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011 批判

 リーシェよりも四歳年上のカーティスは、軍事学校に通う幹部候補生らしい。イトマラで衛兵を勤めているのも、幹部教育の一環ということだ。

 現代においては、政治や軍学、薬学などを学ぶのは高位貴族だけに限らない。国家試験に合格さえすれば、性別も年齢も関係なく専門教育を受けることができるようだ。カーティスも身分は平民だと言う。ただ国家試験に合格しているカーティスは、高位貴族とともに知識を深めていく立場にある。三百年前とは異なり、貴族と平民との間に大きな壁はないらしい。統治階級である貴族も、農業や商業などの実務を担う平民も、どちらも尊重されている。


 アルスメリア王国では、王族を頂点とし、精霊、貴族、平民の順で階級分けされていた。三百年前の他国と比べれば身分差は小さかったが、それでも差別がなかったわけではない。カーティスが嘘をついているとも思えないが、私にはなかなか信じられない話だった。


 興味の赴くままに訊ねていた私は一呼吸をおき、カーティスの話をひとつひとつ噛み砕いていく。うまく整理できずに混乱しているのか、頭の奥にズキズキとした痛みを覚える。

 思考を放棄するように、私は頭を左右に振った。


 「それにしても、リーシェにも『精霊の祝福』があるとはな……」


 対面に座るカーティスが感慨深げにつぶやく。私の見上げた先にいるカーティスは、優しげな眼差しを送っていた。横目でリーシェを見ると、得意げな笑みを浮かべて誇らしげに背筋を伸ばしている。

 私だけが意味もわからず首をかしげていた。


 『精霊の祝福』――精霊である私自身ですら知らない言葉だ。そしてもう一点、聞かなくてはならないことができた。もしかしたら……、と思いはしていたが、不安は確信に変わりつつあった。


 「どうして精霊だとわかるの?」カーティスを強く見つめて私は訊ねる。

 「ん? ……ああ、精霊は魔法を使っていなくても、イプスに干渉しているんだよ。だから、イプスの動きを調べれば簡単に見分けがつくんだ」


 一瞬だけ考えるそぶりを見せ、カーティスは簡単に答える。

 指先に魔力を込め、カーティスは宙に向かって文字を描いていく。短く綴られた魔法式を書き終えるや、手のひらで魔法式を押し出した。


 真っすぐに飛んでいた魔法式は途中で二つにわかれた。ひとつは私、もうひとつはリーシェへと進んでいく。私とリーシェへと近づくにつれ、魔法式は光へと姿を変えていった。

 全ての文字が光へと変わる頃になると、まるで閉じ込めるかのように光の輪ができあがり、私とリーシェを囲っていた。


 私とリーシェを捕らえる囲みは、少しずつ小さくなっていく。

 数秒後、光の輪を眺めていた私は顔をしかめる。……私へ近づく光だけが、急に波打ち出して霧散していったのだ。顔を横へ向けると、もう一方の光の輪はリーシェの体に触れてから消えていた。


 「……あの男はわかっていて話しかけたのね」


 私はポツリとつぶやく。魔法で調べられていたことに気づけなかった――その事実に無力感を覚えずにはいられない。

 魔法ではあの男に勝てないかもしれない、と嫌な想像がふつふつと沸き上がっていった。


 薄暗い檻に閉じ込められ、断末魔の叫びを聞きながら自分の最期を待ち続ける。精霊狩りに捕らわれていた頃の悪夢のような日々が脳裏をよぎり、心が急激に沈んでいく。目線が下へ下へと下がっていった。


 「……あの男は魔法を使っていたよ」言い淀むカーティスは小さくつぶやいた。

 「私は殺されるのかしら?」


 どこか投げやりな気持ちで私は訊ねる。リーシェとカーティスが息を呑むのがわかった。


 ……私は何を言っているのだろうか。二人を困らせるだけの言葉が口を衝いて出る。自己嫌悪に私の心は苛まれていった。

 気持ちをリセットするように小さく首を左右に振り、私は顔を上げる。心配かけまいと二人に笑みを浮かべて見せた。


 「ごめんなさい。ただの冗談よ。本気にしないで」


 声は震えていないだろうか。内心の不安を隠し、からかうような口調で告げる。

 リーシェとカーティスの顔を直視することはできなかった。二人の沈黙が、私の失敗を雄弁に語っていた。穏やかな雰囲気を私が壊してしまった。


 リーシェとカーティスは私を哀れんでいるのかもしれない。

 死にたくない――誰もが思うことだ。ただ私が口にするべき言葉ではなかった。両腕を失った精霊が、死への不安を口にする。精霊狩りの被害者だと連想されても不思議ではない。

 アルスメリア王国で戦争に参加していた。その真実を語るつもりは全くない。精霊狩りの被害にあった。その事実も口にするつもりも全くない。

 それでも、同情されることは不本意だった。


 「……あのね、エルティナ、私は――」

 「それで、『精霊の祝福』とは何か教えてくれないかしら?」


 気遣うように話し始めたリーシェの言葉に被せ、私はカーティスに訊ねる。リーシェは口をつぐんだ。

 カーティスは何も答えず、心配そうな眼差しをリーシェに向けていたが、ゆっくりと私と向き合っていく。あからさまに一つ息を吐きだした後、カーティスは悪戯っぽく微笑んだ。


