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魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
7/8

ラミナの実力

 ところがだ、朝目を覚ますと隣に猫頭のラミナが寝ていた。証の腕がラミナを抱きかかえ、手がお尻の素肌に触れていた。尻尾もある。

 布団の中を覗いてみると、大丈夫、安心して下さい。ちゃんとパジャマは着ている。それじゃこの手は? 大丈夫じゃなかった。証の手はラミナのパジャマのズボンの下に入っていたのだ。

拙い。証は手をそっとパジャマの下から引き出した。少し未練はあった。

 続いてラミナの下になっている腕をそっと引き抜こうとした。

「起きたかにゃ。おはようにゃ」

「うん、おはよう」

 証は朝のウェークアップ状態になっている下半身を離すと、勢いよく起き上がりながら尻の方をラミナに向けた。そしてトイレへ駆け込んだ。

 うーん、これはヤバイ。本格的にヤバイ。

 証の今の体力は一番元気があった高校生の頃を遙かに凌駕している。ラミナと同衾では賢者ではいられない。

 トイレに座りながら考えた。取りあえずここはダンジョンに逃れるべきだ。本来のダンジョンに入る目的と乖離しているように思うのだが仕方ない。 

 風呂に入って着替えた証は朝食の準備を始めた。今日は休みだからご飯だ。タイマーをセットしていたのでもう炊きあがっている。 味噌汁に納豆、サワラの粕漬けを焼いて、菜の花のわさび醤油和えを添えて完成。

 二人分作るのは何だか新鮮だ。

 丁度良くラミナが風呂から上がってきた。

「美味しそうにゃ」

「いただきます」

「いただきますにゃ」

 いただきますは昨日教えた。一晩寝ても忘れなかったようだ。というかラミナは頭脳は明晰だと思う。ベンダーだった頃から証の質問に何時でも的確な答えを出してくれていた。そんな賢いはずのラミナが子供のように証の布団に入り込んで来るのは何故だろう。理由は兎も角、同衾は非常に困る。

「これはどうやって使うにゃ?」

 使い方を教えたが、予想していたように箸には難渋している。フォークにするかと訊いたが、箸を使えるようになりたいらしく、証を見ながら何とか食べている。

「この魚、美味しいにゃ」

 納豆はきっと食べれないだろうと予想外していたが、そうではなかった。美味しい美味しいと言いながら食べている。やはり半分以上は残したのでそれは証が食べた。

 探索者となってからは太る心配をしなくても良くなったので、証は喜んで残飯の整理をしている。

 食後にソファーに座ってコーヒーを飲みながら話をした。

「ラミナ、どうして俺の布団に入ってきたんだ」

 ラミナはどうしてそんなことを訊かれるんだろうと言うような、キョトンとした顔をしている。

「だって一人だと寂しいにゃ」

 んー、寂しいか。これは反論しにくいところだが、このままでは俺の理性が保たない。

「ラミナ。俺は男なんだから、ラミナと一緒に寝る訳にはいかないから」

 難しい顔で何かを考える様子のラミナだ。

「どうしてにゃ?」

 そうきたか。

「ラミナはさ、大人なんだでしょ?」

「何言っているにゃ、うちは百九歳にゃ。長命の妖精族でも百歳を超えたら大人にゃ。立派な大人にゃ」

 百九? 妖精族って一体幾つまで生きるんだろう? それは保留して。

「だったら大人の男と女が一緒に寝るって事がどういうことかは分かっている?」

 ラミナはどうやら怒っているようだ。

「うちは子供じゃにゃいって言ったにゃ。うちはご主人様と番いににゃることを覚悟してご主人様の使い魔ににゃったにゃ。うちが嫌いにゃらそう言ってにゃ」

 ラミナは泣き出した。わずかにピンク色が混じった銀色の毛に涙が流れ、膝の上に落ちてシミを作っている。

 証はラミナの頭を引き寄せて胸に抱いた。そうして頭を撫でた。

「ラミナはとても綺麗だし、好きだよ。でもラミナのことを大事に思っているから軽い気持ちでそんなことは出来ないんだ。俺とラミナは昨日暮らし始めたばかりだろう。一緒に色んな事を経験して、お互いのことを知って、もっともっと好きになりたいんだ。だから、ねっ、もっと時間を掛けてゆっくり深く好きになろう。いいね」

 ラミナはしばらく泣き続け、その間、証はずっと頭を撫でていた。少しずつ落ち着いてきた様子だったラミナが泣き顔を上げた。そして証の左手を取った。何をするのだろうと思っていたら、口元に手を持っていった。猫だから舐めてくれるのだろかとの予想に反して指に鋭い痛みが走った。

