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魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
3/8

異界の門

 この神殿の中には何があるのだろう。そう思ってエンタシス柱の立ち並ぶ神殿の中央辺りを見ていると、体の中から何かが流れ出た。

 突然景色が暗転した。

「いらっしゃいませにゃ」

「・・・・・・」

赤茶色の長いカウンターの中にいたのはまるで猫娘だ。頭はピンクグレーの毛並みのアビシニオンそのものだ。白いブラウスと赤いチョッキの上半身から出ている首や腕や手には毛がなく、人と同じ形態だ。短いグレーチェックのプリーツスカートから出ている脚も人間と変わりない。

 白いソックスと黒のローファーの下の足がどうなっているのかは分からない。もしかすれば鋭い爪と肉球があるのかもしれないが、今のところ確認不能だ。

 そこは十メートル四方はある大きな部屋で、天井高も七、八メートルはありそうだ。石材質の落ち着いたクリームイエローの壁と白い天井で、床は暗赤色と淡紅色の市松模様の絨毯が敷き詰められている。壁と天井には多くの照明があり、窓もドアもない部屋を明るく照らしている。

 部屋の壁の一面に半円形にくり抜かれた部屋があり、五メートル程の長さのカウンターで仕切られている。カウンターの中にたった一人いるのは猫娘だ。

「お客さんは初めて来たにゃ。ラミナと言うにゃ、ここのベンダーだにゃあ。よろしくにゃ」

「あっ、あー、初めまして。彩雲あやぐもあかしです」

今日は色々なことがあったし不可解な現象に遭遇し通しだった。だから多少のことには驚かない積もりだった。しかしこれは強烈だった。

 俺は本に描かれた神殿の中に入ってきたのか? 

 目の前のこれは何だ。生き物なのか、それとも幻影か? 

 俺は生きてるよな?

 驚きで見開いた目で猫娘を見たまま何も言えない証だった。

 見つめられたままの沈黙が続くと、猫娘は小首を傾げて可愛く笑った。

「何か訊きたいことはにゃいかにゃ」

 そうだ。訊きたいことだらけだ。

「えっと、ここ何処ですか」

 猫娘ことラミナは教えてくれた。

 証が手にしたのは魔法の書と言い、一冊の魔法の書はたった一人の人間としか繋がっていない。そしてその人しか見ることが出来ないし触れることも出来ない。

 魔法の書は資格ある者が生まれたと同時に発生し、いつかその者と出会う日をじっと待っている。その者が死なない限りは、何時か必ず魔法の書と資格者は出会うことになる。魔法の書と結びついた者が死んだ場合は、出会う前でも出会った後でも魔法の書は消える。

 魔法の書を持った人のことを探索者という。資格者と言っても魔法の書と出会うまではごく普通の人間でしかない。それが魔法の書を手にして探索者となった瞬間に身体能力が向上し、同時に力の言葉を持つ。力の言葉とは探索者が魔力を込めて言葉を発することで成立し、一般人がその言葉に逆らうことが非常に困難になる能力のことだ。

 魔法の書はその名の通り所有者に魔法を授ける。魔法の書が授ける魔法の種類や数は誰にも分からし、最初から決まっているものでもない。探索者の能力や行動、心の動きや実績などによって変化する。

 ただ最初の魔法だけはどの魔法の書でも同じで、それが【異界の門の魔法】だ。その魔法によって探索者はベンダーのいる場所、異界の門に転移する。異界の門は最初は初期ダンジョンにしか繋がっていないが、一定の条件を満たせば他のダンジョンや異界そのものへの道が開かれる。

 初期ダンジョンにも異界にも魔物が発生し、その魔物を倒すことで強くもなれるし新たな魔法を得るチャンスも増える。

 ダンジョンで倒された魔物の肉体はダンジョンに吸収されるが、魔物の体内にある魔力を宿した石である魔石や、有用な体の一部を残す。それらを門にいるベンダーに渡せば討伐ポイントとなる。討伐ポイントは現実世界の現金とも交換できるし、魔物等との戦いで必要な武器や防具などの他、様々な物品との交換もできる。

 やがて行くことになるだろう異界は、文字通り地球とは別の次元の場所だ。異界は無数に有り、その探索者が何処の異界に行くかは分からないし、どれだけの数の異界と繋がるかも不明だ。どの異界にもほぼ間違いなく魔物がいる。人間以外の人族がいる異界と繋がることもあるが、その可能性はかなり低い。繋がった異界の人族が友好的なのか、そうでないのかは行ってみなければ分からない。

