弐つ目
「んで、こんな時間まで待ってたわけだが・・・。」
男が一人、遊園地の観覧車の前に立っていた。
時間は夜、十二時をとっくに過ぎている。
もちろん、こんな時間に遊園地が開いてるはずもなく、気軽に入れるわけもない。
ここはすでに、廃園となっていた。
周囲には、物音一つ聞こえない。
「ったく、いつまで待たせんだよ。
・・・本当に来るのか?」
今日男は、デートの約束をしてここにきた。
約束の時間は十時。
彼女がどういうわけか、こんな時間に指定してきたのだ。
何を考えているのかはわからない。
肝試しでもするつもりなのか、それともただからかっただけなのか。
いずれにしても、彼女の姿はない。
一時になって来なかったらもう帰ろうと、そう決めた。
周囲には、物音一つ聞こえない。
腕時計の秒針が音を響かせる。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、・・・・・。
・・・・後十分。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、・・・・・。
・・・・後五分。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、・・・・・
・・・・一時。
男はため息をつくと、出口に向かって歩き始めた。
ペンライトを頼りに、闇の中を進む。
もはや手探りに近い。
その道すがら、明かりが見えた。
敷地内に街灯はない。
あったとしても、廃園になって久しい。
電力が供給されているはずはなかった。
「なんだ?」
近づいてみると、メリーゴーランドだった。
誰も乗っていないが、カラフルな灯りと共に馬が駆けている。
「何でこんな時間に・・・。
ちゅうか、何でいまだに廻ってんだよ。」
誰かの噂で、「勝手に廻ることがあるらしい」というのを思い出した。
男は興味を持ったのか、メリーゴーランドに近づいた。
何も変わったところは見られない。
内心暗くて怖かったのでここに明かりがあるのは心強い。
少し休んでいこうと、メリーゴーランドを囲む柵に腰かけた、その時。
「うわっ!!」
柵が重さに耐え切れずに拉げた。
自然に、男の体も柵の内側に倒れる。
「いってえ・・・。
ん?」
ふと気づけば、男の周りに何人かの子どもたちが集まっていた。
「なんだよお前ら。
どこにいたんだ。」
その問いには答えず、一人が言った。
「ダメだよ、お兄ちゃん。」
「仕方ねえだろ、壊れちまったんだから。」
周りを見れば、なぜか辺りが明るくなっている。
そしてなぜか人がいた。
まるで開園しているような喧騒が聴こえる。
(どうなってんだ?)
「ねえねえお兄ちゃん、一緒に遊ぼうよ。」
別の一人が言った。
「ダメだダメだ。
俺はさっさと帰りたいんだから。」
また別に一人が言った。
かわいらしい女の子だ。
「無理だよ、お兄ちゃん。」
「なんでだよ。」
すると皆が、悲しそうな顔をして言った。
『帰り道がないからだよ。』
その日の朝、十時。
一人の若い女性が、観覧車の前で誰かを待っていた。
「おかしいなあ。
もう約束の時間なのに。
また何か勘違いして、どこか行っちゃったのかな。」
その後、男の姿を見た者はいない。