使い魔ラミナ
「よろしくにゃ、ご主人様。うちが使い魔にゃ」
「えっ?」
証は隣に現れたラミナを驚いた目で見つめた。
「ラミナさん、ですよね?」
「そうにゃ、ラミナにゃ、どうしたにゃ? うちのことが分からないかにゃ」
分からない訳ではないが、このラミナがカウンターにいたベンダーのラミナと同一なのかが疑問なのだ。
「だってベンダーが使い魔になるなんて出来るんですか?」
「あまり無いことにゃ。でもベンダーににゃることを選択する自由はあるにゃ」
ラミナはあっさりと言っているが、使い魔とはある程度自由を奪われる存在なのではないだろうか。証に使われるから使い魔なのではないか。そんな証の下に付くような選択をするのだろうか?
「ラミナさん。使い魔ってどういう存在なんですか? 俺との関係ってどうなるんですか?」
「そんなこと知らにゃいで使い魔を買ったかにゃ?」
ラミナが不思議な顔で証を見てから続けた。
「使い魔は、主人の命令で動く召使いにゃ。うちは証さんの言うことを何でも聞くにゃ」
何でも? その言葉に魅力を感じるのは男として仕方ないことではないだろうか。
「でもラミナさんは何故わざわざ俺なんかの命令を受ける立場を選んだんですか。そんなことをしないで自由に生きた方が良いに決まっていると思うんだけど」
ラミナはニコニコしてその言葉を聞いていた。
「だってにゃ、証さんといた方がきっと楽しいにゃ」
思わずズッコケそうになった。あまりにも予想外の返答だった。どうも彼女の思考は証とはちょっと違うらしい。
「ラミナさんってどういう種族なんですか。つまり俺は人間だけど、ラミナさんは人間とはちょっと違うようだから」
ラミナは相変わらずご機嫌なまま、誇らしげに胸を張った。
「うちは妖精族にゃ。力ある魔法種族にゃ」
妖精族とはラミナのようなほ乳動物の形態をとり、魔法に優れた種族だという。
「さっ、行くにゃ。ご主人様の世界に行くにゃ。楽しみにゃあ」
ラミナによれば妖精族が地球へ行くには、使い魔になるしかないと言う。ラミナが証の使い魔になった理由の一つが、地球に行きたかったからだったようだ。
「ここが地球かにゃ?」
証のアパートの玄関に立ったラミナは靴も脱がずに証の部屋の中に入っていった。そして窓越しに街の景色を眺めている。
今日は土曜日の休みで朝からダンジョンに入っていたから今は昼時だ。
「ラミナさん。部屋に入るときにはここで靴を脱いで下さい」
証しが編み上げ靴の紐を外している横でラミナはさっさと靴を脱ぐと再び窓の外を眺めている。
証は脱衣所で装備を空間収納に入れてから、シャワーを浴びてジーンズに着替えた。
「ご主人様、町へ行くにゃ。楽しみにゃ」
証しがバスルームから出てくるのを待ちかねたようにラミナが証しの腕を引っ張って玄関へ誘った。
「待った、待った」
頭部が猫の妖精族を町に連れ出す訳にはいかない。
「ラミナさん。怒らないで聞いてもらいたいんだけど、地球では俺のような容姿の人しかいない訳で、つまり頭部が地球で言う猫のような人はいないんで、そのままだと外には行けないと思うよ」
きょとんとして聞いていたラミナは、話し終わった途端に破顔した。
「そんな事かにゃ。大丈夫にゃ、うちは妖精族にゃ。姿も存在も消せるし、人間の姿も持っているにゃ」
そう言ってラミナは、最初に姿を消して見せた。
「ここにゃ」
真正面から声がするが姿は見えない。手探りすると毛のある頭に触れた。
『これはどうにゃ』
「この声はどこから聞こえているんだ」
声が聞こえるようにも思えるが、これは耳には聞こえていないと思う。頭の中に直接響いてくる違和感を感じる声だが、辺りを手探りしても何も捉えることが出来ない。
『どうにゃ、触ることも出来ないにゃ。言葉は心に語りかける心話だにゃ。ご主人様も心話を覚えるにゃ』
不気味だ。ここら辺にいるのだろうが、どこを探っても何も感じられない。そして言葉は頭に直接語りかけてくる。
『これはどうにゃ』
目の前に現れたのはピンクグレーのショートヘアーの人間の女性だ。
白いブラウスに金ボタンの赤いベスト、グレーチェックのプリーツスカートと白いソックスに黒のローファー。服装はラミナだし、百六十センチ弱の締まった体躯は確かにラミナだ。それに良く見れば髪の色ばかりでなく、ぱっちりしながらも横にも長い水色の目も小顔も、すべてがラミナを連想させる顔付きだ。顔に毛はなくなったし猫耳でもなく尻尾もないけれど、これはラミナに違いないと分かる。
『うちの人間顔はどうにゃ? 気に入ったかにゃ?』