 異界では銃や大砲やロケット砲の類は不安定になり暴発を起こす。従って持ち込みは出来るが使うことは不可能だ。その結果ダンジョンを含む異界では、武器や魔法や格闘術でしか戦うことが出来ない。

「初期ダンジョンは地下に伸びているにゃ。地下五階、五階層と言うにゃ、そこまで辿り着かにゃいと、異界の門、つまりここで他の探索者と会うことは出来にゃいにゃ。ここで会った他の探索者とパーティーを組むのが普通だにゃ。パーティーは二人から七人にゃ。十階層からはダンジョンの中でパーティー以外の他の探索者と遭遇することがあるにゃ。ダンジョン内は暴力が制する治外法権と言うか、無法地帯だにゃ。そこでは他の探索者を殺しても裁かれることはにゃいにゃ。でもにゃ、殺された人の仲間に狙われる可能性があるにゃ。ペナルティがにゃいとしても、探索者同士の争いは避けて欲しいにゃ。まあそれはまだまだ先の話にゃ。一度十階層に入った探索者は、九階層から上の階には戻れにゃいにゃ。ここ、異世界の門には勿論来られるけどにゃ」

 九階層までならパーティーを組んだ探索者以外には襲われることはない。まずは五階層に進んで信用できる探索者を見つけてパーティーを組むことを目標にしよう。

「ここに初めて来た人は大抵武器も持ってにゃいにゃ。証さんもそうにゃ。日本のお金でもここで武器などを買えるにゃ。でも靴を履いてにゃいのはさすがに拙いにゃ」

 猫娘が笑顔でウインクをした。

 言われるまで気が付かなかったが、部屋の中からここに来た証は靴を履いていなかった。

 靴は家に戻れば当然あるけれど、証にはここに飛ばされた瞬間から抱いていた不安があった。

「ラミナさん。私は家に帰れますか?」

 猫娘がクスクスと笑う。それを見た証は、化け猫に罠に嵌められもう帰れないのではないかと不安になった。

「そんな怖がらにゃくても良いにゃ。帰ると言ってくれればうちが即刻、元いた場所に送るにゃ。心配しにゃくても大丈夫にゃあ。でもここに初めて来た人は皆そんな風に思うにゃ。中には来た途端に帰してくれー、と叫ぶ人も、死んだのか? と訊く人もいるにゃ」

 探索者は一体何人いるんだろう? 

「探索者は世界中にいるにゃ。でも全部でも数百人だにゃ」

 数百人を多いと感じるのか少ないと思うのか。探索者の能力がどれ程のもので、現実世界と異界では能力の差があるのか。

目が良くなったのは探索者になったことによる身体能力向上のお陰に違いない。その事だけを考えても探索者の力は侮れないのではないかと想像される。能力には個人差があるだろうが、地球での魔法や力の言葉の能力によっては、探索者が大きな影響力を持ち世界のバランスを崩す可能性さえ考えられる。或いは既に大きな影響を及ぼしているのかもしれない。

しかしその件は今考えてもどうにもならない。

 まず自分の能力を確かめたい。探索者としての自分を知らなければどうにもならない。その為にはダンジョンで魔物を倒し、魔法を覚え強くならなければならない。

「ラミナさん、初期の武器と防具はどんな物が良いんでしょうか。それと値段はどれ位なんでしょう」

「防具はまだ買わにゃくても大丈夫だにゃ。動きやすそうだし、靴を履いてくればその格好でも良いにゃ。武器はナイフが一番安いけどにゃ、ここの武器をそっちのお金で買えば高いにゃ。十万円位はするにゃ。だからナイフはそっちの世界で買った方が良いにゃ。それで魔物を倒して討伐ポイントを貯めるにゃ、それからナイフじゃにゃく短剣を買うと良いにゃ」

 そう言うと証の目の中に縦に並んだ色々な短剣の画像が現れた。

下を見たいと思えば画像がスクロールし、三十本程の短剣が表示された。

「これ位の物にゃら九百ポイントから一千ポイント位にゃ。十日もダンジョンにもぐれば買えるにゃ。一階層に出てくる魔物は大して強くにゃいから大丈夫にゃ。二階層もそんにゃに強力な魔物は出にゃいにゃ。危険な魔物が出てくるのは三階層からにゃ。だから三階層に行くまでに買えば良いにゃ」

