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「おい、これ見ろよ。」

とある大学、一人の大学生が古雑誌を持って言った。

開かれたページには、『廃墟となった遊園地で謎の影』と、でかでかと躍っている。

写真では、どこかのアトラクションに何かの影が差している。

「なんだよそれ。」

「面白そうじゃねえか?

 行ってみようぜ。」

「はあ?

 どこだよそこ。

 どうせ遠いんだろ?

 お前が言うところはいっつも遠いんだから。」

「いいや、今回ばかりは違うぜ。

 この近くなんだよ。」

妙に勿体つけて言う。

「ほら、この近くに、かなり前に廃園になって放置されてる遊園地があるだろ。

 裏野ドリームランドって言うんだ。」

「知らねえよ。

 引きこもりなんだから。」

「堂々と言うなよ。

 それはいいとして、早速行こうぜ。

 講義終わってからでいいからさ。」

「ああ、わかった。

 講義が終わったら連絡する。」

「おう、待ってるぜ。」



その日の午後

「よう、待たせたな。」

「ああ、だいぶ待たされた。」

「こういうときは、嘘でも『今来た』とか言うもんだぜ。」

「そうか?

 お前以外と待ち合わせたときは大体そう言っているぞ。」

「俺以外だと宮阪くらいしかいねえじゃねえか。

デートかよ、チクショウ。」

「いや、なぜか最近家に遊びに来るんだ。」

「その状況で『今来たところ』はおかしいだろ。

 っていうか、うらやましい!!」

ため息をついた。

「・・・悪かったよ、待たせて。」

「かまわん。

 いつものことだし、他の講義も覗いてみた。

 連絡してから一時間ほど遅れるのはわかっていたからな。」

「・・・・・・。

 あー、えっと、何の講義覗いたんだ?」

「より良い拷問方法の研究についてだ。

 なかなか興味深かった。」

「おかしいだろ!!

 何でそんな講義やってんだよ。」

「そこで聞いた話だが、件のドリームランドには隠された拷問部屋があるらしい。」

「聞けよ。

 その情報はどうでもいい。」

「そうか。」

「早く行こうぜ、暗くなっちまう。」



二人は歩いて、遊園地までたどり着いた。

空が赤い。

幸い、日が完全に落ちるまではまだ少しありそうだ。

辺りは夕焼けに照らされて、ノスタルジックな雰囲気を漂わせている。

道も、錆び付いた遊具も、赤錆びた建物も。

全てが赤く染まっている。

まるで、ここだけが世界から切り離された。

そんなような感覚。


二人はその中を歩いていく。

やがて、それらしき建物を見つけた。

看板には、『アクアツアー』と書かれている。

水を主体にしたアトラクションのようだ。

廃園となって何年もたっているからか、水は張られていない。

かつての水底に、二人の影が落ちた。


「・・・なあ、見つかると思うか?」

このアクアツアーと言う場所は、当然だが広い。

二人が考えていたよりもずっと。

「まともに考えれば、時間がかかるだろうな。」

「だよな。

 ・・・どうする?」

「どうしようもないだろう。

 言っとくが、俺は歩きたくない。」

「・・・俺も。」

あ~ぁとため息をつく。

「気になんだよな。

 あの影。

 写真じゃ結構はっきり写ってたぜ?」

「写真が真実を映すとは限らんだろう。

 今の時代、見せ掛けの真実ならいくらでも作れる。」

「夢の無いこと言うなよ・・・。

 ・・・。

 夢も希望も・・・・」

「やめておけ。

 そのネタは一部しかわからん。」

「・・・このワードで特定できたお前がすげえよ。」

「まあ、仮に真実だとして、考えられるとするなら地下だな。」

「地価?」

「ああ。

 地下に別の空間があるとする。

 水槽かなんかが置いてあるだろう。

 そう考えれば、下からの照明で影ができることも考えられる。」

「ああ、地下か。

 何で値段が関係するのかと思った。」

「・・・・・・。

 自然光の反射も一応考えられる。

 まあ、可能性だがな。

 俺にはこれくらいしか思いつかん。」

「それでも十分すごいって。

 じゃあ、本当に地下があるか、確認しないとな。」

「物好きだな。

 ・・・俺は拷問部屋のほうが気になるんだが。」

「それはもういいわ!!」

「なら、どうする?