「うっ」

 証は思わず呻いた。ラミナは証の小指を咬んだのだ。

「これで許してあげるにゃ」

 小指の第三関節の上の皮膚が深く抉れていた。止血はしたが、治療の魔法は禁止された。

 仕方ないか。自分の小指の痛みを感じ、前方を行くラミナの心の痛みを思いながら証はダンジョンを進んでいた。

 そのラミナの装備は少し驚きだった。白い小袖に緋袴。巫女服そのものなのだが、上半身には胴丸のような黒い防具を装着し、黒い籠手を着けている。緋袴の裾には黒い臑当てが装着され、履き物は黒い編み上げブーツだ。額には黒い鉢金を装着しているが、これにもきっと頭部から顔面、首までを守る魔法が組み込まれているのだろう。

「それがラミナの防具か? 布のような素材に防護力はあるのか」

 まだちょっと不機嫌なラミナだ。

「これは妖精族の神聖にゃ戦闘服にゃ。シルクスパイダーの糸を紡いだこの服は刃物でも切れにゃいし、魔法防御も強力にゃ」

 そして武器は薙刀だ。刀身が五十センチ、全長百八十センチ程で刀身の反りは少ない。この破壊力のある武器で、一階層から四階層までラミナは一人で全ての魔物を倒している。証は魔石やドロップアイテムを集めて運ぶだけのお役目だ。

「ラミナは魔法メインかと思っていたよ」

「こんにゃ弱い魔物に魔法は使わにゃいにゃ」

ラミナは「今日は五階層を制覇して転移門まで行くにゃ」と宣言して、心配する証を説き伏せた。

「五階層までにゃんてうち一人で大丈夫にゃ」

 彼女には魔物の居場所と数が正確に分かる優秀な鼻と耳がある。更にその優れた臭覚も駆使したマッピング能力がある。ラミナは一度通った道は匂いで識別するし、前方に分岐があることも匂いと風の動きで分かるのだ。

 そして戦闘能力は証では把握できないほど高い。だから逃げ惑う魔物まで倒しても、普段証がここまで来るのに要する時間の三分の一ほどで五階層に降りる階段の間近まで来ている。ここまで休憩は一度もなかったが、更にラミナは休むことなく五階層に進もうとしている。

「待った。ラミナ、ストップだ」

証はラミナの戦う姿を初めて見たが、舞うような剣捌きとスピード、そして荒々しいほどの力強さに恐怖さえ覚え、同時に危うさも感じていた。

「行くにゃ。もう少しにゃ」

 ラミナのご機嫌は直ぐに直ったから、心が不安定になっている訳ではない。それなのにラミナは何か焦っている。彼女にしてみれば危険の無い階層なのだろうが、それにしても一つ間違えば大怪我をするし下手をすれば死ぬことだってある。

「ラミナ、少し休んで何か食べよう」

 ラミナは証のその提案に、一気に表情を緩めた。

「それは良いにゃ。何があるかにゃ?」

証はサンドイッチやカフェラテ、チョコレート等を出した。

 三種類のサンドイッチを半分位、チョコを一欠けといった具合に全てを味見して満足げにしている。危険なダンジョンの中なのに、食べているラミナは頭から花が咲きそうなくらい幸せそうだ。

「ラミナ。俺とラミナはパーティーなんだから一人で頑張らないで欲しい。二人の連携を試したいし、それにそんなに焦らなくても五階層は逃げていかないから」

「そうかにゃ、分かったにゃ。うちはご主人様に敵を回さにゃいようにしていたにゃ。でも良いにゃ。次からはご主人様と二人で戦うにゃ」

キャラメルをクチャクチャしながら、満足げな甘い顔でそう言われても信じ難いのだが。

「でもにゃ、うちはご主人様にお金を使わせたから稼ぎたいにゃ。それに仲間を増やしたいし、ギルドハウスも買いたいにゃ」

 十階層に行く前に信頼できる仲間を得たいとは思っている。だからギルドメンバーが集うギルドハウスの必要性は理解出来る。

「ギルドハウスってベンダーで買えるのか」

「そうにゃ、ベンダーで売っているにゃ。異界にある安い家だと一万ポイント位だけどにゃ、うちは次元のディメンショナルハウスが欲しいにゃ。五万ポイントはするにゃ」

 一万を貯めるのだって大変だと思うのに、五万ポイントは遙か遠い気がする。それに異界の家は何となく想像が付くが、その五倍もする次元のディメンショナルハウスとは何だろう。

「そうにゃ、異界の家は異界に建っている家にゃ。だからご主人様にはまだ行けにゃいにゃ。でも次元のディメンショナルハウスだったら行けるにゃ」

 次元のディメンショナルハウスは次元の狭間に在り、鍵を特定の場所に設置すると地球からでも直接行けると言う。

「ご主人様の部屋に鍵を付けると、部屋の続きに別の家があるようにして行けるにゃ」

 鍵とはドアノブのような物だという。証の部屋にギルドハウスの鍵を付けるとギルドメンバー以外の者には鍵は見えないし開けることも出来ない。鍵を開けると隣の部屋に入るようにしてギルドハウスに入ることが出来ると言う。

