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魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
8/8

本当の異界の門

12/11週末のうちにもう一話上げようと焦ってしまい、ミスや穴が多くなってしまいました。表現や一部の設定を修正しました。

12/13一部表現を直しました。単に自己満足の為の再修正で申し訳ありません。

「なんだここは?」

「ここが本来の異界の門だにゃ」

 転移した瞬間に騒音が襲ってきた。

 そこは東京ドームほどもある窓のない巨大空間だ。

 派手な色のテントを張った屋台風の店が、迷路のような通路に沿ってびっしりと建ち並んでいる。

 夕暮れ程度の明るさの中で屋台の照明が揺らめき、どの通路にもたくさんの人が行き交っている。それらの人々の話し声や店の呼び込みの声、雑踏の音が煩いほどだ。

 所々に大きく枝葉を広げた巨木があり、その枝が空中で絡み合って道を作っている。枝先にはソフトボールほどの大きさの楕円形の葉が茂り、その葉がほのかな緑色の光を放っていて幻想的で美しい。巨大な幹には螺旋階段が巻き付き空中の枝の道へと繋がっている。

 枝を土台にして上空には飲食店らしき店が数多くある。騒音に混じって上空の店から聞き慣れないエキゾチックな音楽が流れてくる。

 異界のお祭り広場の宵。ここはそんな美しくも賑やかで、そして郷愁を感じさせる場所だ。

「葉が光っていて凄い綺麗な木だけど、この木、何という名前だラミナ」

 証が木を見上げながら訊くと、ラミナも同じように木を見上げている。

「マジックツリーにゃ。この木は稀に種で売っているにゃ。でも高いにゃ。安くても種一個で五百ポイントはするにゃ。この木は魔力で育つにゃ。だから種を植えたら魔力を注ぐにゃ。ここの木のようににゃるには、育てたい木のイメージを共有しにゃがら何十人もの人が魔力を注ぐにゃ。これだけの木ににゃるには何ヶ月も魔力を注ぎ続けるにゃ。木が育つと周囲の魔力を吸収して葉が魔法の光を灯すにゃ」

 マジックツリーか、いつかギルドハウスを手に入れたら植えてみたいものだ。

 道を歩く人は千差万別だ。エルフと思われる耳の尖った細身の人。横幅と背丈が同じほどの筋肉質で毛深い彼らはドワーフだろうか。子供のようなあの人は映画などで見たホビットという種族か。二メートルを数十センチ超えるだろう体格の良い人が五人揃ってこっちに歩いてくる。こんなに背の高い人を見たのは初めてだが、百九十センチ近くの身長がある証から見てもまるで壁が迫って来るようだ。ラミナに似た猫耳やウサ耳の人も見かけた。人間と思われる人もいるが東洋的な顔付きの人はあまり見ない。

「こっちにゃ」

 周囲の情景に見とれている証を誘い、ラミナがこの丸い構造物の中央部に進んでいく。

 そこにはこの場所で一番大きいと思われる巨大木が聳えている。木の周囲を囲うように丸いカウンターがあり、明るい照明の中で十人ほどの赤いベストのベンダーが探索者に応対している。

 ベンダーと探索者のやり取りを聞いていても言葉が全く理解出来ないし、証が一度も聞いたことの言語だ。多分これは異界の言葉で、ベンダーと話しているのは異界人なのだろう。

「ラミナさんじゃない。いらっしゃい」

 人間に見える女性だ。ラミナに親しげな声を掛けた彼女は隣にいる証に訝しげな視線をくれた。

「ギルド登録とギルド口座開設にゃ。ギルドマスターはこちら。うちのご主人様の証さんにゃ。構成員はうち、ラミナにゃ」

 ベンダーが驚きで目を見開いた。

「ラミナさんが使い魔になったのは本当だったんだ。異界の開拓者と二つ名のある、しかも貴重な妖精族のラミナさんがどうして?」

 ベンダーが証に殺意ともとれる敵対心を露わにした。

このベンダーにとって、ラミナは探索者として一流の人であり憧れの先輩ベンダーだった。その人が奴隷やペットのような使い魔になったことはとても悲しく受け入れ難い事だった。それだからこそ、尊敬しているラミナを思い通りに操っているだろう主の証は、許せない存在なのだ。