口が一切動かないのも、頭に語りかけてくる言葉も違和感満載だが、顔は二十くらいのかわいい系の美女だ。
「可愛いけど、出来たら姿を見せたときには普通に話してもらいたいんだけど」
「わかったにゃ」
姿を隠しても声は出せるが、存在も消した場合は声は出せないから心話で会話するしかないという。
猫頭、透明化、無存在化、人間の姿、そして心話。ラミナはまったく不思議生物だ。
「それから、ご主人様と呼ぶのは止めて証さんと呼んでもらいたいんだけど。それと外に行った時に(にゃ)を付けたら駄目だよ」
少し困った様子のラミナだ。
「わかったにぃ、難しいにゃ、じゃなくて難しいな」
証はその様子がほほ笑ましくて笑った。
「それじゃ少し練習したら、外に行ってご飯を食べよう。服も買わなきゃ」
それを聞いたラミナが喜んだ。
「ご飯にゃ、服にゃ、嬉しいにゃ」
(にゃ)丸出しに証が笑いながら咳払いをすると、ラミナは首をすくめて長い舌を出した。
「それじゃ、うちがにゃを付けない練習で、ごしゅ、じゃなく証さんが心話の練習に」
心話はどんなに距離が離れていても普通に会話出来るし、異界と地球の間でも会話に支障はないという。
ラミナは直ぐにマスターしたが証の方は心話でかなり難儀して、結局連れ立って外に出たのは約一時間後だった。
ラミナの服装は悪目立ちしそうだったので赤いベストは脱いでもらって、証の一番小さなニットセーターを着せた。スカートを隠しそうなほどダブダブだがそれも可愛い。それに彼女は西洋人顔の美人だし、あちこちをキョロキョロ見るから結局かなり目立っている。
車に驚き、歩く人に興味をそそられ、店の商品に目を奪われ、音楽に心を奪われ、なかなか足が進まないラミナだ。
服も買ってやりたかったが、お腹の空いた証は買い物より先にまず近くのファミレスで昼食にした。
ラミナには魚が良いのかなと思ったりしたが結局ハンバーグとパンにして、証はステーキとご飯の定食を注文した。
証が心話で指導し、何とかフォークとナイフを使って食べている。
「美味いに」
「これも美味しい」
「幸せにゃあ」
結局が出てしまったが、証の料理にも手を出しながら本当に美味しそうに食べている。ドリンクコーナーでも次々に飲んで、炭酸飲料には「ひゃ」と小さな悲鳴を上げたりしている。
デザートにアイスも食べ、ラミナは色々食べて飲んでどの味も楽しんではいるが、多くは食べず皆残している。
「ラミナは小食なんだな」
彼女の要望でラミナと呼び捨てにすることにした。
『うちは妖精族だから食事や飲み物は味を楽しむだけで、食べたり飲んだりする必要はないにゃ』
話す内容を考えて、ラミナは心話に切り替えたようだ。
『じゃ栄養は? 動くためのエネルギーはどこから得るんだ』
『地球にも異界にも空気中には魔力の元になる魔素があるにゃ。妖精族は魔素を体に取り込んで生きる魔法生物にゃあ』
不思議生物であることはさっきから感じていたが、食事まで必要とせず魔力で生きているとは驚きだ。
食事を済ませてからは彼女の服だ。しかしと考えた。ラミナはどんな下着を着けているのだろう? 試着とかなった場合は拙いことにならないだろうか。そう考えてまずランジェリーの店に向かった。
『この店は何?』と頻りに心話を送ってくるラミナへ下着を着けたマネキンを見せながら、羞恥心を殺して何とか心話で説明した。
説明されているラミナの方は、まったく恥ずかしさなど感じていないようだ。
『それじゃおっぱいを押さえるのがこれで、これはあそこを隠すものかにゃ?』
『そうです』
証が恥ずかしくなりながらそう答えると、『面倒くさいにゃ』と嫌そうな顔を見せた。
『こっちの女性は皆が着けているから、これを着ないと服を買えないぞ。それでも良いか?』
その言葉でラミナは下着を買う気になったようだ。
入り難い気持ちを押さえて店に入ると、目に付いた女性店員に用意していた言葉をかけた。
「彼女に合うスポーツ系の下着を三セットと、大人しめのワイヤーとか入っていない着やすい物を三セット選んで下さい」
戸惑いを隠せないでいた店員だったが、直ぐに立ち直り対応してくれた。
羞恥イベントを終えた証は、買った下着をラミナに持たせて一旦家に帰った。
「これはどうやるにゃ」
ショーツを着けて、豊かな胸にブラジャーを押し当てたラミナが証の目の前に来た。
拙い。この子は顔は可愛い綺麗だが、体は幼さなどない成熟した大人の美しさなのだ。日ごとに若返っている証の体が反応している。
「あっち向いて」
