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028 再会

 どうにも気分が重くて仕方がない。隣り合って座るリーシェに隠れてこっそりとため息をつく。何度目かは私自身にもわからなかった。


 リーシェが闇魔法を扱えるとわかってから、ゆうに一時間は経過していた。難しい顔で席を立ったシリウスもアルヴィンも戻ってくる気配はない。食堂の出入口に衛兵が控えていることも、私の不安を煽り立てていた。

 何かがおかしい、リーシェも異変には気が付いているのだろう。私を安心させるつもりなのか、無理やりに作った笑顔を貼りつけている。私は風魔法による探索結果を話すことができなかった。


 「リーシェ」


 私はポツリと名前を呼び、リーシェを見上げる。衛兵に気づいてからの三十分間、私はずっと黙り込んでいた。何度も話しかけてくれたリーシェには悪いことをしていた。


 「どうしたの?」リーシェは少し弾んだ声を出す。

 「私は貴方に迷惑ばかりをかけているわ……ごめんなさい」


 謝ってばかりだな、私。心の中で自嘲的に笑いながら、深く頭を下げていく。慌てたリーシェに肩を抑えられた。


 「止めてよ、エルティナ! 謝らないで!」

 「……リーシェを誘拐されたこと、グレンを傷つけたこと、契約で貴方から魔力を奪ったこと。どれ一つとして許されることではないわ。……ごめんなさい」


 肩にかかったリーシェの両手に力が込められていく。痛みを訴える資格は、私にはないのだろう。掴まれた両肩がジクジクと痛んだ。


 数秒間続いた沈黙の後、リーシェはようやく口を開いた。


 「エルティナ、約束して欲しいの」


 リーシェが何時になくはっきりとした口調で告げる。私が恐るおそる顔を上げると、瞳に怒りを宿したリーシェが真剣な表情で見下ろしていた。


 「今回のことで、もう謝らないで。……約束して!」


 距離をとろうと体を後ろへ動かした瞬間、リーシェに体を引っ張られる。約束するまで絶対に離さない、一心に見つめるリーシェの瞳が雄弁に語っていた。


 「わ、わかったわ」私は戸惑いがちに答える。

 「約束したからね。もし謝ったら、お仕置きするから……約束だよ」


 念押しをするリーシェに、私はコクコクと首を縦に振る。

 私をじっと見つめていたリーシェが表情を緩めていく。私の両肩からゆっくりとリーシェの手が離れる。お姉さんぶった笑みを浮かべたリーシェが、私の両手を包み込むようにその両手を重ねた。


 「エルティナと同じ闇魔法が使えるのが、私は嬉しいんだ」


 唐突にリーシェが言葉を投げかけてくる。私は目を大きく開いた。


 「光魔法にこだわったりはしてないんだ。エルティナも気にしないで」

 「……でも、アニスのようになりたかったのでしょう?」

 「それは、そうだけど……」リーシェは瞳を揺らして言い淀む。「エルティナと同じならいいかなって思ったんだ」


 いや、闇魔法は悪いのではないかしら……。

 シリウスとアルヴィンの様子を考えれば、肯定的に捉える気にはならない。恐らく外に控えている衛兵は、私の監視だけが目的ではないのだろう。リーシェの監視も含まれているに違いない。


 私との契約が続く限り、いつどこでもリーシェは闇魔法を使えるのだ。闇魔法を扱う手段が精霊石しかないとするならば、リーシェは脅威として映るかもしれない。


 「闇魔法で何ができるか、エルティナと一緒に考えてみたいんだ。闇魔法だからこそ誰かを助けられる、そんなこともあると思うんだよ」

 「……闇魔法は傷つけるだけよ。光魔法とは違うわ」

 「悪く考えないの!」


 リーシェが強く私の両手を引き、右手で私の頭を小突いた。


 「生きる理由を探すんだ、私とエルティナの二人で。一緒に頑張るんだよ」


 言い聞かせるような口調でリーシェは言い、私の頭を撫でていく。何度も繰り返されるうちに、呆けていた私の思考が少しずつ走り始める。私は「一緒に生きる」と小さくつぶやいていた。


 「そう……そうだったわね」

 「もう忘れたら、ダメなんだから」


 リーシェがもう一度だけ私の頭を小突く。私は大きくうなずいていた。




 「何だか騒がしくないかしら?」


 リーシェに闇魔法を教えていた私はつぶやき、顔を食堂の出入口へと向ける。ドタバタと駆け出す音が幾つも重なっていき、次第に治まっていく。暇を持て余して闇魔法の練習を始めてから約一時間は経過していた。

