表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
5/8

探索者一ヶ月

 魔法の書を手にして探索者になってから一ヶ月が経過した。

 まず証の現在の装備は以下の通りだ。

 防具の素材はすべてヘルメットと同じ黒い魔力遮断顔料を塗ったアーマードバイソンの革で揃えた。

 上半身はライダーズジャケットのような防具を身に着けている。胸部、腹部、背部と、肩、肘、上腕の部分は補強が為され厚くなっている。 パンツは足にピッタリフィットするサイズだが動きを阻害することはなかった。金的部分や腿、膝、臑、脹ら脛の部分は補強されている。

 グローブは手首から指先までを保護しているが、前腕部と拳を守る補強が為されている。両の手の平部分の素材は希少なキマイラの尻尾の素材を使っている。キマイラの尻尾は口から魔法を発する蛇なので、その皮は手の平から魔法を発することを阻害しないし、魔法発動によってダメージを受けることはない。そして蛇の鱗は武器を持ったときの滑り止めとして効果も持っている。

靴はつま先と足底を補強した編み上げブーツの形状だ。

ジャケットとパンツを買ったのは三日前だ。ポイントはあったのだがラミナから購入許可が下りなかった。

「そのお腹を凹ませてから買うにゃ」

 そう言われ続けたのだ。その言葉は正論だし証も納得していた。何しろ証の体は日ごとに目に見えて引き締まってきていたし、力も俊敏さも増していた。そしてそんな自分の体の変化に驚異も感じていたし嬉しくもあった。だから全ての防具を身に着けたときには鏡に映った自分の姿に見とれたものだった。食事制限などしていないのにメタボ脱出、マッチョ完成だ。今なら多くの競技でオリンピックの金メダルを取れる。走る競技は百メートルからマラソンまで。力を使うのだったら重量挙げ、円盤投げ、砲丸投げ。格闘系も柔道でもレスリングでもボクシングでもフェンシングでも、すべて金メダルを取れる自身がある。これがわずか一ヶ月での自分の変化であることは嬉しいが、恐ろしくも感じる証だったのだ。

 普段の生活では力加減にかなり気を遣っている。いつかは社食で昼食を取っていて、湯飲みを持ったら割れてしまった。ヤバイ。普通に持ってしまったと冷や汗を掻いたが、周囲の人は湯飲みに最初からひびが入っていたと解釈してくれたようだ。人との接触は特に気を遣う。握手や肩を叩くなどの行為はできる限りやらないようにしている。

 現在使っている短剣を手に入れたのは探索者となって九日目だった。

「これはお買い得品にゃ。素材は氷結タイガーの牙だからにゃ頑丈だし切れ味は保証するにゃ」

 こうして購入した短剣は良く切れるし刃こぼれも起こさない。しかし最近は威力不足を感じるようになってきたし、リーチが短いのも怖かった。そろそろ買い換えを考えていた。

 この間に新たに覚えた魔法は、火魔法、風魔法、土魔法、治癒魔法、回復魔法、気配隠匿魔法だ。

 魔法は例えば火魔法を覚えればイメージと魔力、そして魔法制御次第では火のファイヤボールも打てるし火の障壁ファイヤウォールも地獄の火焔インフェルノも撃てる。しかしここは閉ざされた空間のダンジョンなので地獄の火焔インフェルノには挑んだことはないから発動するかは不明だ。

 現在の狩り場は三階層だが、既に四階層へ下りる階段は発見している。因みに二階層も昆虫系の魔物だった。三階層は動物系の魔物が出現する。

 本来であればもう一,二階層下に行けていただろうが、証は慎重を期して敢えて階層を進めなかった。しかしそろそろ潮時かと思っていた。この階層の魔物では食い足りなさを感じていたのだ。

