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003 召喚①

リーシェ視点です

 オークションで購入したペンダントを受け取ったのは一時間前のことだ。

 私は右手でペンダントを握りしめ、走って家へと戻って来ていた。壁掛け時計は午後三時を刻んでいる。


 「お父さん、いる?」


 大きな声で呼びかけながら、ドタバタと家の中を探す。父、グレンを見つけられなかった。

 グレンの不在を確認するや、私は裏口から工房へと駆け出して行く。

 住居とは別に、医学書や実験器具を備えた工房が敷地内に建てられている。グレンは工房で個人的な実験をして過ごすことも多かった。


 工房に足を踏み入れた瞬間、私は眉をひそめていた。


 「また汚してる」


 私が工房内を大掃除したのは、ほんの一ヶ月前のことだ。

 床を磨き、実験道具や本は整理して棚に片づけ、グレンにも整理整頓をお願いしていた。それが、今はどうだろうか。実験器具は床に散乱し、テーブルの上にはうず高く本が積み上げられている。

 大掃除の成果は欠片も見られない。見事に汚部屋へと返り咲きを果たしていた。


 「リーシェ? どうかした?」


 本の山から、ひょっこりとグレン顔を覗かせる。小さく手を振りながら、笑みを浮かべていた。平然とした様子のグレンに、私は呆れまじりにため息をついていた。


 お仕事以外でも、もう少しかっこよくしてくれたらいいのに……。

 私は心の中で不満を漏らす。仕事以外に関しては、どうにも抜けているところがあった。


 身内びいきを抜きにしても、グレンは自慢の父親だ。医療技術に長け、治癒効果のある光魔法を扱うグレンは重症者の治療に当たることが多く、小都市イトマラでは評判の医者だった。こっそりと仕事をするグレンを覗きに行ったこともあるが、真剣な表情で治療に当たる姿は凛々しく、多くの人に笑顔で感謝される姿は誇らしかった。


 残念な気持ちを振り払うように、首を左右に動かす。ペンダントを強く握りしめ、私は顔を上げた。


 「お父さん、お願いがあるの!」


 私が入口から声を張り上げると、グレンは優しい笑みを浮かべる。隣に座って欲しいのか、グレンは「こっちにおいで、リーシェ」とつぶやき、ソファーを何度も叩いて見せた。


 実験器具で散らかった足元とグレンの顔を見比べ、私は一歩だけ後ずさる。ペンダントを両手で握り込みながら、深く息を吸い込んだ。


 「私にね、『精霊の祝福』があったの! お父さんに、調べて欲しいんだ!」

 「へ? ――痛っ!」


 立ち上がろうとして失敗したのか、グレンはソファーの上に横倒しになる。手が本の山にぶつかったのだろう。グレンの頭上に本の雨が降り注いだ。


 「お父さん!」


 突然のことに、私は思わず叫ぶ。慌ててグレンのもとへと近づいていく。グレンはもぞもぞと体の上に乗ったままの本を床に下ろしていった。

 私がソファーの前に立つと、グレンは顔を上げ「リーシェ」と穏やかに言った。


 「精霊が見つかったんだね。おめでとう」

 「……うん! このペンダントがね、光って見えるんだ。でも、他の人は違うみたいだから、きっとそうだと思うんだ。お父さんはどう?」


 私の精霊――その響きに胸が高鳴っていく。興奮を隠すこともなく、私はペンダントを掲げながら訊ねる。グレンは体を起こしてソファーに座り直すと、ペンダントに目を凝らしていく。


 「また光ったよ! どうかな?」


 数十秒間、グレンは黙り込んだままペンダントを凝視する。期待を隠せず、体をそわそわと左右に揺らしながら、私はグレンを見つめていた。


 グレンの右手が伸び、私からペンダントを受け取る。顔の真ん前へと近づけ、まじまじと観察する。そして、ペンダントの紐を左手で掴んで吊るし、グレンは右手の人差し指に魔力を込めていった。指先でペンダントを中心とした正方形を描くと、一気に底面を上へと引き上げる。宙に浮くペンダントを中心に、立方体が描かれた。


 魔法で精霊の存在を確認するのだろう。グレンは立方体の側面に、魔法式を書き込んでいく。一つ……二つ……。書き終えるごとに、立方体を回転させていく。四面全てに書き終えるまでに、十秒もかからなかった。


 立方体の上面と下面に右手と左手を添え、グレンは静かに瞑目する。カッ、と勢いよくまぶたを上げた瞬間、ペンダントに魔力を流し込んでいった。


 解析にかかった時間は数秒間だろうか。

 宙に浮いていたペンダントを掴み、グレンが穏やかな眼差しを私へ送る。期待と不安で私の胸は締めつけられていた。


 グレンはソファーから立ち上がり、両膝を床につける。私の両腕を優しく掴み、抱き寄せた。


 「おめでとう、リーシェ」

 「……精霊がいるの? 私の、精霊?」

 「そうだね、リーシェの精霊だよ。だけど……」

 「お父さん?」


 言い淀むグレンに、私は訊ねる。抱きしめるグレンの両腕に力がこもった。


 「リーシェは精霊士を選んでいいの? このペンダントのことは忘れて、魔法士の道を選ぶことだって、今ならばできるんだよ」

 「私はお母さんと同じ、精霊士になりたい。お母さんの代わりに、私がお父さんを助けたいんだ」

 「……リーシェの気持ちは嬉しいよ。でもね、よく考えて欲しいんだ。精霊士と魔法士、どちらを選ぶにしても大きな選択なんだ。もちろん、お父さんはどちらを選んでもリーシェを応援するよ。だから、僕のためでなく、リーシェ自身のために決めて欲しいんだ」


