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魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
4/8

初期ダンジョン

「行くかにゃ?」

 証は緊張気味に無言で頷いた。

 猫娘ラミナが悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔は証の不安を楽しんでいるようにも見える。

 薄暗かった。

 明らかに何者かによって作られた巨石を積み上げた馬蹄形の洞窟だ。手を広げてみて、幅七メートル、高さ十メートルと大体の大きさの見当をつけた。

 石の表面に直径が二十センチはありそうな渦巻き模様や三角や四角、楕円形などを組み合わせた模様が一つの石に幾つも彫り込まれている。全ての石にその模様があると見えるが、アーチ状の天井の頂天にある要石にだけは細かな模様がびっしりと刻印されている。そして洞窟を形作っている全ての巨石がわずかずつ発光して、このダンジョンが真の闇になるのを防いでいる。

 今立っているのは高さが二十センチ程ある円形の台座の上だ。通路いっぱいの直径の台座には複雑な幾何学模様が刻まれている。この幾何学模様は魔力を流すことによって記された魔法を行使する魔方陣で、この台座に印されているのは異界の門への転移魔法だ。

 台座の先は行き止まりとなっている。ここはダンジョンの始まりの場所であり、終わりの場所でもあるのだ。

 証は剣鉈を革の鞘から出して、恐怖を煽る薄闇のダンジョンに踏み出した。

 石畳は継ぎ目を感じさせないほど平坦に作られている。これだと足下を気にする心配はない。今のところは真っ直ぐな一本道だが、光度が不足しているから十メートルと先は見えない。

 自分の足音と、時折水の雫が零れる一滴一滴の音が響き渡る身を圧するような静寂の世界だ。

 慎重に進む薄闇の中に蠢くものがある。暗い。あれは何なのか。息を殺し足音を立てないように慎重に近づいて行った。

 芋虫だ。黒い体表の一メートルを超える芋虫は既に証を敵として認識しているようで、体を蠢動させて近づいて来る。

 これは駄目なやつだ。虫だ。証は虫が苦手だ。しかもでかい。動きが遅いから余計に気持ち悪い。嫌悪の対象との距離三メートル。芋虫が炒り豆が跳ねるように何の予備動作も無くジャンプした。

「うおっ」

 証は驚いて声を発し、その場跳びで五メートルは跳び退いた。頭が天井にぶつからなかったのは幸いだった。この身体能力だとヘルメットが必要だと肝を冷やした。ダンジョンで初めて味わった危機感は魔物の攻撃より自傷事故を心配してのものだった。

 驚きはしたが、芋虫のジャンプのスピードはさほど速いわけではない。ただ移動速度が遅いので、そのギャップのせいで対応が遅れただけだ。

 証は近づいて来る芋虫の魔物が再びジャンプ攻撃を仕掛けてくるのを剣鉈を構えて待った。

 跳んだ。証の頭部に体当たり仕掛けてきた。これを喰らったら死なないものにしても、一撃で意識を失うだろう。しかし見えている。証は右に半身を逸らしながら、踏み込んで左頭部の辺りに剣鉈を突き刺した。

 手と腕に魔物の体液が噴き出し、芋虫はドンと鈍い音を残して床に落ちると、直ぐに陽炎のような揺らぎとなって消えた。ゴム手袋と袖に付いた魔物の体液も同時に消失した。

 後に残ったのはビー玉程の黒い石が一個だけだった。

 小さな一個の魔石を見ながら思った。魔法の書を手にした時に探索者になったのかもしれないが、これで俺は自らの意思で探索者の道を進み始めたのだと。

 次に遭遇した魔物は蟻だった。

 また虫だ。それだけですでにダメージを喰らった証だ。

 全長一メートル程の蟻が真っ直ぐに向かってくる。三対の脚を忙しく動かす黒い姿は蒸気機関車を連想させる。近づくに従って触覚と複眼、そして顎の大きさに恐怖する。ぷーんと蟻酸の刺激臭が漂ってくる。

 直進してくる巨大蟻の一番攻撃しやすい触覚の一本を狙って剣鉈を振るった。触覚の一本が床に落ちると、蟻はバランスを失い動きが不安定になった。証は次に左の前足を切り落とし、出来るだけ脅威を排除してから頭部と胸部を繋ぐ細い部分に剣鉈を叩きつけた。 頭部を切り落とされた巨大蟻は芋虫と同じ大きさの魔石の他に、蟻の甲殻を残した。

