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秒読♡ヘンタイへの道

 ああ、なんでここには布団がないんだろう。


 そんなことを考えながら、急ごしらえの干し草(非常食)ベッドにウサ耳幼女をゆっくりと降ろす。風魔法を使ったせいで干し草がちょっとだけ飛び散ってしまったけど気にしない気にしない。どうも細かい調整って苦手なんだよなぁ……。あ、ついでに光球も浮かべとこう。快適環境を維持するような付与魔法もかけとくか。ああ、魔法ってマジ便利。微調整苦手だけど。


 今俺がいるのは、この森に幾つか持ってる拠点(※縄張りではない)の一つ、山裾を流れる川の近くにある洞窟だ。位置的には森の北西辺りになる。とりあえずここなら近くに水場もあるし、実の生る草木もあるから最悪この子が飢えることはないだろう。まぁヒトが住むような環境じゃないのは確かなのだけれども。


 せめてシーツみたいな布でもあればいいんだけど、生憎とこの森の近くに人里なんてないし、俺たち一角聖馬に服を着るなんて文化はない。なので、ちょっと可哀想だけどウサ耳幼女は干し草に直置きである。ごめんね。


 どうやら移動中に気を失ってしまったようで、ウサ耳幼女は苦しそうに目をぎゅっとつむって体を丸めて震えている。震えているのに汗がすごい。どうしよう、拭いてあげた方がいいんだろうけど馬の蹄じゃどうしようもない。

 ああそうだ、重そうな晴れ着も脱がしてあげないと。でも蹄ががが。


 くそっ、白魚には偉そうな口きいたクセに結局何もできてないじゃないか! ああああ、こんなことしてる場合じゃないのにぃぃ。


「う……」

「!!」


 狭い洞窟内を右往左往していたら、ウサ耳幼女が小さな呻き声を上げた。かすかな声に反応してすぐさま駆けつける。多分はたから見たら瞬間移動に見えたと思う。そのくらい本気出した。


「起きた?! 大丈夫!? ああそんな赤い顔して大丈夫なワケないよね!? どうしよう、何か欲しいものある? お水飲む? あっでもコップ無いわどうしよ」

「……」


 ぼんやりと霞みがかったような瞳で俺を見上げる幼女の顔に、みっともなく取り乱して鼻面を近づける。俺の鼻息がかかって幼女の柔らかい髪の毛がふわふわ揺れていた。落ち着かなくて足踏みすれば、俺の蹄に削られた土が飛び散って幼女の服にかかってしまう。何やってんだ俺もちつけぺったん。


「……おうましゃん?」

「! そう、おうましゃんだよ!! よい子の味方の良いおうましゃんだよ!! 悪いおうましゃんじゃないよ!! だから安心してね?! 怖がらないでね?!」


 すぐ近くに馬面があるってのに、ウサ耳幼女は怖がる素振りも見せない。やっぱり熱で判断力が鈍ってるんだろう。いくらファンタジーな世界とはいえ、喋る馬とか絶対怖いだろうに。俺なら出会った瞬間逃げるね。


 まぁ幼女に喋りかけられた俺はともかく怖がらせないようにしようと必死だったから、そこまで頭が回ってなかったんだけど。後から冷静に思い返せばどう考えても逆効果だ。よっぽど嫌われたくなかったんだろう、俺。


「いいおうましゃん?」

「そう、良いおうましゃんだよ!」

「わたし、たべない?」

「ファッ?!」


 ほわっつ? この子今何て?

 あんまりにもあんまりな幼女の言葉に、慌てて首を横に振って否定の意を示す。馬面が首を横に振ったとこで否定してるように見えるかどうかはこの際考慮しない。しないったらしない。


「なぜそんな発想が!? というか俺草食だから肉食べないよ!!」

「たべないの? おうましゃん、もりのかみさまちがうの?」

「かみさま? 神様? 違う違う、そんなんじゃないよ。ていうか人間から見た神様ってイコールヒトを食べる的なカンジなの? ちょっと物騒すぎない?」

「こんなにきれいなのに、かみさまちがうの?」

「きれっ…。やだこの子天然タラシだわ! この歳で恐ろしい子!!」

「おそろし…?」


 あっヤバい。迂闊なこと言った。

 「恐ろしい子」という単語に反応して、ウサ耳幼女の目にみるみる涙が溜まっていく。トラウマに触れてしまったんだろう。本当に迂闊だった。


 この子の見た目は普通ではない。ああ、ウサ耳が異常なワケじゃない、獣耳を持つヒトはこの世界だと結構当たり前に存在する。問題は、この子が透明な髪と赤い瞳を持った、所謂()()()()だということ。たぶん、体もそんなに強くない。