 ベンダーの証に対する態度を見たラミナが唸るように威嚇した。

「うちのご主人様に失礼なことをすると許さにゃいにゃあ」

 その声を聞いた瞬間にベンダーの顔が青ざめた。

「し、失礼しました。お許し下さい」

「ちゃんと仕事をするにゃ」

 ラミナが厳しい声音で言った。

「はい。こちらに必要事項をお書き下さい」

 緊張した様子で恭しく差し出された書類だったが、そこに証は書かれた字が読めなかった。

 その書類を横目で見たラミナが再び声を荒げた。

「地球の、日本語の書類を出すにゃ」

「えっ? 地球ですか」

 ベンダーは意想外の事に固まっている。

 証はこの一連のやり取りに疑問を持った。後でラミナに訊いてみよう。

「さっさとやるにゃ」

 新たに出された書類は違えず日本語だった。

 事前にラミナと相談して、ギルドの名前はデスティニーに決めていた。魔法の書に出会った事にも、ラミナが使い魔になった事にも不思議な運命を感じていたからだ。この後も良い運命と巡り会いたいとの願いも込めた。

 証としてはギルドマスターが自分である事には抵抗があった。何せ証の戦闘力はラミナの足下にも及ばないのだ。

「うちは証さんの使い魔にゃ。使い魔がご主人様の上ににゃることはにゃいにゃ。絶対に駄目にゃ」

 それでも納得いかない証だったが、ラミナが思いも掛けないことを言った。

「うちはご主人様と戦っても勝てないにゃ。うちが負けるにゃ。だから証さんがギルドマスターで何の不都合もにゃいにゃ」

 そんな事があり得る訳がない。証ではラミナの剣筋はおろか体の動きさえ目で追うのが困難なのだ。そんな相手に勝つなど不可能だ。

「狩りを終えたら訓練するにゃ。そうすればうちの言うことが本当だと分かるにゃ」

 押し切られた形でギルドマスターは証に決まったのだった。

 この日の稼ぎは一千二百七十八ポイント。六百四十ポイントをギルド資金として積み立て、三百十九ポイントずつを証とラミナが受け取った。四分の一でも証一人で狩りをしている時より多いポイントが手に入ったのは、ひとえにラミナのお陰だ。

「証さん、店を見るかにゃ?」

「そりゃあ見たいよ」

「じゃ店を見てから上でご飯を食べるにゃ」

 店を見るのも楽しみだし、異界の食べ物がどんな物か、少し不安もあるが期待も大きい。

 ラミナは気分を切り替えたようで、明るい表情に戻っている。

 自分の事でかなりの剣幕で怒っていたので、機嫌が直って安心した証だった。

「ここではすべてポイントで払うにゃ。美味しい物も珍しい物もいっぱいあるにゃ」

 それにしても大小たくさんの店がひしめいている。

「店をやっているのはやっぱり異界の人か」

「そうにゃ。地球人が何か売っているのは見た事がにゃいにゃ」

 呼び込みの声は理解出来ない言葉だが、その人と面と向かうと不思議なことに言葉が日本語になる。

 証はさっき持った疑問を口にした。

「ラミナ。さっきベンダーの言葉は理解出来たのに、どうしてギルドの設立申込み書の文字は読めなかったんだろう? それにさっきのベンダーは俺が地球人であることに驚いていたから、日本語を話していた訳ではないと思うんだ。でも彼女の言葉は日本語にしか聞こえなかった。これはどういうことなんだ?」

 ラミナは証の疑問に納得したように頷いている。

「ここのベンダーや出店でみせの売り子の言葉は心話みたいにゃ魔法がかかるにゃ。自分の話している言葉が、対面している相手の言葉に自動的に変換されるし、相手の言葉も自分の話す言語に変換されるにゃ。それはベンダーや売り子個人の能力じゃにゃく、ベンダーや売り子がこの空間にいる時だけ得られる魔法にゃ。でも文字は変換されにゃいから読めにゃかったにゃ」