 現実社会でもこの一ヶ月で大きな変化があった。

 探索者となってから三日目のことだった。会社のエレベーターで社長と社長秘書の二人と一緒になった。

 証の勤める会社は、社長が平社員の名前を覚えているほど小さな会社ではないが、本社努めの社員の顔ぐらいは覚えているほどの規模だ。

「君は我が社の社員だね」

 社長は確か六十二歳だ。創業者の長男だがこの会社を零細な有限会社から、今の東証一部上場規模に押し上げた実力者でありワンマン経営者だ。

彩雲あやぐも証です。営業二課に所属しています」

 証はその言葉に少しだけ魔力を込めた。社長と秘書の二人が顔を上げて証の目を覗き込むように見た。

「そうか」

 社長はそれだけ言った。初めて使った力の言葉だったが、このワンマン社長には効果を発揮しなかったようだ。

「どうだね営業二課は」

 言葉が続いた。

「時間外が多くて、休みも取れなくて大変です」

 チャンスと思い先ほどより込める魔力の量を増やした。

「そうか・・・・・・」

 ここで一階に到着して社長が最初にエレベーターを降り、秘書が続いた。(開)のボタンを押していた証の目を社長秘書の三枝さえぐさ沙耶さやが振り返って見た。

 彼女は三十歳だった筈だ。今までは関わりを持つ必要も無かったし、触らぬ神に祟り無しで敢えて近づいたことはなかった。身長百七十センチを少し超え、何時もスーツをキッチリと着込んだ大型美人の彼女は、冴えない男代表の証にとっては近寄りがたい存在だった。更に彼女は社長と出来ているとの専らの噂があるから尚更関わりたくなかった。

 そんな社長秘書の去り際の眼差しに情熱を感じたのは証の見間違いだろうか。

 それから九日後の六月一日に、証は総務部庶務課資材係長に昇格して異動になった。たった一人の人事異動だったし、体格以外には目立たない存在の証を新たな係を作ってまで昇格させて異動したのだからかなり目立った。口さがない社員の噂に上ったのは言うまでもない。

 証にとって昇格は余計だったが、資材係長のポジションは有難かった。これと言って仕事がないのだ。

 以来、毎日定時に帰ってきているし土日も毎週しっかりと休んでいる。お陰でダンジョン探索の時間が取れるのは狙い通りだ。

 異動に関して証を一番味噌糞に言っていたのは女子社員だったが、それも思わぬ所から好転した。

 資材係にお局様がいるのだが、彼女は更年期障害に苦しんでいた。休むように言ったのだが、仕事生き甲斐の彼女は有給など取らない。そこで、勿論彼女に断ってだが肩を揉んでやった。少しだけ治療の魔法を込めたのは言うまでもない。

 額に脂汗を流していた彼女の表情が見る見る落ち着いた。俯いていた顔が上がり、振り向いて証の顔をチラと見た。その顔に表れているのは不思議なものを見ている驚愕の表情だ。

 これで良いはずだ。治療に要した時間わずか二分。

「どう? 少しは良くなった?」

 四十五歳でちょい肥満の彼女の名前は鈴木総子ふさこ

「凄く楽になった。ありがとう」

 証の三人だけの部下の一人であり、実質的に係を取り仕切っているのは彼女だったから、以降の証に対する態度が好意的になり仕事が益々楽になった。

 しかし喜ばしいことばかりではなかった。翌日から主に昼休みに女性陣が証の元を訪れるようになった。最初数人だったのが、今では生理痛らしい若い女性や腰痛持ちの男まで来るようになり来訪者が十人を超える日が多くなった。社外の人は連れてこないように堅く言ったので、二十人を超える日はまず無いから良いのだが。

 証のマッサージを受けている彼女らが証の異動に関する悪い噂を言わなくなったし、そんな話を聞けば否定してくれているようで、今では証を悪く言うものは影を潜めた。高が庶務課の窓際係長への異動だから、元々大きな反発を買うほどのこともなかったのも噂が早期に収まる要因でもあった。

 変化と言えば、社長秘書であり秘書課長の三枝沙耶が度々証を訪ねて来るようになった。

 秘書課は庶務課と同じ総務部の中にあるから共通性はあるのだが、本社ビルの最上階にある秘書課と一階にある庶務課では業務上では交流が殆どない。それなのに何かと証に声を掛けて来るようになった。証の人事異動に関して内示前に情報を教えてくれたのも秘書課長の彼女だった。異動後には総務部長と庶務課長に彩雲証をよろしく頼むと挨拶して回ったことは、当の部課長本人から聞いていた。