「それは確かに良さそうだけど、無理は禁物だ。ラミナに怪我でもされたら大変だからな」

 ラミナを気遣った言葉に相好を崩したラミナだった。

「うちも二万ポイント近くあるからもう三万にゃ」

 それは駄目だろう。

「ラミナのポイントを使う訳にはいかないから。それはラミナが個人的に使う分だぞ」

 ラミナの常識ではそれは納得ができない。

「使い魔の物はご主人様の物にゃ。だから二万ポイントはギルドハウスでなくて、ご主人様が良い武器を買うために使ってくれても良いにゃ」

 そんな理屈は平均的な日本人である証には受け入れられない。

「ラミナ、こうしよう。これから稼いだポイントの半分をギルド資金として積み立てて、残りの半分を俺とラミナで半分こしよう」

「おかしいにゃ。ギルド資金として積み立てた残りは総てご主人様のポイントににゃるにゃ。うちにはポイントの分配は要らないにゃ。それが使い魔だにゃ。その代わりうちの生活の面倒はご主人様が見るにゃ」

 それじゃ物語とかに出てくる奴隷と同じじゃないか。

「ラミナの生活は当然俺が見る。その代わり今みたいに狩りで俺を助けてくれれば良い。ラミナと俺は対等の関係だ。だからポイントも折半だ。これは俺の決めたルールーだから従ってもらいたい」

 難しい顔で頻りと首を傾げ、疑問と不満を表すラミナだ。

「それは命令かにゃ?」

 命令はしたくないが、そうしないとラミナは何も受け取らないだろう。一方的に搾取するなことはしたくない。

「そうだ。これは命令だ」

 キッと睨まれた。

「命令にゃら従うしかにゃいにゃ」

 ラミナは悔しそうだ。

 これはきっと価値観の違いだろう。でもラミナが身を差し出そうとしたのを俺は拒否した。あれも価値観の違いだろうか。それともラミナの覚悟を俺が受け止められていないのだろうか。

 答えは分かっている。ラミナは相当の決意をして俺の使い魔になる道を選んだ。俺にはそれを受け止める覚悟ができていないのだ。

 五階層に降りると間もなくラミナが敵の存在を知らせる心話を寄越した。

『前方からゴブリン三体にゃ』

 ラミナの索敵から数分して証もゴブリンを目で確認した。

『うちが先頭と右をやっても良いかにゃ?』

『じゃ俺は後ろの左を』

 証は虫系でも動物系でもない、初めての魔物らしい魔物を見た。それも人型の魔物だ。

 背丈が百三十センチ程の緑色の小鬼は、長い牙の見える口から涎を垂らしながらウロウロしながら近づいて来る。まだこちらに気付いていない様子だったゴブリンが「キーッ」と奇声を上げた。その途端に三体の小鬼はかなりのスピードで突進してきた。棍棒や石斧のような武器を持って迫ってくるその迫力に圧され、証は咄嗟に稲妻の魔法を放った。

 バシバシ! ドカーン! 閃光が走り轟音が響き渡った。

「打ち合わせと違うにゃ!」

 やっちまったぁ。

「ごめん。迫られたら怖くなってぶっ放してしまった」

 ラミナの目が鋭く光った。

「次はうちが手本を見せるにゃ」

「お願いします」

 ショボン。

 再びゴブリンの登場だが今度は五体だ。一体は剣を、一体は槍を持っている。残りの三体は石斧と棍棒だ。

 ラミナは刀身を下に脇の下に薙刀を持って悠々と進んで行く。キーキーと騒がしい声が聞こえたと思ったらラミナの白刃が閃いた。一体二体三体四体と緑色の魔物が地に伏せた。証にはラミナの体がぶれたように見えた。動きを目で追えなかったのだ。そして剣を持った一体が証を目指して突き進んで来た。

 手本を見せられたようだ。

 証は手にした短剣を脇構えにして歩み寄って行った。そして敵の間合いに入る瞬間に敵の右側面に跳び込み首筋を斬り付け、返り血を浴びるより先に背後に抜けた。

 証の後ろで小鬼が崩れた。

「手本通りにゃ」

 そう言ってラミナが肩先まで持ち上げた長い尻尾を揺らして喜んでいる。

証はフッと息を吐いて緊張を解いた。

「手本が良かったからね」

「そうにゃ、そうにゃ」

 そう言いながら、珍しくラミナが魔石を回収してくれている。

 二人が五階層と六階層の間にある転移門に達したのは、それからわずか一時間後だった。

 二人の連携が格段に良くなったのは言うまでもない。

「なんだここは?」

「ここが本来の異界の門だにゃ」

 転移した瞬間に明るさと騒音が襲ってきた

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