 言い聞かせるような口調でグレンは告げる。開きかけた口を閉ざし、私は小さくうなずいた。グレンが優しく私の頭を撫でていく。


 魔法士から精霊士へは転向できるが、精霊士から魔法士へは転向できない。それは、全ての魔力を精霊に捧げて契約を結ぶためだ。精霊との契約は不可逆的なもので後戻りはできない。

 それでなくとも、精霊士の立場は危うい。精霊を神聖視する者と、敵視する者。精霊と契約を結んだ、その事実だけで襲われるかもしれない。


 私が心を決めていることは、グレンも理解しているだろう。それでも、父親として心配してくれることが嬉しかった。


 「お父さん、私ちゃんと考えるよ。ちゃんと決めるから」


 私は顔を上げてはっきりと答える。グレンは安心したように笑った。


 「提案なんだけどね、とりあえず精霊に会ってみるのはどうかな?」

 「――会いたい! ……でも、大丈夫かな?」

 「何かあれば、お父さんが守るよ。よほど攻撃的な精霊でもなければ、暴れたりはしないから大丈夫。笑顔で挨拶するんだよ」

 「……わかった、頑張る」

 「表情が硬いよ、リーシェ。笑顔、笑顔」


 グレンが私の両頬を上下左右に引っ張る。数秒間、私はマッサージされるがままとなっていた。


 「挨拶できるね、リーシェ」

 「任せてよ」


 私は得意げに微笑んで見せる。小さく胸を叩き、背筋をまっすぐに伸ばす。

 ワシワシ、とグレンが私の頭を一撫でして立ち上がる。そして、宙に向かって文字を刻んでいく。グレンが書き終えた瞬間、工房内に風が巻き起こる。床に散乱していた実験器具たちが浮かび上がり、一つの塊となって部屋の隅へと移動していった。

 ペンダントを握りしめ、グレンは十歩ほど私から遠ざかっていく。


 深く息を吐き出したグレンは、分析した時と同じ要領で魔力を流し込むための準備を進めていった。グレンがが宙に描く立方体の中で、ペンダントが浮き上がる。仕上げとばかりに、ペンダントの宝石に指先を押し当てた。探るように上下左右へと宝石を動かした後、グレンは一息で宝石に魔法式を書き込んでいった。


 数秒後、ペンダントの宝石が淡く輝き出す。グレンはペンダントを見つめたまま三歩ほど後ろへ下がり、私へと振り返った。


 「準備ができたよ」


 グレンの一言で、私の心臓は痛いぐらいに脈打つ。パンパン、と気持ちを落ち着かせるように私は両頬を叩き、大きくうなずいて見せる。ゆっくりと歩いてグレンの横に立つ。


 「笑顔だよ、リーシェ。忘れたらダメだ」グレンが私の頭を軽く小突いた。

 「……痛いよ、お父さん」


 痛くもないのに私は不平を漏らす。小さく笑ったグレンは、自身の両頬を引っ張ってわざと変な顔を作る。そこには、凛々しさを欠片も感じられなかった。

 思わず私は小さく噴き出していた。気をよくしたのか、グレンは第二、第三の変顔を披露していく。私はグレンを指差して笑い声をあげていた。


 微笑むグレンが大きな手でポンポンと私の頭を叩いた。


 「リーシェが不安そうにしていたら、精霊も不安になるよ。だから、笑顔で迎えてあげようよ。……もう大丈夫かな?」

 「大丈夫だよ。笑顔だよね」私は歯を見せて笑った。

 「……精霊にご挨拶しようか?」


 表情を引き締めたグレンが訊ねる。私はは深く息を吸い込み「うん!」と元気よく答える。

 グレンは右手を伸ばし、宙に最後の魔法式を書き込み始める。その勢いのままに、右手のひらで魔法式をペンダントへと押し出した。


 魔法式がペンダントに触れた瞬間、宝石が鈍く輝き出す。そして、目が眩むほどに爆発する。

 爆発の直前にグレンは指を鳴らし、ペンダントを隔離する氷壁を創造したが、衝撃全ては抑えきれていない。工房全体が震えあがった。


 震えが治まるにつれ、宝石から放たれた光も収束していく。私は恐るおそるまぶたを開いた。

 床からペンダントを覆い隠すように伸びる氷壁は、ひび割れて所どころに穴が開いている。砕けたのか、氷の破片が床に散らばっていた。

 私はもう一度だけ両頬を横に引っ張る。グレンを見上げて強くうなずいた。

 小さく笑ったグレンは再び指を鳴らす。氷壁の残骸が光へと変わっていった。


 氷壁の跡地には、白髪の少女が座り込んでいる。床に触れるほどの長い髪が少女の顔を隠していた。


 「リーシェ、頑張って」

 「うん、頑張る」


 小さな声でささやくグレンに答え、私は微笑んで見せる。


 白髪の少女――精霊を刺激しないように私はゆっくりと近づいていく。後一歩の距離で私は両膝を床につける。私は静かに口を開いた。


 「リーシェと申します。……精霊様と仲良くなれたら、嬉しいです。未熟者ですけど、よろしくお願いいたします」

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