「それじゃ、ラミナがベンダーを辞めた今でも会話が成立しているのは何故なんだ?」

「それはうちがご主人様の使い魔ににゃったからにゃ。使い魔契約による魔法にゃ。口の形も魔法の力で自然に見えるにゃ」

 そうか。不思議ではあるが筋は通っている。

 あちこち見て回っていて気が付いたが、売り子には結構素人っぽい人もいるし、フリーマーケットのような手作り感満載の商品を置いた店もある。

「もしかすれば、ここでは誰でも店を出せるのか」

「そうにゃ、場所代を払えば精算機を貸してくれるから、誰でも店は出せるにゃ」

 精算機はベンダーではいつも見ている。カードで買い物をするときのカード読み取り機位の大きさの金属製の箱だ。そこに手をかざせば狩りの収入がポイントとして入金され、頭の中に数字が現れ確認できる。買い物の代金などを支払う時も同じだ。

 ラミナの説明によれば、ここで買い物をしたり飲食をしている殆どが異界人の探索者だと言う。

 異界人の多くは魔法を使える。魔法を操れて戦闘能力が高い者の中には探索者の道を歩む者がいる。異界の探索者はここ、異界の門から様々な狩り場に転移し、ここで狩りの成果をポイントに変換する。そしてここで買い物をしたり食事などをする者が多い。

「でもにゃ、異界人が転移出来にゃい場所があるにゃ。それは地球にゃ。地球の魔力は異界とは違うから、異界人では地球との門を開く魔法が成立しにゃいにゃ」

 総ての異界には魔物がいて魔法があるが、地球の魔力は特殊なので地球に魔物は発生しないし魔法を持っている人間もいない。

 しかしごく稀に、地球の魔力を使うことが出来る地球人が生まれる。そうするとその者の魔力によって魔法の書が発生する。魔法の書は結びついた者が死なない限りは、いつかその者と出会う力を持っている。魔法の書と出会った地球人は力を得て探索者となる。

 異界人が地球に行くことが絶対に不可能な訳ではない。その方法の一つが地球人の使い魔になることだ。使い魔になれば主との魔力の繋がりを得るから地球への転移が可能になる。

 制限付きで良ければもう一つ方法がある。それは地球人とパーティーを組むか、地球人がギルマスのギルドに入ることだ。その場合はパーティーを組んだ地球人、もしくは地球人のギルドメンバーの近くにいなければならない。もし離れてしまえば徐々に魔力が枯渇し、やがて消滅してしまうことになる。消滅は死でもあるが、地球に存在しない物として文字通り消滅してしまうのだ。

 歩く人の多くは武装しているが、軽い服装の人も結構いる。ここで働いている人か買い物客だろうか。彼らもしくは彼女らの中には武器を持っていない者も多いところを見れば、この場所は治安は良いのだろう。

出店でみせには証が興味を惹かれる品物がたくさんあった。

「ここはベンダーと比べて値段はどうなんだろう?」

「ベンダーはいつも適正価格にゃ。ここにある出店では高い物もあるし、逆にお買い得品もあるにゃ」

「それじゃ、ここにある店で魔石などを売ることも出来るか? もしかすればベンダーより高く売れる可能性もあるんじゃないか」

「ああ、それにゃ。魔石だけは異界の門のベンダーに売ることが義務付けられているにゃ。異界の門は主に魔石売買の収益で成り立っているにゃ。魔物のドロップアイテムはどこで売っても良いけどにゃ、魔石だけは他で売るのは止めた方が良いにゃ。バレたらここへの出入り禁止にゃ」

 ラミナはニャと笑った。猫顔にその笑いは似合いすぎて逆に怖い。

「それはヤバイ」と、証も首をすくめて笑った。

 武器屋、防具屋、魔道具屋、雑貨屋、細工師の店、錬金術の店、洋服店、鍛冶屋、食品店、万屋、そして不要品を売りに一時的に店を出す者。兎に角何でもありだし、盗品があっても不思議ではないそうだ。

「女が買える店もあるにゃ。ご主人様も行くかにゃ?」

 確かに興味はあるけど、ラミナを前にしてさすがに行けないな。ラミナがいなければ?