 森に捨てるように置かれた輿と言い、綺麗に飾られた服と言い、どう肯定的に考えても生贄として森に捧げられた子供だろう。


 たまにあるのだ、こういうことが。


 一角聖馬の角は、万病に効く霊薬であるとされている。実際は単なる魔素の結晶体なのでそんな効能はないのだが、人間たちの間でそんな噂がまことしやかに流布されているらしいのだ。前に来た生贄の人に聞いたから間違いない。

 当然、そんな噂が流れていれば、角目当てに一角聖馬を狩りに来る輩もいる。だが俺たちはそれなりに高位の存在、言っちゃなんだが人間なんかその辺の鹿を相手にするより簡単に撃退できる。ちなみに、この森の鹿は魔法を使うし宙を駆ける。


 そんなカンジで角を乱獲しに来る輩を撃退していたら、いつの間にかこの森には守護神がいるとかいう話になって、神域扱いを受けるようになった。らしい。


 神様がいるとなると、人間がとる行動は一つ。

 恩恵を受けられるよう、自分たちに被害が及ばぬよう、祭り上げて捧げ物をするのだ。この辺は地球も異世界も変わりない。


 捧げ物でもポピュラーなのが生贄だ。捧げ物の態をとった口減しだ。

 毎年、とはいかないが、災害が起こった時とか、干魃が酷い時だとか、何か不吉なことが起こった時だとか、結構な頻度で生贄が捧げられる。言っとくけど誓って「生贄よこせ」なんてことは一度たりとも言ってない。勝手に持ってくるのだ。


 食べ物とかだったらこっちで消費できるからいいんだけど、生贄もらったってどうしようもない。生贄に捧げられた人って大概ワケアリだから、そのまま元の場所に送り返すわけにもいかないし、かといって元人間として放っておくのも寝覚めが悪い。結局別の村とかに送り届けるんだけど、いい加減辟易してるのだ。


 この子も、村で持て余していたところを、何らかの問題が生じて生贄にされたんだろう。大きな災害とかは起こってないハズだから、こないだの大雨が原因かな。そこまで大きな被害は出てないハズだけど、丁度いいからって寄越されたのか。見た目もアレだし。人間の業って深いなぁ。まぁそのおかげで俺は嫁さん(確定)見つけられたから文句は言えないんだけど。


「わた、わたし、おそろしい?」

「ちがっ、そんなことないよ!! とってもキレイだよ!! さっきのは言葉の綾っていうか、その、…とっとにかく、恐ろしくなんてないよ!!」


 なんて、軽く現実逃避しながら涙目の幼女に弁明を図る俺。我ながら必死である。5つに届くか届かないかくらいの幼女捕まえて必死すぎである。これでもかなり長いこと生きてるのに。

 ウサ耳幼女も女の子なので、俺の「キレイ」という言葉に少し嬉しそうな顔をした。よし!! このまま泣かないでくれ!!


「あっ! そうだ名前!! 名前聞いてない!! お名前なんて言うの?!」


 なんとか話題転換しようとしてそう聞けば、どうやらまた地雷を踏んだらしく幼女の表情が曇る。可愛らしい顔がくしゃっと歪んで、溜まっていた涙がついにこぼれてしまった。

 焦った俺はふしぎなおどりを踊った。当然ながら効果はなかった。


「なまえ、ない」

「…え?」


 わたわたとみっともなく首を上下させていた俺は、予想外の言葉に思わずぴたりと動きを止める。


「ない。もりのかみさまのくもつになるから、どうせいなくなるからなまえはいらないんだって。ささげものになまえはいらないだろうって」

「……」


 言葉が出なかった。

 だって、この子の言うことを言葉通りに受け取るなら、この小さな子供は今までずっと、居もしない神様の生贄にされるためだけに生かされてきたことになる。


 まさか、そんなことがあるだなんて、思いもしなかった。まだ親に甘えたい盛りだろうこんな小さな子が、森に捧げられるためだけに生かされていたなんて。

 人の業が、そこまで酷いものだったなんて、思いもしなかった。


 ひ、と小さな声が狭い洞窟に反響した。はっとして視線を落とせば、そこで幼い女の子が、声を殺して泣いていた。煌びやかな服を着た小さな女の子が、ぎゅっと体を縮こまらせて、声を殺して泣いていた。