証は身長百八十八センチで体重九十一キロ。大学までずっと野球をやっていたが、会社に入ってからは運動不足と不規則な生活が祟り肥満街道まっしぐらだ。従って体を動かせば直ぐに息切れが起き、汗が噴き出す。ところが今現在彼は汗一つ掻いていないし息の乱れもない。これも探索者になったことによる身体能力向上のお陰に違いない。

 しばらく進むと十字路に出た。どの道を進むか少し考え、まず一番分かり易い道を選ぶことにした。すなわち直進だ。

 暗さでよく見えないことに不安を抱きながら、閉ざされた空間に歩を進める。

 何かが来る。

 証は固まった。足がいっぱいある真っ黒い虫、二メートルもある大ムカデだ。お前の出番は運動会だけだ。

 証は逃げようと思った。しかしここは暗いから視界は良くない。まして黒い物はどうしても発見が遅れる。今から敵に背を向けて逃げる時間はない。どうする。敵はどんどん近づいてくる。

 来るな、来るな。心で叫んだが、黒光りする長い虫はたくさんの足を忙しく動かしてどんどん近づいて来る。

「うわー!」

 証はパニック状態で、思わず叫びながら右手の剣鉈を投げた。控えだったがピッチャーの経験もあるから、なかなかのスピードで大ムカデの頭部を捉えた。しかし残念ながら当たったのは刃の方ではなく柄だ。

「来るな、来るな」

 証は無意識に両の手の平を突き出して拒絶した。

 その時、証の手から電撃が走った。ピカッ! バシバシ! バーン!

 大ムカデが跡形もなく弾け飛んだ。しかし目が見えない。暗い中でまともに閃光を見た証の目は一時的に著しく視力を損なっていた。

 怖い。何時魔物が襲ってくるか分からない中で視力を奪われることは致命傷だ。特に証は長い間目に弱点を持っていた。だから目が不自由な状態には余計に拒絶反応を起こした。

 しかし今は目が回復するのをじっと待つしかない。証は物音を立てないようにしながら目の回復を待った。

 何とか魔物に襲われることなく視力が戻った証は疑問を持った。

 ダンジョン内が明るくなっている???

 かなり遠くまで見える???

 疑問を解消すべく少し悩んだ証は、周囲に魔物がいないかを確認してから魔法の書を開いた。

 稲妻の絵がある。予想していたが新たな魔法を覚えていた。これで虫に近づかないで遠距離攻撃が出来る。嬉しい。攻撃魔法は男の子の憧れだ。中年でも嬉しいものは嬉しいのだ。

 更にページを進めていくと有った。目の絵が有った。やはり周囲が明るくなったのは魔法を覚えたからだ。確信は持てないが、多分より遠くも見えるようになっていると思う。

 ラミナによると魔法には異界の門や、今覚えた稲妻のように使うことを意識して発動させるアクティブな魔法と、空間収納のように自動的に発動するパッシブな魔法がある。目の魔法はパッシブ魔法なのだろう。

 目が良くなったのは地味に嬉しい。潮が満ちてくるように喜びがジワジワと証の心を満たした。

 それからは虫が鮮明に見えるものだから嫌悪感は増したが、稲妻の魔法を使っても全く眩しくなかった。どうやら目の魔法は照度の調整もしてくれるらしく、稲妻の魔法を多用して順調に虫どもを殲滅していった。

 真っ直ぐの道はテニスコート位の大きさの広間に繋がった。そこには体長一メートル二,三十センチ程のダンゴムシが何十匹も蠢いていた。

 証は回れ右を決断したのだが、魔物が証に気付く方が早かった。大きなダンゴムシは体を丸めると、直径が六十センチを超える真っ黒な球体になって次々に体当たり攻撃を仕掛けてきた。ゴロゴロ、ガシィーン、ドーンと、閉じられたダンジョンの空間に芋虫が転がり跳ね回る音が耳を聾さんばかりに響く。巨大な鉄の塊のような重量物が縦横に跳ねながら複数で襲いかかって来るのは恐ろしかった。しかし証はその数十の黒い塊の乱舞を捉え躱すことが出来ていた。こんな反射神経は本来の自分ではあり得ない。これも探索者に与えられた身体能力向上のお陰なのだろう。

 攻撃を避けながら稲妻の魔法を放った。稲妻の魔法は威力を込めてイメージすれば範囲攻撃も可能だった。一発、二発、三発と電撃の手に絡め取られた魔物は確実に数を減らしたが、それでもすべての大型ダンゴムシを消滅させるまでに十発の稲妻を放った。