「いや、行かないぞ」

 証はきつい顔でそう言った。

「行ってきて良いにゃ。トイレの匂いが何かは分かっているにゃ」

 証の顔が赤くなったり青くなったりした。恥ずかしくて身の置き所がない。

 知られていたとは…… 換気扇は事前も事後も回しっぱなしだったが、ラミナの鋭敏な臭覚を侮っていた。

「うちなら只なのに」

 ぼそっと言った小さな声が証の耳に届いた。

 ラミナは不機嫌な顔をしているが、これはしかし三十五にして持て余す○欲が復活した証にとっては、徐々に水が溜まって溢れるような単純な事でもあり、同時に対応に困る非常に複雑な問題でもあるのだ。身近で済ませて良い事ではない。

「上には宿屋も有るにゃ」

 そうも言ったが、有難いことにラミナはさっぱりした性格だ。

「見つけたにゃ。あれは美味しいにゃ」

 次に興味を示したのは食べ物だ。ラミナはリンゴ飴のような、棒の先に赤く丸い飴が付いた食べ物を二本買ってきた。甘酸っぱいだろうとの予想に反して、外の飴状の部分は甘く中は苦めのミルクコーヒーのような味だ。

「これ美味いな。外の甘さと中の苦さが混じって、濃いめのカフェラテみたいな味だ」

 ラミナの好きな食べ物があって助かった。

「そうにゃ、美味いにゃ。カフェラテもどっちも美味いにゃ」

 ラミナらしい感想だ。

 ラミナは間もなく自分の飴を証に渡して寄越した。両手にリンゴ飴のような食べ物を持って歩きながら舐めているのは、かなり間抜けな図だ。これちょっと恥ずかしいなと思いながら歩いていたら端っこの方まで来ていた。

 その時、先を歩くラミナから心話が来た。

『止まるにゃ』

何だろうと思って証は立ち止まった。

『うちの左後ろに雑多な物を置いてる店があるにゃ。そこにある剣が分かるかにゃ』

『ああ、あの黒いやつな』

『そうにゃ。店の人に断ってからあれを抜いてみてにゃ。他の物を見にゃがら、さりげなくにゃ』

 ラミナは少し離れた店の品物を見ている。良く分からないが言われた通りにしてみよう。

「見ても良いか」

 証は出来るだけぞんざいに訊いた。

「良いぞ」

 返事もぞんざいだった。

 証はナイフを手に取った。柄にかなり凝った細工が施されたナイフだ。古いけれど飾っても良いくらい精巧な彫りだ。

「これどれ位する?」

「んー、四ポイントでどうだ?」

 安いと思ったが、証は悩む風を装った。

「剣も見るぞ」

 五十代くらいの風采の上がらない男は何も言わないで頷いた。

 鞘も柄も鍔も全部黒く、装飾など何も無い反りのある長剣だ。抜こうと柄に手を掛けるとしっかりと手に馴染む。引き抜いた刀身も黒い。これは何の素材だろう? 光をはね返さない闇のような黒だ。刃先近くが少し細くなっているが反りが少なく片刃で日本刀に近い。片手で軽く振ってみると、何とか扱えるかな? と疑問符が付く。両手で持った方がしっかり振れる。

 証はラミナが見える方に剣を向けた。

『わかったにゃ』

 証は剣を鞘に収めて元の場所に戻した。

『その剣の値段を訊くにゃ』

 ラミナの心話は熱を帯びているように聞こえる。

「この剣は何ポイントだ」

「兄さん買ってくれよ。安くしとくからよ。何か売らなきゃ所場代が払えないからよ。どうだ三百、いや二百九十で。安いはずだぞ」

『買うにゃ、安いにゃ、直ぐ買うにゃ』

 ラミナが焦っている。

「よし、おっちゃんの為に買ってやるか」

 男が満面の笑みを浮かべた。

「そうか、兄さんはいい男だ」

 その時、目立たないところに転がっている野球ボールくらいの半透明のガラス玉が目に留まった。

 手にとって見ると中に様々な色の燦めきが見える。

「おっちゃん、この玉と短剣を付けて三百ポイントでどうだ」

「そんな玉あったか? 何かに紛れていたんだろうか?」

 男は証から玉を取って不思議そうに見たが、すぐに返した。

「良いぞ。三百ポイントだ」

 おっちゃんはご機嫌だ。

 証は精算機に手をかざし支払を済ませた。

 買った物を手に証はそそくさとその場から離れた。

「この剣がどうかしたのか?」

 店から離れたところで訊いた証の手から、ラミナが奪うように剣を取った。こんな所で抜刀することは出来ないので、少しだけ鞘から引き抜いて刀身を確認したラミナが興奮気味に言う。