 もう暗くなる。

 出直すか?」

「ああ、今度の土曜、開いてるならまた来ようぜ。」

「わかった。」

夕日に染まった道を、二人は出口に向かって歩く。

その背後、少し薄暗くなった水底に、薄い不自然な影が揺らめいて、消えた。



そして、次の土曜日。

午前十時に入り口のところで、二人は待ち合わせていた。

「よう、来たな。」

「珍しいな、お前が俺より早く来るとは。

 少し待て。

 自衛隊呼んでくる。」

「俺が早く来るのがそんなに珍しいか!

 たまにはいいだろ。

 ・・・。

 で、何で妹連れてきた?」

「連れてけとうるさいんでな。」

「どうも、兄がお世話になってます。

 ところで刺していいですか?」

「なんでだよ。

 兄妹揃って変人か。」

「私は普通ですよぉ。

 お兄ちゃんはたまに虚空を見つめてブツブツ言ってたりしますけど。」

「お前も、よく授業ノートに解体新書の落書きしてるだろう。

 しかも解剖図。

 高校の先生はどんな気持ちでお前のノートを点検してるんだ?」

「あー、両方おかしいのはわかった。

 ツッコミが追いつかないからこれくらいにしておいてくれ。」


中に入ると、前回とはまた違う感覚を受ける。

前回は綺麗なノスタルジックといったところだが、今回は少し寂しいような・・・、もっと言うなら怖い印象を受ける。

世界から切り離されたような気分になるのは変わらない。

考えてみれば当たり前だが、ノスタルジーにもいろいろあるのだ。

「わあ、完全な廃墟だね。

 ここで何人くらい死んだのかな。」

「さあな。」

「さらっと怖い会話をするなよ!!

 びっくりするから。」

とにかく、先へ進む。

放っておくと何を言い出すかわからない。


しばらく歩いて、アクアツアーと書かれた看板を見つけた。

「さて、地下があるとして、どうやって探す?」

「そういや考えてなかったな。」

「どうするの?

 もう帰る?」

「来たばっかだぞ・・・。」

妹は水の無い底に降りて歩き始めた。

何もないが、それなりに楽しんでいるようだ。

「なあ、本当はお前についても聞きたいんだが・・・・。

 お前の妹、頭大丈夫か?」

「たぶん大丈夫だろう。

 仮におかしかったとしても、周りと大して変わらん。

 あいつの友達も、さおりんとか言って慕っていたようだしな。」

「実はそいつもおかしかったとか・・・。」

「死者の悪口は感心せんな。」

「死んだのかよ。

 しかも否定しないのな。」

「あ、ねえねえ!」

さおりんが叫んだ。

「ここ、今なんか動いたよ!」

「マジか!」

「行くか?」

「おうよ!」

飛び降りさおりんに駆け寄る。

「ここだよ。

 ここをさっき、影みたいなのがふわって。」

「・・・水を使うなら、掃除のためにも排水溝が必要だな。

 こう広いと、何ヶ所かにあるはずだ。」

「そうか!

 そこから下に行けるかもしれない。」

「ああ。」

「さすがお兄ちゃん。

 でも、下には生き物の気配はしないよ?」

「わかっている。

 水槽におもちゃでも浮いているのか、そこらを漂っている連中と同じモノなのか。

 なかなか面白いな。」

「・・・なんかさらっと怖いこと言わなかったか?」

「キノセイですよ。」



少し歩くと、人が通れそうな排水溝があった。

網ははずせない。

網目から中を覗くと、深い闇が広がっていた。

「ライトくらい持って来ればよかったな。」

「ロープも、だな。」

「結構長いのが要りそうだね。

 網に結ぶなら、重りも要るかな。」

「いったん道具を取りに行ったほうがいいな。」

「じゃあ、一時にここに集合ってことで。」

三人は一度、その場を離れた。



そして一時。

「よう、みんなそろっ――――」

「少し待て!!」

「お前が待て!!」

どこかに走り去ろうとするのを、さおりんと二人で止める。

「放せ!!」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん!!」

「俺が遅れないのがそんなに珍しいか!!」

「二連続だぞ!!