 怖かった。あの重量感と変則的な動き、そして数の脅威に未だに怯えが収まらなかった。それでも魔物が残した魔石を回収しながら広間の様子は確認した。

 広間からは一本の通路が奥へと伸びていた。ここで引き返そうかと少し躊躇したが、結局少しだけ様子を見るために進むことにした。

 相変わらず虫の魔物が現れたが、然程の脅威もなくダンジョンは間もなく行き止まりになった。

 引き返した所で一メートルを超えるゴキ野郎と遭遇した。こいつは壁でも天井でも床でも自由に動き回り、単体でも十分脅威だった。主に精神的にだが。

 バッタ、カマキリ、クワガタと一階層は虫の魔物ばかりだった。証は十字路まで帰り着いて少し迷った。そして帰る選択をした。体力的にはまだまだ余裕があったが魔力量の残りが気になった。魔力が切れて突然倒れたり、魔法が発動しなくなったりしないかが心配だったのだ。

「お帰りにゃん」

 目を輝かせてラミナが迎えてくれた。

「魔力量かにゃ? どれどれ、ふむふむ」

 ラミナに訊いてみたところ「調べてあげるにゃ」と言って、じっと見つめられた。

「大丈夫にゃん。一割程度しか減ってにゃいにゃ」

 どうやらまだまだ余裕だったみたいだ。魔力が少なくなれば乗り物酔いのような不快感に襲われるから分かるものらしい。それでも魔法を使い続けると段々に体の力が抜けていき、やがて動けなくなると言う。

「それにしてもにゃ、一度ダンジョンに入っただけで稲妻と視力確保の二つも魔法を覚えたかにゃ? 魔力も潤沢だしにゃ・・・・・・」

 頻りと考え込んでいるラミナだったが、最後にはウンウンと頷いている。

 何かに納得したような様子のラミナに、頭を守る防具が欲しいと相談した。この日稼いだ八十一ポイントで買える物が有るか疑問だったが、もし買えなかったらバイク用のヘルメットでも用意しようと考えていた。

「ジャイアントアントの甲殻で作った物は安いにゃ。三十四ポイントだにゃ。今日稼いだ討伐ポイントで十分買えるにゃ」

 ラミナに相談したところ、上層でも魔法を使う魔物が出ることが稀にあると言う。火の魔法を使われたら、鉄製やプラスチック製の物は熱くなったり溶けたりするから却って危険だと教えられた。

 しかし昆虫製の物を身に着けるのは嫌だった。

「それだったらもう一日頑張ってアーマードバイソンのを買うと良いにゃ。百四十七ポイントだにゃ」

 そう言うと、ラミナと証を隔てている灰白色の大理石製と見えるカウンターの上面が歪み、そこに頭部ばかりでなく後頭部から耳までを覆うタイプの黒い革製のヘルメットが現れた。

「アーマードバイソンの皮は本来の色は黒っぽい茶色だけどにゃ、これは魔法を遮断する鉱石を磨り潰した黒い顔料を塗っているから黒いにゃ。魔法を弾く能力も結構高いしにゃ、軽いし頑丈だにゃ。十階層からの対人戦を想定しても十分使えるにゃ」

 アーマードバイソンの革は元々もっと厚いが、頭装備の場合はそれを圧縮して薄くすることで視界が遮られることを防いでいる。両耳が当たる部分には音量を調整する装置が内蔵されていて、小さい音は大きく、大き過ぎる音は小さくする。稲妻の魔法は音も結構大きいから音量が調整されるのは有難い。

 ラミナに断って持ってみると軽くて柔らかい。これでは防御力が期待できないのではないだろうか。そう心配しながら装着して拳で軽く叩いてみると、不思議なことに分厚い金属のようにしっかりした堅さが伝わってきた。フィト感もあり、顎ヒモなど無いのに動いたり頭から外れたりする気配も感じない。

「この防具は頭部ばかりでなく顔面や顎から首までも守ってくれるにゃ。動いたり外れたりもしないにゃ。そんな魔法が組み込まれているからにゃ。高いけどにゃ、それだけの価値は十分あるにゃ」

 説明を聞いて是非とも欲しくなった証は、翌日の狩りで稼いだ討伐ポイントを加えてアーマードバイソンのヘルメットを手に入れた。

 実は古い映画でバイク乗りや双翼の飛行機乗りが被っている物と似ていたので、形は気に入っていたのだ。猫娘が出してくれた鏡を見てニンマリした証だった。


 魔法の書を手にして探索者になってから一ヶ月が経過した。


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