「彩雲係長、お昼一緒にどうですか?」

秘書課長は背も大きいが胸もお尻も大きい。そんな彼女が周囲を気にしないで堂々と言う。

「今日は社長と外遊じゃなかったんですか」

 キッと睨まれた。

「外遊じゃないですよっ。大事な契約の為の海外出張ですよ」

 美人に可愛く睨まれて心が騒いだ。

 偶にこうやってお昼のお誘いもあり、最近になって徐々にだが彼女と一緒でも緊張しなくなってきた。因みに支払は割り勘だし、昼食以外の付き合いはまだない。こちらから誘わなければいけない気もするのだが、社長との噂のこともあるし、冷たいほどに整った顔とスタイルを見るとなかなか誘いの言葉を切り出せないでいた。

「今日は証さんが私を案内してくれる約束ですよね」

 それは分かっているのだが、証の知っている店はラーメン屋とかソバ屋、精精頑張っても天ぷら屋くらいだ。

「俺の知っている店はラーメン屋とかですよ」

 二人になったら役職では呼ばない約束だったし、改まった口調は止めようと言われていたのだが、さすがにため口まではいかない。

「良いです。ラーメン大好きです」

 十五分ほど行列に並んでから席に着いて、大盛りを二つを注文した。この店は醤油ラーメンしかない。注文は特大、大盛、普通を選ぶだけだ。そのせいもあるだろうが、注文からラーメンが出てくるまでは数分しかかからない。

 辺りを見て水とレンゲがセルフだと知った彼女が証の分も持って来てくれたが、並んでいるときから女優顔負けの美貌の彼女は目立っている。そんな彼女に世話されている証にも注目が集まる。どこへ行ってもそうなのだが、これ程の美人になると常に辺りの注目が集まる。彼女は慣れっこなのだろうが、証は彼女と一緒だと何時も場違い感から落ち着かない気持ちになってしまう。

あっさり系の醤油味に細い麺、唐辛子を利かせたラーメン大盛りを食べながら、隣に座った彼女が小声で言う。

「彩雲さんに大盛りを注文されたときにはちょっとビックリで、きっと食べれないと思ったのに、辛みがどんどん食欲を刺激して、もっと食べたいような気がしてます」

 どうやら気に入ってもらえたようだ。

 会社への帰路、次の機会には三枝お気に入りのラーメン屋をお願いした。そうね、と言いながら脳内でラーメン屋を検索をしている様子の彼女だった。

 そんなとりとめのない話をしながら会社に近づいた所で三枝沙耶がぼそりと言った。

「私が社長と出来てるなんて、そんな噂は嘘ですからね」

 そう言ってから証と目を合わせて、小走りで先に社屋ビルに入っていた。

 証は思わず少し立ち止まってしまった。

 わざわざそんなことを告げる意図は、つまり証に真実を伝えたかった。自分の潔白と、もしかすればフリーですよと? 


「使い魔も二千ポイントでしたよね」

 証の確認にラミナが明るい反応を返した。

「今は良い使い魔がいるにゃ。特別にゃ。お買い得にゃ」

しかし今の説明は変だと思った。確か使い魔は卵の形で買うからどんな使い魔が出てくるかは運だと聞いていた。

「普通はそうにゃ。でも今だけ特別にゃ。良い使い魔が確定にゃ」

 これまでラミナに薦められた物に間違いはなかった。それにこれ程熱心にお買い得だと言われたのだから買わない選択はない。

「それじゃ、そのお買い得の使い魔をお願いします」

「そうかにゃ、嬉しいにゃ。それじゃこの紙が使い魔の契約者だにゃ。ここに血を一滴垂らすにゃ」

 そう言って針を渡された証は指先を刺して血を垂らした。

 白い紙に真っ赤な血が小さな丸い円を描いた。そこに何故かラミナが別の針を取り出して自分の血を重ねた。その瞬間、カウンターの中のラミナが消え証の隣に現れた。

「よろしくにゃ、ご主人様。うちが使い魔にゃ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