 絶対なにかあるに決まってる!!」

「ほら、お母さんだって『あんたらなら大丈夫』って言ってたじゃない!!

 何とかなるよ!!」

「信用なるか!!」

「お前らの母さんは何を知ってるんだ!!」

二十分ほど暴れて、ようやく落ち着いた。

「で、お前らの母さんは何を知ってるんだ?」

「さあ?」

「『裏野ドリームランド行く』って言ったら、なにやら驚きまして、『まあいっか』と。」

「『昼だしあんたらなら特に問題もないだろう』とな。」

「・・・つまり、夜来たらヤバイんだな。」

「そんな口ぶりでした。」

「まあ、まだ日が暮れるにはかなりある。

 問題ない。」



先ほどの排水溝に集まった。

「ていうか、どう見ても開きそうにないんだが。」

「任せてください。」

さおりんが、あえて聞かれなかった大荷物の中から何らかの大道具を取り出した。

「じゃーん。

 油圧パッカーだよ。」

「・・・なんだそれ。

 どっから持ってきた?」

「知り合いの家です。

 エンジンブレーカーもありますよ。」

「・・・・。」

明らかに工事現場で見そうな道具だ。

ちなみに、荷物にはまだ何か入っていそうだ。

全重量はかなりあるはずなのだが。



排水溝をこじ開けて、ロープを棒に括りつけた。

この棒は、地面に穴を開けて杭打機で打ち込んだ。

「これ、言い逃れできないよな。

 明らかに犯罪だよな。」

「問題ない。

 許可は取ってある。」

「取ったのはお母さんですけどね。」

「・・・お前らの母さん何者なんだ。」



準備は整った。

さおりんがなぜかロープワークを知ってたので先行する。

「何者だよあいつ・・・。」

ちなみにロープは登山用だ。

クライミングロープと言うらしい。

しばらく待っていると、戻ってきて言った。

「ねえお兄ちゃん。

 地面壊したほうが早いよね。」

そして再登場、エンジンブレーカー。

・・・。

これは二十数キロ、杭打機は四十キロ、油圧パッカーは百キロ越えである。

荷物の底にローラーがついてるとはいえ、運ぶのはかなり大変だったはずだ。

そう思って聞いてみると、

「これ、モーターついてますよ?」

段差以外は特に問題ないそうだ。

よく見ればローラーも大きい。


とにかく、地面を削る。

掘り進むと下の空洞に行き着いた。

中には水がたまっている。

「見て、この水。

 とっても綺麗だよ。」

「ああ、ろ過装置はまだ生きているらしいな。

 それとも、どこかから引いてきているのか。」

さおりんはノートパソコンと小型の探査機を荷物からだし、探査機を水中に投げ込んだ。

「・・・どこで手に入るんだそんなの。」

「これは、大学のサークルでだな。

 諸事情あって独自開発したんだ。」

ノートパソコンで空洞内を確認する。

「暗いな。」

中はほとんど光がなく、何も見えない。

さおりんが遠隔操作でライトをつけた。

かなり深いのが見て取れる。

「何かすごい金かかってそうだよな。

 何で造ったんだ?」

「俺に聞くな。

 公に出来ない何かがあったんだろう。

 ・・・これだけの規模を管理運用するには多額の資金が要ったはず。

 並ではあるまい。」

「ねえ、ここ、かなり変だよ。」

さおりんが声を上げた。

「音響探査で水槽内を探ってみたんだけど、完全な密室なんだ。

 給水排水装置も、ろ過装置すら付いてない。

 まるで何かを閉じ込めてたみたい。」

「見せてみろ。

 ・・・底に何かあるな。」

「うん、反響率が違う。

 潜ってみるね。」

「ああ、頼む。」

(ダメだ・・・。

 口挟めねえ。)

一人しょげているが相手にされない。

完全に忘れられていた。

「見えた!