「ご主人様は目がないにゃ。これはとても良い剣だにゃ。これでご主人様の武器の心配はにゃくにゃったにゃあ」

 ラミナは何かを食べている時のような満足顔だが、証にはこの変哲のない剣が良い物には思えなかった。

「これそんなに良い剣なのか?」

 ラミナに呆れられたのは致し方ないところだ。

「これはシャドーカイトの角で作られた剣だにゃ。こんな所で売られているなんて信じられにゃいにゃ。とても珍しい素材で、アサシンの間では数万ポイントで取引されていると聞くにゃ」

「数万!?」

 口が開きっぱなしの証だ。

 一ポイントは九百円から一千円の間くらいの価値で、日本円に交換すると五、六百円になる。だから一万ポイントで九百万円から一千万の価値で,日本円に換金すると五,六百万円になる。数万ポイントだと数千万の価値なのだ。

「えー!? そんなに高価な剣か。それじゃ俺、安く買い過ぎたんじゃないか?」

「そんなことにゃいにゃ。相手が決めた値段だからにゃ、他の人が買っても同じ値段かもっと叩かれるにゃ。それににゃ、価値の分かっている者に使ってもらえば剣も喜ぶにゃ」

 そんなものか? でも、証もこの剣の価値が分かってないんだけど……

 証が何の装飾もない無愛想な黒い剣を見ていると、ラミナの視線が移った。

「その玉も買ったかにゃ?」

「うん、あそこで剣と一緒に買ったものだ」

「それには気が付かなかったにゃ。おかしいにゃあ?」

 ラミナは玉を手に取りながら、不思議だと頭を傾げている。

「うちがこれに気が付かにゃいはずはにゃいけどにゃあ?」

 そして言った。

「これは使い魔の卵にゃ」

「これが? マジか」

 ラミナと使い魔の契約をしたときに、本当はこんな物を手にするはずだったのか。勿論ラミナで良かったと思っているのだが。

「ご主人様の使い魔はうちだから、ご主人が持っていてもこの卵は孵らにゃいにゃ。うちも使い魔だから使い魔を持てにゃいにゃ。この卵から出ている光はとても良い光にゃ。うちはこんにゃに綺麗な卵を見たことがにゃいにゃ。きっと良い使い魔が生まれるにゃ」

 ラミナがそこまで言うくらいならかなり期待できる。信頼できる仲間が出来たら譲るのも良いかもしれない。この異界の門でこの卵を託せるような仲間が早く見つかれば良いのだが。

 二人は大木を取り囲むような螺旋階段を上がって、テラス席の食堂に座った。何らかの魔法効果があるのだろう、ここには下の騒音がほとんど届かない。

 シタールのような音、篠笛に似た柔らかい笛の音、ボンゴのような打楽器の音が奏でる静かな曲がどこからともなく聞こえてくる。

 上にも下にも巨大木の葉の緑色の柔らかな光が揺れ、点在する飲食店の明かりが妖しい光を放っている。

「ここが本当の異界の門か。良い場所だな」

「気に入ったかにゃ?」

 証は黙って頷き、しばらくこの場の雰囲気を味わった。

「そういえば、さっきは何であの店から離れていたんだ?」

 証はワイルドボアのステーキを、ラミナはホーンラビット、ティンバーウルフ、ジャイアントリザードの三食丼を注文した。

「うちが妖精族だと知られたら、うちが興味を持った品物が高くされるにゃ」

 ラミナが不満げに言う。

「えっ、どうしてそうなるんだ?」

「妖精族は鑑定能力があるにゃ。だから妖精族が欲しいと言うと、価値ある物だと思われて値段を上げられるにゃ」

 それは何とも便利で不自由な能力と言うか、妖精族とは優秀過ぎて損な種族だ。

 ワイルドボアのステーキは豚肉より濃厚な味で美味しかった。ライスがあるのには驚いたが、味は日本のものよりかなり落ちる。透明なスープと、見たことの無い青野菜はどちらもかなりいける。