 この画面はどうやって俺の目に見えているんだろう。不思議な感覚だ。普通に見えている景色に重なるように、視界の右端に幾つかの武器が縦長の映像に浮かんでいる。

「それじゃ、一度帰って何か武器を買ってからまた来ます。それと」

 証はトレーナーの左袖をたくし上げた。

「話しは変わるんですが、ラミナさんにはこれが見えますか?」

 猫娘はバングルのある場所を繁々と見ている。この様子だと彼女には見えているのだ。

「これは空間収納の魔法にゃ。探索者にも異界人にも普通は見えにゃいにゃ。うちはベンダーだし異界の門にいるから業務能力で見えるにゃ。空間収納の魔法はとても貴重にゃ。他の人には空間収納を持っていることは知られにゃいことにゃ。知られたらとても面倒なことににゃるにゃ。まあ魔法空間は実は探索者は皆持っているにゃ。魔法の書は手から離れると誰でもプライベート空間に入るにゃ。そこは魔法の書だけが入る魔法空間だにゃ。それにしてもにゃ。初めて門をくぐった探索者が異界の門以外の魔法を持っているにゃんて聞いたことにゃいにゃあ?」

このバングルは魔法だった。そうだとすれば魔法の書にバングルの絵が現れたことと関係があるのだろうか。

「それ言わにゃかったにゃ? 忘れてたにゃあ。魔法を覚えるとにゃ、覚えた魔法のページの字が消えて絵ににゃるにゃ。でもにゃ、魔法の書のページの全てが魔法ににゃるかはわからにゃいにゃ。どれだけの数の魔法を使えるようににゃるかは魔法の書のページ数で決まるわけでにゃいにゃ。それににゃ、魔法の書のページ数はしょっちゅう変わるにゃ。変わるのはページ数だけでにゃいにゃ。書かれている文字も変わるにゃ。そんなこともあってにゃ、魔法の書の文字は解読不能だにゃ」

 ページ数が変わっても本の厚さが変わる訳ではないという。それと魔法の書の大きさは証が持っているような大きな物から、小さな物では手帳サイズまであるようだ。

 何とも不思議な本だ。魔法の書だから不思議なのが当たり前か。証は今日何度も遭遇した不思議体験や奇怪な現象を想い出しあきらめ顔で笑った。

「うちはずっといるにゃ。何時でも来てにゃ」

 ラミナさんに帰る旨を伝えると、次の瞬間には元いた自宅アパートに戻っていた。

色々と分かってきた証は、危険が少ないと聞いた一階層に早く入りたいと思っていた。

 恐れは勿論ある。しかし自分は魔法の書に探索者として選ばれた。あれ程劣等感を持ち不便を感じていたド近眼が直った。その不思議な出会い、運命に従ってみようと思う。

 必要なのは武器だけだ。まさかキッチンにあるステンレスの文化包丁では駄目だろうから近所の金物屋に行って見よう。

 そうして用意したのは金物屋の商品で一番強力そうな剣鉈二万九千四百八十四円也だった。刃渡り二十七センチで全長は四十センチを超え、形状は日本刀と同じだ。小さな鍔も付いていて革の鞘に収めるようになっている。

 服装は厚さと丈夫さを重視してジーンズとデニムの長袖にした。ベルトに剣鉈を下げ、玄関で編み上げの革ブーツを履く。剣鉈を買いに行ったときに手首まで入る厚手のゴム手袋も買った。

 念の為食料と水とジュース類は多めにバングルに入れてある。ラミナさんに聞いたところによれば、空間収納の中は時間の経過が現実の百分の一位だそうだから、ファストフード系統も多めに入れてある。一、二階層は大空間が多く通路も単純だから迷う危険性は少ないと言うが、ダンジョンは不定期に変化すると聞いたから迷った場合の準備はしておきたかった。

 五階層から六階層に降りる階段室には異界の門に戻る転移門があるが、そこに達するまでは来た道を引き返す以外に異界の門に戻る手段はないのだ。

 証は玄関に立って、猫娘から教えられた魔法の発動方法を実行しようとしていた。教えられた時には体の中に流れる魔力を認識するのに少し難儀したが、一度分かってしまえば今まで何故気が付かなかったか不思議なくらいで、まるで輝かしい光が体を流れているように明らかだった。

 頭に魔法の書の中にある異界の門の絵、すなわち白い神殿の絵を思い描く。そしてそこに体の中に流れる魔力を注いだ。

「いらっしゃいませにゃあ」

 さっきより営業スマイルが明るく見えるのは、証が少しはこの状況に慣れた所為だろうか。

「ラミナさん、ダンジョンに入る準備をしてきましたがどうでしょう」

 猫娘はニコニコしながら証を上から下まで見た。

「それでバッチリにゃ。怖がらにゃくても大丈夫にゃ。行くかにゃ?」

 証は緊張気味に無言で頷いた。

 猫娘ラミナが悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔は証の不安を楽しんでいるようにも見える。


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