 なんだろう、ぶよぶよしてる。」

「・・・動いている。

 生きているのか?

 もう少し近づいてみろ。」

「うん。」

しかし、言葉とは裏腹に高度を上げた。

その下を、何かが通る。

「音響には反応してない。

 でもカメラには映るみたいだ。」

探査機にはいくつものカメラがついている。

その一つに、こちらに向かって突進してくる物体が映ったのだ。

「熱源はどうだ。」

「・・・ダメ。」

「カメラだけでは心もとないな。

 早くてわからん。

 ・・・奇数番のカメラだけ遅らせてみろ。」

「了解。」

この間も謎の物体は探査機に向かって突進し続けている。

「見えた!」

カメラの一つに、その姿が映った。

「・・・一旦引き上げろ。

 データを確認する。」

「了解。

 ・・・攪乱、使っていい?」

「ああ、試してみろ。」

探査機が煙幕を張る。

同時に赤外線センサへ切り替え、何かをばらまいた。

「あ、間違えた。」


突如、物凄い爆音と共に遠くの地面が爆ぜた。

細かい破片がここまで降ってくる。

幸い、怪我をするほどではなかった。

「・・・なあ、何したんだ?」

「間違えて非常用の爆発物使っちゃいました。」

「何で使った!?」

「操作間違えやすいんですよ。

 造った人が悪いんです。」

「そんなもの、つける必要ないからな。

 あいつの悪趣味にも困った物だ」

「悪趣味どころじゃねえだろ・・・。」

「機体は無事か?」

「カメラとセンサがいくつかやられてる。

 それ以外は、こっちでわかる範囲は無事みたい。」

「回収できるか?」

「うん。

 爆発で地上に出てきてるから。」

「・・・見えない部分の破損が酷そうだな。

 回収できないよりはマシだが。

 どの辺だ?」

「向こう。

 八十三メートルだよ。」

警戒しつつ、取りに行く。

さっきの映像で見た姿を思い出したのだ。

人のような手に、体。

そして、腰からのびる魚のような鰭。

それはさながら、人魚のようだった。

伝承と違い、美しくはなかったが。

・・・その身はブヨブヨと腐り、鋭い牙と瞳だけがギラギラときらめいていた。

明らかに捕食系の生物だが、センサに感知できなかったところを見ると、自然の物とは思えない。

この科学全盛期に、魔法だの何だの言うのもナンセンスだ。

落ちている探査機を拾い、先ほど出来た穴を見た。


そこから覗くのは、こちらを恨めしそうに眺める二つの瞳。

どろどろと腐り溶けた、冷たい瞳。

近くに落ちていた手ごろな破片を、その目に向かって投げつけてみた。

その破片は見事命中し、水中に沈む。

しかし、その何かはいつまでもそこにいた。

破片がその身を通って水底へ沈んでも。

揺るぐことなく、そこにいた。

虚ろな目で、腐った腕をこちらに伸ばす。

しかしその手は届かない。

「残留思念か。

 それとも、別の何かか。

 いづれにしても、今の技術では証明できまい。」

その何かは、ずっと水中に漂っている。

手を伸ばしつつも、そこから出ることが出来ないようだった。


男は踵を返し、妹のもとへ向かう。

哀れむことも同情することもしなかった。

何があったにせよ、もう終わったことなのだ。

友人にはこれ以上の調査は難しいと伝える。

男はすでに興味をなくしていた。

となれば、わざわざ付き合う必要は無く、彼らが抜ければ一個人に調査続行は不可能である。

三人は帰ることにした。



―――。

・・・深い水槽。

水底の謎の物体。

ぶよぶよとしたそれらは、今や(かたち)を成し、泳ぎだそうとしていた。

人のような腕、下半身は魚のようだ。

まさに人魚だが、それが何なのか知る術はない。


深く閉ざされた海で生まれた彼らは何を思うのか。

その闇を、人は知らない。


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