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031 助力

 屈強な男たちに占拠された病室は、仮初の作戦室と化していた。備えつけのベッドは隅にどかされ、ただ椅子だけが横並ぶ。衛兵服を血で汚した男たちを前列に、小綺麗な衛兵たちが後列に座る。襲撃の激しさを物語るように、応急手当の後が目についた。


 カーティスが状況説明を始めてからすでに十分は経っていた。時折、アルヴィンとカーティスの二人に挟まれて男たちの真正面に座る私にも視線が向けられる。ひたすら気を揉んでいた。


 「エルティナ、ゲオルグのことを話してくれ」


 私の耳元で小さくカーティスがささやく。促されるままに私が立ち上がると、男たちの視線が私に集中していった。

 カーティスが私のことを簡単に紹介していく。私が闇の精霊だと知った瞬間、男たちの圧が強まる。内心の動揺を押し隠し、私は深く頭を下げた。

 こっそりとため息をついた後、体を起こした私はゆっくりと口を開いた。


 「説明させてもらうわ。ゲオルグのことだけれども――」




 私とカーティスが衛兵たちと合流したのは三十分前のことだった。ゲオルグのことを説明するべく、アルヴィンを探して医療所の入り口へ歩いていた。襲撃者たちの連行と、負傷者への治療。人の出入りでごった返す中、治療を受けながらも指揮を執るアルヴィンと再会したのだ。


 ゲオルグの存在を知ってからのアルヴィンの行動は早かった。各所で対応に追われていた衛兵たちを集め、あっという間に会議を開催したのだ。

 戦闘の熱も冷めやらぬといった様子でどこか殺気立った男たちは、訝しげな視線を私に向けてどっかりと椅子に腰掛けていった。

 医療所の奥へと避難していたシリウスに眠ったままのリーシェを任せ、私とカーティスは主犯ゲオルグの目撃者として会議に出席していた。


 「――これが、私がゲオルグについて知っていることの全てよ。あの男は狡猾……結局はそれに尽きるわね」


 私はきっぱりと言い切り正面の男たちを眺めていた。黙り込んで聞き役に徹していた男たちはまとまりもなく口を開いていく。その反応は様々だった。


 ゲオルゲへの警戒を深める者がいれば、さらに黒幕がいるのではと疑う者がいる。……そして、私の話自体を懐疑的に捉える者もいた。


 私は口を強く引き結んで椅子に座る。闇の精霊だからと信用されないことに反感を覚えるが、衛兵たちの協力なしにグレンの救出は困難だと理性が訴えていた。

 直接ヤナカイト城に赴くのが私とカーティスだけだとしても、衛兵たちが後詰めとして控えてくれるのならば、それに越したことはない。

 グレンの救出後、衛兵たちが一気に雪崩れ込めば、ゲオルグがどれだけの力を隠していたとしても対応できるはずだ。


 男たちの議論の成り行きを見つめ、今度は私が口を閉ざす。

 たっぷりと三分が経過した頃、黙り込んだままでいたアルヴィンが口を開いた。


 「そろそろ君たちの考えはまとまったかな?」


 瞬間、病室に沈黙が降りる。緊張感が漂う中、左半身を包帯で巻いた半裸の男が笑い混じりに言った。


 「所長もあいかわらず人が悪いな。もう手は打っているんだろ?」

 「当然だろ。人質の居場所には予想がついているから――」

 「――グレンはどこなの?」


 思わずアルヴィンの言葉に被せて訊ねた後、私は慌てて前のめりになった体を戻した。突然に姿を消したグレン。ゲオルグが連れ出したのではないか、そう所感を述べた際の男たちの反応は芳しくなかった。グレンを担いで運ぶ不審な人物を、誰も見かけなかったからに違いない。


 「……グレンがどこにいるのか、わかるのなら教えてくれないかしら」


 私は声のトーンを落とす。俯きがちに見上げた先のアルヴィンは優しく微笑んでいた。


 「恐らく、まだ医療所の中にいるはずだよ。きっと脱出の機会を窺っているのだろうね」アルヴィンは言い聞かせるような口調で言う。

 「それで、グレンはどこ?」

 「いや、具体的な場所はわからないんだ。ゲオルグやらのお仲間もなかなか狡猾みたいだからね」


 急かす私に反し、肩をすくめたアルヴィンはあっけらかんと答える。まさかグレンの居場所を教えるつもりがないのだろうか、私の目がすっと細くなっていく。

 アルヴィンは困ったように眉尻を下げた。


 「嘘はついていないんだ。……今は、私を信じて欲しい」


 アルヴィンは私にだけ聞こえるささやき声を出す。にらみつける私と視線を合わせたまま、アルヴィンは口を閉ざした。


 先に目を逸らしたのは、私だった。小さくため息をついた後、私は「わかった……信じるわ……」と俯いてつぶやいた。


 「でも、グレンを見捨てないと約束してくれる?」

 「約束しよう。……代わりに、ひとつ約束してくれないか?」


 私が下から見上げると、アルヴィンが真剣な眼差しを送る。


 「無理をしない、そう私と約束してくれないか、エルティナさん。君が傷つくことを誰も望んではいない……わかるだろう」

 「誰も……」


 小さくつぶやき、私はまぶたを下ろしていく。

 私の無事を願ってくれる誰か……真っ先に浮かんだのはリーシェだった。裏切り行為をした後ろめたさからか、思い描いたリーシェの笑顔はどこか悲しげで、私の胸を痛いぐらいに締めつけていた。

