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017 事情聴取②

 教会堂での諍いが気にならないのか、カーティスは友好的な態度を崩しはしなかった。私が人間を恨んでいる――その事実には一切触れることもなく、偶然に巻き込まれた被害者であると裏付ける証言ばかりをとっていく。私の証言に嘘は一つもないのだから、間違いではない。ただ、カーティスの意図が掴めなかった。

 カーティスが私の恨みに言及すれば、いや私の証言を受け入れようとしなければ、簡単に私は被疑者へと堕ちていく。リーシェから私を遠ざけたいのならば、私の弱みを責めるべきだ。


 私が想像しているよりも精霊の立場は悪いのかもしれない。三百年前の人間の蛮行を誰も覚えていない。しかし、召喚された精霊たちは覚えているからか、その恨みを今の人間たちにぶつけているのだ。真実を知らないならば、精霊は危険な存在だと一括りにされてもおかしくない。

 人間が悪か、それとも精霊が悪か。仮に議論をしたしても、相手が悪いの一点張りになるだろう。私も必死に恨みを忘れようとしているくらいだ。答えなんて出せるわけがない。


 カーティスのお兄さんぶった笑みは、私の油断を誘う罠だと思っていた。しかし、聴取が進んでいくにつれ、私を守ろうとしていることに気づいたのだ。

 リーシェとグレンに頼まれていたのだろうか。私にはわからなかった。


 「エルティナさん、以上で終了となります。ご協力ありがとうございました」


 調書を確認していたカーティスが穏やかな口調で終わりを告げる。もの思いにふけっていた私は顔を上げ、深く頭を下げた。


 「お前は悪いことをしたわけではないんだ。堂々としていろ」


 カーティスは励ますようにこっそりとささやく。私に向ける眼差しはどこまでも優しげだった。

 衛兵たちが会議室から出て行く中、カーティスは後ろに控えていたグレンとリーシェのもとへと私を連れて歩いていった。

 笑顔で私を迎えてくれるリーシェとグレンの姿に、私はようやく人心地につく。二人に倣うように笑みを浮かべていた。


 「カーティス、今日はありがとう。助かったよ」

 「当然のことをしただけですよ。エルティナに罪はなかった、それだけです」

 「……違いないね。君らしいよ」


 わざとらしくカーティスは肩をすくめて見せる。グレンが軽く相槌を打った後、男二人は硬く握手を交わす。私は目をしばたかせながらカーティスを見つめていた。


 「カーティスは……どうして私を助けてくれたの?」私はポツリとつぶやく。

 「どういう意味だ?」

 「……私のことが嫌いでしょう? だから、助けてくれる理由がわからないわ」


 精霊がリーシェのそばにいることが許せないのではないの?


 「馬鹿にするなよ」


 怒っているとも呆れているとも取れる口調でカーティスは答えた。


 「俺は真実か否かで判断しているだけだ。そこに、エルティナが好きとか嫌いとか、俺の感情は関係ない。……お前が精霊だからと言って、考えを変えるつもりはないんだよ」

 「……昨日の男は、カーティスを精霊の敵と呼んでいたわ。心当たりがあるのでしょう?」

 「お前は、あの男の言葉を信じるのか」


 怒りを抑え込んだ底冷えのする声でカーティスはつぶやく。私は思わず一歩後ずさりをする。不安から探るような質問をしたことを激しく後悔した。カーティスの瞳から優しさは消え失せていた。


 「お前は、リーシェを――」

 「――止めてよ!」


 カーティスの声を掻き消すほどに、リーシェが強く叫ぶ。大きく前へ踏み出したリーシェが背中で私をかばった。


 「エルティナは悪くないの」


 数秒間、リーシェとカーティスはにらみ合う。先に根負けしたのは、カーティスだった。


 「リーシェは、それでいいのか?」カーティスがため息混じりにつぶやく。

 「いいの。……私が話すから、カーティスは何もしないでよ」

 「それは、構わないが……無理はしない方がいいぞ。別に、グレンさんが話してもいいだろ? リーシェである必要はないんだ」


 片膝をついたカーティスは心配そうにリーシェの顔をのぞき込む。リーシェの体はびくりと小さく震えていたが、首がとれるのではと心配になるほど勢いよく左右に振られていく。その勢いのままに、リーシェは振り返る。強い意志の宿った瞳が私を捉えていた。


 「エルティナ、話があるんだ」

 「……何かしら?」


 リーシェは何を話すつもりなの? 内心の混乱を悟られないように、私はリーシェの瞳を見つめ返すが、見上げた先の真剣なリーシェの表情が私を怖気づかせる。いつの間にか私は視線を逸らしていた。


