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002 オークション

途中で視点が切り替わります。

前半:エルティナ視点

後半:リーシェ視点

◆エルティナ視点


 「……痛い」


 両腕に走った痛みが、まどろむ私を叩き起こす。うっすらと開いたまぶたの先には、一面の闇が広がっていた。私の小さな身じろぎに合わせ、ジャリジャリと鎖のぶつかる音が響いていく。寝起きで力の入らない体が前へと傾いていった。


 突然、ぐいっと首が後ろへと引っ張られる。首輪に絞めつけられ、うめき声が口から衝いて出る。目を大きく開いた私は、痛みに耐えて体をさらに前へと倒していった。

 首に加わる圧が強まり、喉から不気味な音が漏れ出した。


 一秒……二秒……三秒……。

 潰れた喉で醜い歌を響かせる。じりじりと苦しい時間だけが過ぎていった。死へと向かって踏み出しているはずだが、フィナーレは一向に訪れない。


 深くため息を吐いた後、体から少しずつ力を抜いていく。ゆっくりと体を後ろへと倒し、壁にもたれかかる。鎖のたゆむ音が、やけに大きく鼓膜を揺らした。


 何の気なしに顔を俯かせるが、暗闇に溶け込み視界は判然としない。私自身の腕や脚さえも、その存在を視認できなかった。


 冷たく暗い牢獄に閉じ込められてから、どれだけの時間がたったのだろうか。

 朝も昼も夜もなく、私はただ命が潰える瞬間を待ち続けていた。

 ……これは生きているのかしら? 自嘲気味に笑い、私は力なくまぶたを閉じる。敗北者としか思えない姿を、恥じ入る心はとうの昔に失われていた。


 次こそは、フィーネのもとへ逝きたい―――叶わない願いを心の中でそっと口にする。何度目とも知れない浮遊感に身を任せ、私は意識を手放していく。

 全身から魔力が抜かれているのか、起きていること自体が億劫だった。


 ――泣き顔よりも笑顔が見たいな。

 薄れていく意識の中、フィーネと過ごした日々に思いを馳せる。私に幸せの意味を教え、私が戦う理由となった親友。

 フィーネと過ごした遠いあの日、確かに私は生きていた。


 私が意識を手放す瞬間に見るフィーネの姿は、いつも変わらない。

 大空を想わせるトパーズの瞳からは、涙が零れ落ちていた。




◆リーシェ視点


 「――こちらの宝剣、五千エリオンにて落札でごさいます!」


 晴天のもと、オークショニアの声が高らかに響きわたった。中央広場に組まれた質素な木製の舞台上で、オークショニアが宝剣もどきを掲げて見せる。舞台をぐるりと囲むようにオークションを眺める人々から、万雷の拍手が巻き起こった。

 落札した中年男性は、満面の笑みを浮かべて右腕を天に突き上げた。


 「装飾は好みだったし、少し惜しかったかな? でも、木剣なんていらないし」


 オークションの様子を眺めながら、私、リーシェ・ラドメアはため息混じりにつぶやいた。


 市民による市民のためのオークション――壮大なスローガンを掲げた不用品投げ売り会も、終盤を迎えようとしていた。

 出品されたのは、宝剣を詐称した木剣に、宝石と称したガラス玉の指輪……。どれもこれも買ってどうするのか、問い質したくなるような品物ばかりだった。


 がらくた品に野次を飛ばしながら、落札者を褒め称える。そして、出品物は必ず誰かが購入する――暗黙の了解のもとに、観客一丸となってオークションごっこは進んでいく。

 朝早くから始まったオークションだが、観客から笑い声が絶えることはなかった。


 「――それでは、次の品をご紹介しましょう!」


 オークショニアは大きく声を響かせ、群衆の静まりを待つ。

 ざわめきが小さくなるのを確認した後、オークショニアはゆっくりと中央に向かって歩き出す。次の品物を載せた台が漆黒の布で覆われて鎮座していた。


 「三百年前に滅んだ小国アルスメリアを、皆様はご存知でしょうか? 次なる品は、アルスメリアの王女が愛用していたペンダントでございます! ペンダントを彩るは、美しく澄んだ青き宝石! そして、花を模したフレームが、宝石の魅力を惹き立てます! 戦火に巻き込まれ、儚くも命を散らした悲劇性も相まって、皆様の心を掴むことは間違いないでしょう!」