少しきつい言葉が証の口から出た。
そうして後ろからブラを装着してやったのだが、その際に身長差三十センチもあるから、円錐形のおっぱいの先端までもがはっきりと見えた。
「これ窮屈にゃ。必要かにゃこれ?」
その声は無視してトイレに入った。気を鎮める必要があったのだ。
トイレで十分ほどを過ごした証は賢者になった。
その後に行った洋服屋でラミナが試着する服のどれもが似合っていて、証は「これどう?」と訊かれる度にテレを隠すのに苦労した。
彼女の身長は百六十センチに少し届かない位だと思うが、頭と顔が小さいからバランスの良い八頭身だ。それに胸はあるしウエストが細いからツンと迫り上がったお尻の線も綺麗だ。コーカソイド系の顔だがあまり濃くなく可愛い顔が優しい印象を与える。西洋系の白い肌だが赤みが少ないし肌理が細かいからどんな色柄でも映える。
「お綺麗です」
売り子の言葉はお世辞ではなく、憧れが交った本心だと感じられた。
この日はバッグやサイフ、口紅や肌と髪のケア用品、最後には寝具も買って、夕食も済ませてからの帰宅となった。
買った物はトイレなどでこっそり空間収納に入れたので荷物にはならない。
因みにラミナの左の腕のバングルも空間収納だが、異界の門のベンダーから購入した魔動具という物で、かなりのポイントを取られたが収納量は百キロ程だと言う。
「証さんの空間収納の魔法とは似て非なる物だにゃ」
部屋に帰って証が空間収納から荷物を出しているとラミナが言う。
「ご主人様の空間収納は無限と言えるほど入ると思うにゃ」
時々ご主人様の言葉が出てくるラミナだ。
「だから商人や権力者に知れたら拙いにゃ。荷物運びの為に無理矢理捕らえられる危険が出てくるにゃ」
異界には奴隷もいるし、奴隷の首に付けて自由を奪う隷属の首輪と呼ばれる魔動具もあるという。
ラミナはやっぱり女子だ。今日買ったたくさんの品物を前にしてご機嫌だ。
「ご主人様、今日はこんにゃに買ってもらってありがとうにゃ。お金をいっぱい使わせてしまったにゃ」
「ラミナは大事な仲間だから、必要な物は遠慮なんかいらないから何でも言ってもらいたいし、自分でも買えば良いからね」
男には気が付かない事もあると思うし、不便がないように彼女には勿論お金も渡した。
買った物を整理してから、二人とも風呂に入って寝間着を着てソファーに腰を下ろした。
ラミナが家に帰った時に証に訊いた。
「家でも人間の顔の方が良いかにゃ?」
戦闘をする時にはオリジナルの猫顔と猫尻尾の方が防御力が高いし感覚も鋭いし魔力の回復も速いが、普段はどっちの姿でも支障ないと言う。
証は人間顔を希望した。やはりそっちの方が違和感がないし可愛い。
だから今のラミナは人間その者だ。ここに女性が座っているのを見るのは何年振りだろう。証は虚しくなって数えるのを止めた。
ラミナはブラはしていないようで先端がはっきりと分かって目と心を惹きつけられる。ラミナはそんな証の思考など全く気付く様子がない。
「これは何にゃ? これどうなっているにゃ?」
ラミナの驚きは今日何度も見たが、テレビを見た時の驚愕は凄かった。
「これは遠くの映像を映す機械だよ」
証はリモコンの説明をして、あまり音量を上げないようにだけは注意した。チャンネルを変えながら、テレビを睨む勢いで見続けているラミナだ。
LDKに置いたソファーはベッドになるタイプだから、そこに今日買ってきた寝具を敷いた。
「そろそろ寝ないと明日が辛いぞ」
そう言ったが、その常識も妖精族には通じないらしい。
「妖精族は殆ど寝ないにゃ。一日一時間寝るかどうかにゃ。何日も寝なくても平気にゃ。心の平安は魔力で作るにゃ」
妖精族は睡眠で得られる安息も魔法で作るものらしい。
「じゃ俺は寝るけど、ラミナはずっとテレビを見てる?」
ラミナはテレビから目を離さないで返事だけする。
「うちはずっと見てるにゃ」
これ大丈夫だろうか。もうダンジョンにさえ行かないって言うんじゃないだろうか?
証はテレビにイヤホンをセットしてしてから「おやすみ」と言って隣の部屋でベッドに入った。人間顔だからカナルタイプのイヤホンでも大丈夫のようだ。
ベッドに入るとラミナの半裸体や胸がちらついた。もしやを少し期待した夜だったが、どうやらラミナは思ったより子供のようだ。テレビに夢中でおやすみの声さえ帰って来なかった。虚しい気持ちで眠りに落ちた。
ところがだ、朝目を覚ますと隣に猫頭のラミナが寝ていた。証の腕がラミナを抱きかかえ、手がお尻の素肌に触れていた。尻尾もある。