 「精霊でも知らないことがあるんだな?」

 「……当然でしょう! 貴方は、精霊を何だと思っているの!」


 カーティスは「冗談だよ、冗談」と悪びれた様子もなく謝り、ウィンクを一つ送る。私は小さく頭を下げた。

 声を張り上げたからだろうか、どこか強張っていた体から少しずつ力が抜けていく。たっぷりと十秒かけて呼吸を整え、私は話の先を促すようにうなずいて見せた。


 「信じられないかもしれないが、精霊は一度姿を消しているんだ」

 「――どういうことかしら?」


 私が反射的に訊ねると、カーティスは探るような目で見てくる。私は首をかしげていた。


 「人間の生活圏から立ち去った……歴史書にはそう記載されている。エルティナは何か知っているか?」

 「……精霊狩りから逃げた、それ以外に何か理由がある?」


 一瞬だけ考え込み、私は皮肉っぽく唇を歪める。非難するような目つきへと変わっていくのが自分でもはっきりわかった。


 「今、精霊狩りは禁止されていると聞いたわ。それが答えではなくて? ……他に理由があるならば、私が教えて欲しいくらいだわ」


 不快げに言い切ると、蔑むような笑みを浮かべる。

 精霊は自分の意思で離れたのではなく、人間たちに追い出されたのだ。事実を都合よく書き換えられていることに、心がざわめき立っていく。

 カーティスからの心証を悪くするべきでない、理性では理解していても感情が抑え切れなかった。

 苦痛も屈辱も、私は覚えているのだ。他人事だと割り切れるわけがない。


 「お前は……エルティナは人間を恨んでいるんだな」


 刺激を与えないように窺うような口調のカーティスは伏し目がちに私を見る。不愉快げに顔をしかめ、私はカーティスをねめつけた。


 「恨んでいないとでも思ったの」

 「……いや、そうだな。エルティナは、正しいさ。……恨んで、当然か」


 カーティスは歯切れ悪く独りごちる。傷ついた表情のまま黙り込むカーティスに、声をかける気はなかった。その理由が私にはわからなかったのだ。

 精霊に嫌われたところで、カーティスに何か不都合があるわけでもないのだから。


 リーシェと街を巡って気づいてはいた。活気にあふれたイトマラには精霊の影が見当たらない、と。その事実だけでも、精霊がいなくとも人間が生きていけることを如実に物語っている。精霊が支えていたアルスメリア王国とは違うのだ。


 三百年の時の流れは、精霊を過去の遺物に変えてしまったのだろう。今の人間から見れば、精霊は脅威にすらならない。昔のように抵抗する余地すらも、残されていないのかもしれない。狩るものと、狩られるものにすぎないのだ。

 精霊狩り――この言葉こそが力関係を明確にしていた。


 「エルティナ」


 カーティスが重々しく私を呼ぶ。表情は引き締められ、油断なく私を見据えていた。敵と認定されたのだろうか、カーティスの身にまとう雰囲気は警戒心を隠そうともしていない。


 「お前は復讐するつもりか?」

 「さあ、どうかしらね?」


 私はクスクスと口先だけで笑い始める。正面に座るカーティスの瞳はスッと細められていった。


 「俺は真面目に聞いているのだが?」

 「あら、私だって真面目に答えているわよ? 人間を恨んでいるのは本当だもの、嘘をつく必要なんてないわ」


 笑い混じりに答え、私は小さく肩をすくめた。


 「過去に、復讐に走った精霊でもいたのかしら?」

 「質問をはぐらかそうとするな。他の精霊ではなく、今は、お前自身のことを聞いているんだ」


 図星を突いたのか、カーティスは硬い口調で告げる。嘲笑するように一笑いし、私は皮肉げに口を開いた。


 「その精霊は恨みを覚えていたのかもしれないわね」

 「……それが、お前の答えか?」


 一瞬だけ言い淀んでカーティスは訊ねる。震え声は聞き間違いでなないだろう。


 カーティスから感じた小さな違和感。その正体にようやく触れた気がした。三百年の時を超えた精霊は私だけではないのだろう。そして、同じ境遇の精霊が過去に人間へ反抗していたのだ。私も同じことをするのではないか? 警戒されてもおかしくはない。

 深く息を吐き出しながら、私は目を閉じる。処刑されるのか、それとも幽閉されるのか。どちらにせよ、明るい未来はないのだろう。きっと最初から――。

 

 「エルティナは復讐なんてしないよ」


 重苦しい沈黙を破り、リーシェの力強い声が響く。お姉さんぶった笑みを浮かべ、リーシェは椅子から立ち上がっていた。


 「エルティナのことは、私が面倒を見るんだから、カーティスは何もしなくていいよ。心配も要らないから」


 私を隠すようにカーティスの前に移動してリーシェは宣言する。振り返るや否や私の耳元に口を寄せたリーシェは「任せておいて」と悪戯っぽくささやく。リーシェに促されるままに、私は椅子から立ち上がった。


 リーシェは鞄から財布を取り出し、戸惑うばかりのカーティスに食事代を押しつける。「支払いしておいてね」と一方的に言い、私の腕に手を添えた。

 教会堂の出口に向かい、私とリーシェは横並びに歩き始める。カーティスの視線はリーシェの体で遮られていた。


 「リーシェ、お前は何を考えているんだ!」椅子の倒れる音が聞こえた。

 「カーティスこそ、何を考えているの! エルティナは悪いことなんてしない! してないんだよ!」


 リーシェは歩みを止めずに、顔だけを振り向けて答えた。


 「ついて来たら、許さないから!」


 声を張り上げたリーシェは、私に微笑んで見せる。カーティスを無視することにしたのか、背後から聞こえる声で足を止めることはなかった。

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