 「私のことが怖いの? それとも、信じられない?」


 数秒後、リーシェに硬い声で訊ねられ、私は身を固くする。首を左右に振り、躊躇いがちに恐るおそる視線を上げていく。リーシェは安堵の息を吐いていた。


 「エルティナのこと、私は怖くないし、信じている」


 リーシェは私を抱きしめて小さくささやいた。上向いた私の顔の真ん前には、リーシェの優しげな笑みが広がっていた。


 「だから、エルティナと契約したいの」

 「契約?」

 「そう、精霊契約。私も、エルティナも、寂しがりやなのに素直になれないんだもの。……エルティナは、今日も本当は怖かったんだよね? でも、隠して我慢ばっかりしてる。きっと味方が必要だと思うんだ。私は、エルティナの味方になりたいの」


 言い聞かせるような口調でリーシェは想いを口にする。その瞳は不安で揺れているように見えた。


 「私もリーシェの味方になりたいわ。でも……」


 私の声は力なく途切れていく。

 精霊契約――文字だけを追えば、私とリーシェの結びつきを強くするのだろう。きっと口約束だけの不安定な味方から、より強固な味方へと変えてくれる。私はリーシェに心を寄せているのだ。嬉しくないわけがない。しかし、リーシェの言葉は甘美な毒に思えた。

 下唇を強く噛み締め、リーシェに縋りたがる弱い心を抑えつける。静かに目を閉じ、私は重々しく口を開いた。


 「私と一緒にいたら、リーシェも不幸になるわ。……昨日の男たちは、精霊を救うと言っていたの。契約を結んだと知れれば、リーシェを傷つけるかもしれない。そんなこと、嫌だわ」

 「それは……私も一緒だよ。精霊を嫌う人もいるから、契約を結んだら、エルティナを傷つけるかもしれない。でも……エルティナがいいの」

 「……本当にいいの?」隠し切れない不安で私の声は震えた。

 「エルティナとなら、私はきっと後悔しないから」


 力強くうなずいたリーシェは真っすぐに私を見つめる。エルティナは後悔すると思う? リーシェの瞳が問いかけていた。


 「……私も、後悔しないと思うわ」


 数秒後、私は小さくうなずく。未来への喜びかそれとも不安かもわらないまま、不器用な笑みを浮かべていた。

 孤独の牢獄から三百年後の世界へ召喚されたのだ。見知らぬ街に、見知らぬ人たち……誰も私のことを知らない世界で、寂しさを覚えていたのは間違いない。平気だと振る舞っていたのは、単なる強がりだったのだろうか。

 きっとリーシェが私の孤独を言い当てた時点で、私がリーシェと契約することは決まっていたのかもしれない。私よりも少しだけ背の高いリーシェは、すぐにお姉さんぶりたがる意地っ張りだ。そのくせ、苦しみや悲しみを一人で抱え込んでこっそりと涙を流す、私よりもずっと弱いただの少女にすぎない。本当の意味で危険を理解しているとは思えなかった。


 心配性なのは、私の悪い癖だ。昨日の不審者たちが私を訪ねてきたのも、ただの偶然の出来事であればいいのに……。私の抱く不安が杞憂で終わればいい。そう切に願った。


 「エルティナ、少しだけじっとしていて」


 私はかすかに首をかしげ、神妙な面持ちのリーシェを見上げる。次の瞬間、私の額にリーシェが小さな唇を軽く押し当てた。

 実際に、リーシェの唇が触れていたのは一秒にも満たないだろう。ただ、私の動きを停止させるには十分な時間だった。


 「本当の契約は後でするから、今はこれくらいしかできないけど……私はエルティナの味方だから」


 言い切ったリーシェは、私を強く抱きしめていく。私の耳元に口を寄せ、ひっそりとリーシェがささやいた。


 「エルティナの大切な、アルスメリア王国での思い出を教えて欲しいの。私もお母さんとのことを話すから、聞いて欲しいんだ。……エルティナが言ったんだよ? 覚えている?」


 私は目を大きく開く。リーシェは覚えていたのね。私はリーシェの、リーシェは私の、お互いが大切にしているものの理解者になる――勢いのままに口に出した約束は、実際に果たされてはいなかった。何となく触れられずに、日々を過ごしていたのだ。

 偉そうな私自身の言葉を思い出し、顔を薄っすらと赤らめる。羞恥を紛らわすように、首をコクコクと縦に振った。


 「約束だよ」


 数秒間の抱擁を交わした後、リーシェはゆっくりと離れていく。そして、振り返りざまに堂々と宣言した。


 「お父さんもカーティスも、聞いて欲しいの。私は、エルティナと契約をする。二人が反対しても、絶対に契約するから」

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