 大仰に語るオークショニアは、ペンダントを隠す布に手をかける。焦らすように右から左へとゆっくりと視線を動かしていく。

 次なるがらくた品の登場に、観客の一部からは既に笑いが漏れ出していた。


 小さく微笑んだオークショニアは、勢いよく布を投げ捨てる。その瞬間、観客の視線がペンダントに集中していく。

 数秒後、会場を包み込んだのは観客たちの笑い声だった。

 ただのゴミじゃないか! また嘘っぱちかよ! お前、買ってやれよ! 観客の楽しげな声がそこかしこから聞こえてきた。


 黒く淀んだ宝石に輝きはなく、錆だらけのフレームは汚らしい。

 こんなペンダントを大好きな彼氏から送られてきたら、どんな顔をしたらいいかわからない。もしかしたら、百年の恋も一瞬で冷めてしまうかもしれない。


 「王女様が愛用していたペンダントなんて、出品されるわけないよね」


 観客たちにつられ、私もクスクスと笑う。目を凝らしてペンダントに視線を向けた。


 宝石もどきを中心に十字を描くように、四つの花が咲いている。フレームは蔓を模しているのか、滑らかな曲線が宝石もどきを取り囲んでいた。


 「昔は、キレイだったのかな? 本当に王女様のペンダントだったら、夢があるけど違うよね」


 私は笑い混じりにつぶやく。小汚さに目をつむりさえすれば、ペンダントの装飾は私の好みと一致していた。


 さて、どれくらいの値段をつけようかな?


 折角のオークションなのだから、記念に一品は買うつもりだった。ゴシゴシと目元を擦り、再度ペンダントを凝視する。

 数秒後、私は前のめりになってペンダントを見つめていた。


 あのペンダント、光っている? 

 見間違いではないかと疑いながら、私は両頬を軽く叩いて横に引っ張る。じっとペンダントに視線を送った。

 周囲の喧騒は、もう耳に入って来ない。じりじりと時間が過ぎていく中、私の意識はペンダントに支配されていた。

 集中のあまり視界がペンダントを中心に狭まっていく。私の体は前へ前へと傾いていた。


 唐突に、ペンダントの宝石が濁った蒼から澄んだ青へと輝き出した。


 ――見間違いじゃない!

 弾かれたように体を起こし、私は周囲へと視線を巡らせる。大勢の観客たちがペンダントを見ているが、誰かが驚いている様子はない。小汚いペンダントを笑っているだけだった。


 「……私にしか見えていないの?」


 私は呆然と訊ねる。疑問を肯定するかのように、観客たちの喧騒は治まっていく。ペンダントへの入札が始まろうとしていた。


 「それでは、百エリオンから初めて参りましょう! 皆様、こちらのペンダントはいかがでしょうか?」


 オークショニアが高らかに訊ねた瞬間、観客たちは静まり返る。

 誰が購入するだろうか、観客は小さく忍び笑いを漏らしながらキョロキョロと視線を動かしていく。次の落札者の登場が、今か今かと待たれていた。


 本当に私にしか見えていないのだろうか?

 ドクンドクン、と痛いぐらいに脈打つ心臓に急かされるように、私は周囲の様子を窺う。観客たちの笑顔が広がるばかりだった。

 気持ちを落ち着けるべく一つ息を吐き出した後、私はペンダントを見やる。その宝石は、濁った蒼色に戻っていた。


 「皆様、いかがで――」

 「一万エリオン出します」


 オークショニアの声を遮り、私は右手を大きく挙げながら声を張り上げる。会場中の視線が私に集中していく。一拍遅れで周囲のざわめきが大きくなった。

 ポツポツと拍手が始まると、それは次第に大喝采へと変わっていった。


 「他にございませんか? ……それでは、王女のペンダント、一万エリオンにて落札でございます!」


 オークショニアが高らかに宣言する。私は大きく息を吐き出すと、舞台に向かって歩き始めた。


 お嬢ちゃん、やったな! 一万エリオンも出して親に叱られないか?

 囃し立てる声から気遣う声まで、観客たちは好き勝手に言葉を投げかけていく。喧騒を背中に受けながら、私は舞台にあがった。


 満面の笑みを浮かべたオークショニアが「おめでとうございます!」と声をかけてくる。私はオークショニアと舞台上で握手を交わす。観客たちの喝采が大きくなっていった。


 私は横目でペンダントをのぞき見る。落札した私を祝福するように、ペンダントは再び青く輝き出していた。

 ペンダントが放つ光は決して弱くない。それでも。オークショニアも、観客も、誰一人としてペンダントの輝きに気づいていない。私だけが気づいていた。


 「……私にも、『精霊の祝福』があったんだ」


 私は天を仰ぎ見る。小さなつぶやきは喧騒に揉み消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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