これは……」

「見ないでくだされ、そして何も言わないでください」

 死んだような目をして必死に風呂敷に詰めるが、床に落ちた春画は数多く、拾いきるのに時間が掛かる。その間も男女の営みが綿密に描かれた春画は、大衆の目に晒され、文福は嘲笑の対象になる。


 椿はいたたまれなくなって拾うのを手伝うが、文福は謝るばかりだった。

「きゅ?」

 黄金だけは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。

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