 ラミナは証の料理もつまみ食いしながら、例によって美味い美味いと言いながら幸せそうにしている。

 ラミナが残したホーンラビットは鶏肉のような味で噛み応えがある。ティンバーウルフは赤身の肉で牛に似た味だ。ジャイアントリザードは白身の肉で鶏肉とカニの身を合わせて二で割ったような食感だ。何れも調理の仕方が上手いのだろうが癖がなく美味しかった。

 異界料理は辛い物や濃い目の味が多いが、かなりレベルが高い。美味しい美味しいと、ラミナと同じになりそうだ。

 異界の音楽に耳を傾けながら、食後のミルク入りのハーブティーを飲んだ。それが何故かコーヒー味だ。これは癖になりそうな飲み物だ。

「これ何というハーブか知ってる?」

「ダンデライアンだにゃ」

「えっ、ダンデライオン?」

 タンポポはコーヒーの味がするって言うけど?

「それ英語じゃないか?」

「何言ってるにゃ。ダンデライアンはトレンポ語にゃ。異界の言葉にゃ」

 英語のタンポポと発音が似ているなのは不思議だけど、ダンデライアン茶お代わりだな。

「ブラブラニーも二つ持って来てにゃ!」

 二人で追加注文した。

「ん? ブラウニー?」

「違うにゃ、ブラブラニーだにゃ。トレンボ語にゃ。妖精族のお菓子だにゃ」

 うーん、不思議だ。確かブラウニーは妖精の名前でもあったはずだ。このお菓子はブラブラニーだけど。

 こうして食後にミルクコーヒーもどきを飲んで、チョコレートのような味に木の実の入った焼き菓子を食べた。

 そのケーキの味はやっぱりブラウニーだった。

「美味しいにゃ」

「うん、美味しい」

店の外を虎耳風の男が歩いて行く。

「なあラミナ。あの人もだけど、ラミナみたいな頭の人は皆妖精族か」

「違うにゃ、あれは麗人族にゃ。今日ここにはうちの他に妖精族はいないみたいだにゃ。妖精族は人数が少ないにゃ。妖精族の探索者は地球人の探索者より少ないにゃ」

「そうか。でも悪いけどさ、俺には妖精族と麗人族の違いが分からないんだけど」

 ラミナは困った顔だ。

「魔力が違うからすぐに分かるにゃ。これからの訓練で分かるようになるにゃ」

 そう言うとラミナは立ち上がった。

「それににゃ」

 そう言うとラミナはテラス席の手摺りを飛び越えた。

 落ちる! と驚いた時にはラミナが浮き上がってきた。その背中に透明に光る蝶の羽根が揺れている。

「えー!?」

証の驚きを余所に、木の枝の空中回廊の辺りを飛び回っている。

 周囲の人もラミナが飛んでいる姿に羨望の眼差しを向けた。

 一頻り飛んだラミナは元の席に着地した。

「妖精族は飛べるにゃ」

「羽根があったし……」

「そうにゃ、見るかにゃ」

 ラミナはブラブラニーを食べながら羽根を出した。それはまるで光の羽根だ。着ている衣服も、座っている背もたれも貫通してゆっくり揺れている。手を伸ばして確認したが何の触感もない。

「魔法の羽根だから触れられにゃいにゃ。こんな小さな羽根で飛べる訳にゃいにゃ。魔法で飛んでるにゃ」

「それだったら羽根は必要ないってことか」

「羽根は様式美にゃ」

 口いっぱいにブラブラニーを頬張ったラミナから、様式美と言われてもなあ。証は笑ってしまった。

「可笑しいかにゃ?」

「いや、ラミナは可愛いなと思ったんだよ」

「そうかにゃ」

 ラミナは単純に喜んでいる。

 ゆっくり休んだ後に、ベンダーから訓練場を借りいよいよ訓練になった。

「うちはご主人様に勝てにゃいと言ったにゃ。それが本当か、やってみれば分かるにゃ」

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