 この歳の子供らしくない泣き方に、胸が痛む。こんな泣き方しかできなかったんだろう。守ってくれる大人のいない中で過ごすのは、どんなに辛かっただろうか。


「……そっかぁ。じゃあ、俺が名前をつけてもいいかな」


 頭の奥の方がすっと冷えた気がする。冷静になったんじゃない、許容量を超えた怒りとやるせなさが原因だ。


「……なまえ?」

「うん。つけてもいい?」

「……いいの? くれるの?」

「もちろん。でも今は、ゆっくりおやすみ。起きるまでに、とびっきりのお名前を考えておくから」

「……いなくならない……?」

「ならないよ」

「……ぜったい?」

「絶対。だから、安心しておやすみ」


 ああ。この世界に生を受けて初めて、この体を憎むよ。硬い蹄じゃ、汗をかいて額に張り付いた髪の毛を避けてやることも、震える子供を優しく抱きしめてやることもできやしない。

 せめてこの気持ちが伝わるように、ぽろぽろと転がり落ちる涙を優しく舐め取る。塩味に混じって、干し草の香りがした。


「……やくそくよ?」

「うん」


 念を押す子供に優しく頷いて、もう一度涙を舐め取る。小さな指が縋るような動きをしたけれど、結局何もつかめないままキュッと手を握って小さな拳になった。手を握ってやれないことがひどくもどかしい。


 限界だったのだろう。まるで気絶するかのように眠りに落ちた幼子の表情は安心しきっていて、それだけが、せめてもの救いだった。


「……はぁ。困ったことになった」


 くぅくぅと寝息を立てる幼児を前にして、思わず心の呟きが漏れる。

 あんまりにも理想的な存在だったので思わず連れて帰ってきてしまったが、まさかこんな重い過去を背負っているとは思わなんだ。俺の手に負えない。


「あ~~~~これはマズい。アテが外れた……」


 そう。この子を見つけた時、光源氏計画だなんだと浮かれていたが、当初の予定では「大きくなったら迎えに行くよ」とかなんとか言い含めて人里に帰す気満々だったのだ。流石に馬の身で幼児を育てられるなんて自惚れてはいない。俺そこまでハイスペックじゃない。

 とりあえず2、3日様子を見て、特に問題がなければ一旦人里に返して、時々経過観察を兼ねて会いに行きながら14、5歳になるまで待って、徐々に徐々に愛を育んで行こうとか思ってたのに。


 こんな森にドナドナされてるくらいだから孤児か何かだろうとは思ってたけど、まさか名無しだとは。この分じゃ人里に預けるのも考えもんだろうなぁ。この世界のアルビノ個体に対する認識って、俺が思ってたよりヤバイのかもしんない。それにだ、この状態だと人間不信に陥ってる可能性も大いにあるぞ……。


「……はぁ……どうすっかなぁ……」


 思わず遠い目をしてしまう。

 この流れだと、ウサ耳幼女は俺が育てなければならない。最終的に人里に返すとしても、しばらくは面倒を見る必要があるだろう。いなくならないって約束しっちゃったし。

 となると、食べ物と住む場所はなんとかなるが、着るものがない。まさかこんな晴れ着を普段着にしろなんて言えないし、こんな森の中で動き辛い晴れ着来てるとか自殺行為以外の何物でもないし。……というかこんな幼子が料理なんてできるとはとても思えないんだが。しかも俺、馬だし。アッ、となると食も危ういのか……。


 ああ……魔法の存在するファンタジーな世界だってのに、ままならないなぁ……。


 ………ん? 待てよ?


 はたと思いついた妙案に、俺の馬面がニンマリとほくそ笑んだ。はたから見たらきっとすごく恐ろしいことになっていたと思うが、幸いにもこの場所にそれを見咎める者は居ない。


 そうと決まれば実行あるのみ。

 んっんんっと意味もなく喉の調子を整えてみたりして、いざ。


「テク○クマヤコンテ○マクマヤコン、素敵なイケメン青年になぁれ!!」


 ……このネタ、若い子に通じるんだろうか。


「おっ!?」


 呪文はただのノリとテンションで叫んだが、魔法自体はちゃんと段階を踏んで発動していたので問題はない。アニメみたいにオーラは出なかったが、体内の魔素が変質していくのがわかる。よし、成功!


