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魔法の書と異界の門  作者: 与(あたゆ)
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出会い

 カウンターを挟んで目の前に居るベンダーは頭部がピンクグレーの毛並みを持つアビシニオンで、体は人型だ。

アビシニオンと言っても彼女が自分のことをアビシニオン種だと言った訳ではない。でも小さな顔と、大きな耳と目はアビシニオンそのものだ。

 立ち姿や手や脚は人型だが、白いブラウスと金ボタンの赤いベスト、そしてグレーチェックのプリーツスカートの下がどうなっているかは分からない。短いスカートの下端から出ている頭部と同じ色の毛に覆われた尻尾がU字形に反り返って先端は肩の辺りまで来ているが、それがどこら辺にどのように体に付いているのかも不明だ。

 声と、赤いベストを押し上げる二つの塊からラミナ(彼女の名前はラミナと言う)が女性であることは分かる。

 しかしと思う。それ以前に、目の中にいるこの猫娘が現身なのかは甚だ疑問だ。

「今日の魔石と素材は現金だと九万六千九百円ですにゃ。それとも何かアイテムと交換するかにゃあ?」

 彩雲あやぐもあかしの目には、目の前にいる猫娘の営業スマイルの右端に魔石で交換できるアイテム一覧が縦長に浮かび上がっている。

 武器も欲しい。今使っているのはここで討伐ポイントと最初に交換した短剣だ。この先を考えれば少しでも強力な武器が必要だろう。出来ればリーチの長いものがいい。

「今預かっているのは二千百九十五ポイントだにゃ。今日の分を全部ポイントにすると二千三百七十三ポイントににゃるにゃ」

 魔石の価値は大きさと質で決まる。その二点の価値基準を総合して討伐ポイントとして評価される。魔物が落とす素材があった場合も同じくポイントになる。討伐ポイントはここで現金やアイテムと交換可能だし、貯金のようにポイントを預かってもらうことも出来る。

「武器ではこれが交換可能な商品だにゃ」

 猫娘は証の目の中にある画像を切り替える。

 片手剣、片手半剣、両手剣、その中には両刃の直刀もあり反りがあって片刃の刀のようなものもある。意識を下に向けると画面はスクロールして次に表れたのはメイスだが、それをパスして杖を見た。数は少ないが木製、金属製、何やら不明な素材の物もある。長さは一.五メートルから二.五メートル位まで。杖は価格帯も低めだしリーチもあるから選択肢の一つだ。

 次に見たのは槍だ。槍は一.二メートル位の短鎗から、長いものでは三メートルを超える。斧槍ハルバードに混じって薙刀もある。証はその中の一本に目を止めた。全長一.九メートルは証の身長とほぼ同じだ。証がラミナにその薙刀を見せて欲しいと伝えると、カウンターの天板が揺らぎ現物が表れる。

「良い品に気づいたにゃあ。うちもそれ好きにゃ。柄は木の魔物エントを使っているにゃ。穂はダマスカス鋼だから錆びにゃいし強度は折り紙付きだにゃ」

 ラミナの言葉の末尾にはニャが付く。そして自分の事を「うち」と言うかなりユニークな言葉遣いだ。

 しかしいつも感じるのだが、頭の中に商品メニューが表示されるのも、選んだ商品がカウンターに実体化するのも何とも不思議だ。

 証はカウンターに現れた薙刀を手に取った。

 この部屋は十メートル四方、天井高も七メートルはある。武器を振り回しても大丈夫だ。

 バランスは良い。何より威力が期待できる。ただ多少重いと感じることと、片刃である点が不安要素だ。巧く刃を反せるだろうか。

 証は買うかどうかを決めかねて、カウンターに薙刀を置いた。

「使い魔も二千ポイントでしたよね」



 あれから一ヶ月になる。

 その土日は証にとって久々の休みで、半年ぶりの連休だった。

 ゆっくりと寝た朝をベッドの上でごろごろしながら、どうしよう、と考える。起きようか、もっと寝ていようか、飯はどうしよう、起きてもすることがないな。

 社畜とまでは言えないが、会社に行かない日の過ごし方に悩んでいる自分に気付き少し危機感を抱いた証だった。

 駄目だ、起きよう。起きて取りあえず外に出よう。

 気合いを掛けて起き上がり。まずベッドサイドに置いた眼鏡を掛ける。近眼はかなり酷く眼鏡を掛けないと何も出来ない。

 ブルージーンズにグレーのTシャツ、その上にネイビーのジャケットを羽織って1DKのアパートを出た。ジーンズもジャケットも証のお気に入りで、今日は服装にもそれなりに気合いを入れた。

 春の陽気に誘われて、電車に乗って何時もは行かないようなオープンテラスのあるカフェでブランチとしゃれ込んだ。

 しかしなー、三十五を迎えた冴えない男が一人でカツサンドを食っててもかっこつかないよな。彼女でもいて、この木陰のテラス席に二人で座っているのなら多少は絵にもなるだろうけど。

 いやいや、久しぶりの休みだ。今日はマイナス思考になるのは止めよう。そう考えて気分を切り替え歩き出した証だった。

 ステーショナリーグッズを買おうか悩んだり、多分買わないだろう家具を見たり、服や小物などの個人店を巡っている内に証は裏通りに迷い込んでいた。

 ここは何処ら辺かな? あかしはそう思いながら、今の状況を楽しんでいた。彼は迷子になるのが好きだった。自分が何処か分からない町を歩いているという事実にワクワクしてする。ここにはどんな店があり、どんな木があり、どんな家があり、どんな坂が、どんな景色があるのだろう。証は迷子を楽しんでいた。