 心の痛みをごまかすように「約束するわ」と短く私は答える。


 「ありがとう、エルティナさん」

 「……エルティナでいいわ」


 出会いは最悪だったが、アルヴィンは私のことを心配してくれている。不思議と信じられる気がしたのだ。

 アルヴィンは何回かまばたきをすると「わかった。今後は、そう呼ばせてもらうよ」と満面の笑みを向けてきた。


 「所長、会議中だぞ。何でいきなり嬢ちゃんを口説いているんだ?」


 呆れまじりの声が響く。視線を向けると、包帯男がもの言いたげな眼差しを送っていた。


 「口説くのなら、俺たちのいないところでやってくれよ」

 「うるさいぞ、サイラス!」


 包帯男――サイラスが揶揄うように声をかける。アルヴィンは目を怒らせて叱りつけるが、どこ吹く風と言った様子のサイラスは平然としていた。

 ふいに私とサイラスの視線が交わった。その瞬間、サイラスは得意げにウィンクを送る。アルヴィンは「お前は何をやってるんだ……」と諦めまじりにため息をついていた。


 どこか弛緩した空気の中、病室内のそこかしこで笑いが起こっていく。サイラスが茶々を入れるのはよくあることなのかもしれない。口々に「また始まったよ」とつぶやく声が聞こえてきた。


 「所長も、もったいぶらずに教えたらいいだろうに。……予想がついているのは、所長と俺くらいなんだから」


 サイラスがさも当然とばかりに言い切った瞬間、室内に緊張感が漂い始める。まるで図星を指されたかのように、何人もの衛兵たちが気まずげに顔をそらした。

 ちらりと横に座るカーティスを覗き見ると、ぎこちなく居住まいを正していた。


 「……お前たちも仕方のない奴らだな」


 ゆっくりと病室の奥から手前へと舐めるように見つめた後、アルヴィンは吐息まじりの小さなつぶやきを漏らす。失望の色を隠しもしない声音に、思わず私の肩が小さく跳ねる。他の衛兵たちに倣い、必死に表情を繕っていた。


 「エルティナは、風魔法で調べながら歩いていた……間違いないね?」


 話を振られた私は一拍遅れでうなずく。


 「病室のドアを氷漬けにされていたから、中までは調べられなかった。そうすると、怪しく思えるだろう?」

 「どこかの病室にグレンがいる……? それなら、助けに行かないと――」


 椅子から立ちあがろうと腰を浮かせたところで、私は動きを止める。

 どうしてアルヴィンは助けに行かないのか。内心に沸いた疑問への答えは、すぐに思いついた。


 「ゲオルグの仲間がいるのね……」私は椅子に座り直した。

 「それは、間違いない。人質とするならば、ヤナカイト城まで運び出す必要がある。もし私たちが先に確保すれば、何の憂いもなく捕縛に動けるからね。……サイラスも同じ考えか?」


 ゆっくりとした口調で話すアルヴィンが短く訊ねる。サイラスは得意げな笑みを浮かべた。


 「俺も同じ考えだ。だが、動くか?」

 「動くさ。そのために、ここに人を集めたのだからな。もし動かないのなら、総当たりで見つけるだけだ。人質を盾に病室に立て籠もられるのは避けたいところだが、仕方がないだろ」

 「人数は二、三人くらいか? 多くはなさそうだな」

 「ああ、誘拐に直接関わるのはそれくらいだろうよ。それ以上は目立ちすぎる」


 周囲を置き去りにして二人は会話を続ける。私はふいにつぶやいた。


 「グレンを危険に晒したくはないわ。それに、医療所の中で争うなんて……賛成できない」


 アルヴィンとサイラスの視線が集中していく中、私は首を横に振る。グレンを助けるためとは言え、非情になるつもりはない。その結末は、リーシェもグレンも望まない気がした。


 「ああ、わかっているよ」アルヴィンは優しくうなずく。

 「嬢ちゃんの心配はもっともだな。所長、どうするつもりだ?」

 「この医療所の敷地は大きく隠れる場所は多い。だが、塀で囲まれている以上、飛び越えることは難しい。必ず正門への道を通るはずだ。そこに検問を敷く」


 医療所の情報を整理するようにアルヴィンが言う。聞き役に徹して衛兵たちが神妙な面持ちで首を縦に振る。室内の空気が張り詰めていく。


 「だが、検問を敷くのは敷地内の見まわりを十分にしてからだ。それまでは、最低限の人数で構わない。今、逃げるべきだった……そう後悔させてやれ」

 「とすると、病室の見まわりも並行して行えばいいな」

 「ああ、だが戦闘は医療所を出てからだ。できるだけ控えろ。四方から攻められる利を手放してやる理由はないからな。追い立てるだけでいい」


 アルヴィンは言葉を切ると、病室内を見渡していく。


 「先ほどは数で押されていたが、今回は違う。こちらが有利だ。――皆の奮闘に期待している」


 衛兵たちは一斉にうなずく。私は目を伏せてこっそりと衛兵たちに頭を下げた。

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