 そう、今まで使う必要と意味がなかったからすっかり忘れていたのだが、実は俺、変身できるのだ。


 というか、そもそも魔素生命体は理論上自在に姿を変えられる。元々の本質が決まった形を持たないエネルギー体だったので、受肉しても肉体の結合が弱いのだ。確かに動物の胎から産まれてるのに「生物のカテゴリに入るかどうか怪しい」なんて言ったのは、こういうワケ分からん性質を持ってるためだったりする。


 まぁ実際は簡単に変身なんかできないがな。俺は前世の記憶を持ってて、人間の体の細かい造形や動かし方を知ってるから、人間になら変身できるだけで。

 本来ならしっかりしたイメージもなく変身なんかできないのだ。せいぜいが体の一部を変形させたり、某ゴム人間みたいに伸び縮みさせたりできる程度である。いや冷静に考えればそれもいろいろとツッコミどころありすぎるんだけれども。


「おおおっ!? 中々いいんじゃねーの?!」


 何はともあれ、思いつきは上手いこと行ったらしく、俺は無事ヒトの姿を手にいれた。久々に見た象牙色の肌がまぶしいぜ……。イケメンかどうかは、鏡なんてもんを持ってないので確かめようがないが。


 とりあえず、手始めに地面から離れて自由になった腕を振り回してみた。おお、この感覚だ、この感覚。久々だなぁ。ビバ2足歩行。強制的に変化した所為で筋肉痛的なダルさはあるが、そんなに気になる程でもない。


 衝動ままに、その辺をふよふよ浮かんでいる光の玉に手を透かしてみたり、体をぺたぺた触ってみたりと久々の人間の肉体を思う存分堪能する。ちゃんと血潮も流れててあったかいし心臓だって鼓動してる。何より全身をびっちり覆う毛がない。あ、でも俺の前世は日本人だった気がするのに、光に透かした肌は妙に白くて、それが少しだけ不思議だった。あとなぜか髪の毛も白くて長い。今の肉体が白馬だから、もしかしたらそれが影響してるのかもしれない。


 ひんやりとした洞窟の土が素足に気持ちいい。柔らかい肉が固い土を踏む感触がなんとなく新鮮で、その場で軽くジャンプしてみた。うむ、すごく久々だけど案外体の動かし方とか覚えてるもんだ。というか、よくよく考えたら俺って今までずっと中指だけで立ってたんだよなぁ……。なんか妙な気分。


「うぅん……」

「!」


 感慨にふけっていた俺の耳に小さなうめき声が聞こえて、それでハッとした。そうだった、人の体にはしゃいでる場合じゃなかった。


「ごめんごめん、とりあえずその重そうな服だけ脱がしちゃうねー。別にやましくなんてないよ、子供のお世話するだけだよ、俺ペド野郎じゃないよ」


 誰に言っているのか自分でもわからないが、なんとなく良心の呵責に従って言い訳を口にしておく。言わねばならない気がした。光源氏計画だなんだと言ってはいるが俺が好きなのはボンキュッボンのグラマラスなお姉さんだ。オトナの色気と包容力を存分に兼ね備えた年上のお姉さんだ。美少女とはいえ幼児は守備の範囲外なのだ。成長後はやぶさかではないが。


 寝ている幼女を起こさないように小声で言い訳を並べ立てながら、そっと傍に膝をつく。俯いたら長い白髪が顔にかかってちょっとうっとおしい。


 そこではたと気付く。


 あ。俺、今、全裸だ。


「……」


 オゥケィ、一旦落ち着いて状況を客観的に見てみようじゃないか。


 現状。全裸の成人男性が、顔を真っ赤にし衰弱した幼女(頬に涙の跡付き)の服に手をかけてひん剥こうとしている図。


「……………これは非常事態、これは非常事態、だから仕方ない、仕方ないんだ。俺にやましい気持ちは何もない。いいな、やましい感情は何もないんだ」


 俺のターン! 魔法の言葉「非常事態だから仕方ない」を発動!! どこからどう見ても通報物件な現状の緩和を試みる!!


「……違うんだ、違うんだよ、長らく馬の姿で過ごしてたからこう、着衣的な感覚をなんというかそう、忘れてたんだよ、忘れてただけなんだ。ほらアレだ、ずっと眼鏡かけて生活してたら眼鏡かけてるの忘れて眼鏡のまま顔洗っちゃったり風呂に入っちゃったりするアレだって、あるじゃんそういうことってさ、な、だから俺悪くない、俺は何も間違っていないぞ……!!」


 ウサ耳幼女を起こさないよう小声で、でも口に出さなきゃいけない気がして、必死こいて弁明を図る。誰に弁明してるかって? 俺が訊きてぇよ!


 ……ああ! ここが地球じゃなくて、本当に良かった!!!!

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