 私からの魔力供給が止まり、リーシェの顔を覆っていた真っ黒な霧が晴れていく。得意げな笑みを浮かべたリーシェが現れる。期待するような眼差しを私に送っていた。


 「成功だよね? 成功したよね?」


 私が大きくうなずくと、椅子に座ったままのリーシェが右手を天に突き上げた。

 闇を創り出し視界を奪う――リーシェが自分自身に使ったの簡単な闇魔法だ。三十秒近くリーシェの視界を奪っていたが、それも私の補助があってこそだ。リーシェだけでは一秒も持たないだろう。

 ただ闇魔法との相性は良いらしく、リーシェが発動の感覚をつかむのに時間はかからなかった。楽しそうに闇魔法を練習するリーシェに、私は胸を撫で下ろしていた。


 「エルティナ?」リーシェが目をパチパチとさせた。

 「どうも様子がおかしいわ。……少し調べるわね」


 風に私自身を溶け込ませ、周囲を探っていく。いつの間にか出入口に控えていた衛兵がいない。それどころか食堂のまわりからは人の気配が感じられなかった。


 「何かわかった?」

 「食堂の近くに人が誰もいないわ。リーシェ、この医療所は人が少ないの?」

 「……イトマラで一番大きな医療所だよ。むしろ人は多いよ。……お昼も終わっているから、食堂近くに人がいないだけかも」


 私の声が緊張で硬くなったことを察したのか、リーシェは不安そうに瞳を揺らす。掛け時計を見れば午後四時を刻んでいた。

 リーシェは震えた手で私の手を握り立ち上がった。


 「ここから出よう、エルティナ」平静を装ってリーシェが笑った。

 「……無理はよくないわ」


 そっと椅子から立ち上がり、リーシェの手を握り返す。先導するように私は前へと踏み出した。

 慌てた様子のリーシェが小走りでついてきた。


 食堂の出入口のドアを慎重に開き、少しだけ顔を出す。長い廊下からは足音ひとつ聞こえない。

 廊下に出た私は左右に視線を巡らせる。誰かが近づいてくる気配はなかった。

 この後、どこに向かえばいいのかしら? 突然の状況に考えがまとまらない。私は立ち止まっていた。


 「エルティナ、右に行くよ」


 震え声でつぶやくリーシェが私の手を引いて歩き出す。不意のことによろめきながら一歩二歩と進み、スタスタと足早に歩くリーシェの背中を追いかけるように歩いて行く。私とリーシェの間に会話はなかった。


 どこに行くつもりなの? 警戒した視線を周囲に走らせながら、ちらりとリーシェの横顔を覗き込む。その悲壮な面持ちに、私は言葉を飲み込んだ。

 リーシェの後ろから隣へ。すぐにお姉さんぶりたがるリーシェ一人を矢面に立たせるつもりはなかった。


 隣り合った私とリーシェは階段を上り、不気味なほど静まり返った廊下を進んでいく。幾つもの病室が見えてくるころには、目的地がどこか予想がついていた。


 「グレンのところに行くのね」

 「うん、心配だから……ごめんね、エルティナ」


 リーシェはためらいがちに小さくつぶやいた。私は不安を隠して微笑んだ。


 「私もグレンが心配だから、別に構わないわ。早く行きましょう」


 私はリーシェの盾になるように前へ出る。グレンの眠る病室へ誘い込まれていることはわかっていたが、グレンを見殺しにする選択肢は私にはなかった。


 風魔法で探りを入れるうちに気がついたのだ。行く先々で部屋のドアが開かないように氷漬けにされている、と。そして、医療所のそこかしこで衛兵たちが戦っていることに。私とリーシェをエスコートしているつもりなのだろうか。私は心の中で舌打ちを打っていた。


 リーシェをさらに不安にしても仕方がない。私は風で戦闘音を遮断し、事実を押し隠していた。


 重苦しい空気の中、私とリーシェは目的地へと歩みを進める。グレンの病室まで後数歩の距離になったとき、唐突にドアが開いた。

 見たくもない男が満面の笑みで現れた。


 「お待ちしておりましたよ、小さなお嬢さん」

 「別に待つ必要はないわ。……ここで何をしていたのかしら?」


 嫌な予感がするのか、震えが大きくなったリーシェの手を強く握りしめる。私自身とリーシェを守るように風を展開していく。


 商人と思しき男が私の手を見つめ、苦々しい視線をリーシェに送った。リーシェは小さな悲鳴を上げて後退っていた。


 「そこの小娘と契約したのですか?」

 「何か問題でも? ……そもそも小娘などと失礼でしょう。紳士を気取るならば、名前ぐらい言ったらどうなの」


 私は余裕ぶった態度で不敵に挑発する。男は小さく笑い深く頭を下げた。


 「私の名前は、ゲオルグ・クローズ。改めて宜しくお願い致します、アルスメリアの精霊様」


 ゲオルグはにやりと唇の両端を持ち上げた。

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