 これが休日の自由というやつだ。解放された気持ちになって店先で売っていた団子を歩きながら食べたり、公園のブランコに腰掛けて揺れてみたり、証は明るい気分になって心を遊ばせていた。

 それにしてもこの界隈は人が居ないな。さっき小路の角を曲がった辺りから歩く人に一人も出会っていない。人の声も聞こえないような。

 証はスマホの地図アプリを立ち上げた。あれ? 圏外か? いや、ここら辺が圏外なんてあり得ない。アプリがバグっいるんだろうか。

 地図アプリが立ち上がらない事実が、また証の少年心を刺激した。実際は中年なのだが、まるで子供のように少しドキドキしながら不明な地の探検を開始した。

 そして間もなく一軒の古本屋を見つけた。

 そこは何の変哲もない、多分親父の代か、更にその親父の代からからやっているような、古本屋として納得のいく古い古本屋だった。

 中に入ると乾いた草の匂いに少しかび臭さも混じっている、これも納得のいく古本屋の匂いだ。奥に座っている店主と思しき老人がチラと証に視線をくれたが、興味なさげに直ぐに読んでいる本に目線を戻した。店主も良さげに年季が入っているし客に無関心で合格。そう満足しながら店内を見て回った。

 何か妙に静かだな。静かであることに文句はないし、むしろ歓迎すべき事なのだが、でもこの都会のど真ん中の静寂に多少の違和感を感じる証だった。

 大して広くもない店内を物色しながら壁際まで来た。そこで革装丁の分厚く大きな本が目に付いた。背バンドのある色あせた赤銅色の背表紙から、この本がかなり古いものだと想像できる。本棚の一番上にあるその本を、背の高い証は脚立も使わないで引き抜いた。

 重い。手にとった本の予想外の重みに驚いたのは一瞬だった。何故か直ぐに軽くなった。そして本を見る目のピントが急に合わなくなった。

 証は体に何か異常が生じたと思った。立ち止まり目を閉じた。目まいなどは感じないし頭も痛くない。呼吸も普通だし動悸もしない。しかし目を開けて周囲を見ると、酷く暈けている。目の異常だろうか。元々目は弱い。眼鏡を外して目を擦ったその手がはっきりと見える。??? クッションマークを幾つか出してから周囲を見る。沢山の本が、床が、天井が、ガラス窓を通して見る外の景色が、何もかもがクッキリと見える。

 眼鏡を掛けた。見るものの全てが暈けた。

 再び眼鏡を外した。見える。まるで世界が変わったように、近くも遠くも明るく綺麗に見える。

 俺のど近眼が突然直った・・・・・・ 

 この本を手にした瞬間だった。

 縦が三十センチ程で横が二十五センチ程、厚さが十センチはある大きな本だ。色あせた赤銅色の革には細い線で細やかなアラベスク模様がまるで迷路のように型押しされている。劣化しているが天と地と小口は金色に塗られているようだ。上下二箇所ある古びた金色の止め金具を解除して本を開いた。

 洋書だとは分かるが読めない字だ。アルファベットではないし、中国の文字でもハングル文字でもない。ロシア文字やアラビア文字の形は何となく分かるが全く違う。古代エジプト文字とくさび形文字も映画とかで見たことがあるが違うと思う。要するに何処の文字かさっぱり分からないのだから読めるわけもない。

 しかし革の装丁は見事だし、ページをめくるときに感じるこの紙の厚さと重さは何の素材なんだろう。証はそのしっかりとした紙の感覚を感じながらページをめくっていった。すると見開きいっぱいに描かれた絵を見つけた。

 周囲を二重にエンタシス柱に支えられた二重周柱(ディプテロス)式の神殿のようだ。白く荘厳な建物の背景には青黒い雲が不気味に渦巻いている。絵を詳細に観察すると柱頭キャピタルにはアカンサス葉装飾があり、そこには剥がれずに残った金箔が見られる。無数の柱が支える大型梁アーキトレーブ部分には、退色しているが緑、白、黒、赤、黄色等多くの色で彩色された見たこともない様々な動物のレリーフがある。

 劣化してはいるが、古いものの持つ美しさと重厚さ、静けさと同時に理解しがたい力を感じさせる絵だ。

 証はしばらく絵を見てから、ページを最期までめくって本を閉じた。

 証はその本がどうしても欲しくなった。本としての価値も骨董としての価値も全く分からないが、無性にその本が欲しかった。

 どれだけ高い物か分からないが、どれだけ高くても買おうと思った。銀行で金を借りてでも買おう。証は完全にその本の虜になっていた。

 証は借金をする覚悟までして店主と思われる老人に近づいていった。

 店主は先程とは違って、本を確認するように見てからは証から目を離さない。

 この本は高いで決定だな。だから本を持っている自分を注視しているのだろう。それにしては本が店主の目の届かないような端っこにあったのは理解出来ないが。

 小鼻まで下がった老眼鏡の上から上目遣いに真剣な目を向けられ続け、威圧感を感じながら老人のいる小さなカウンターの前まで進んだ。

 白髪の老人が一言発した。

「その本を手にする者がやっと現れたか」

 次の瞬間、証は耳を聾さんばかりの喧騒の只中に立っていた。

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