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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

子犬と青年2

作者: ryure

 くうんと鳴いた黒犬は、俺の布団に顔を突っ込み、すりすりと顔をこすりつける。可愛いからその頭を撫でてやると気持ちよさそうに丸まって、そのままぽふんと気の抜けた音を立てて人間の姿に変化した。


 黒犬の名前はトゥ。犬とケモミミと尻尾を持つ人間の二つの姿を持つ可愛い家族だ。とはいえ可愛い盛りの子犬ではなくなって、ちっちゃな子供ではなくもう彼は自分よりわずかに年下な青年となっているけれど。


 モフモフとしていて長い髪の毛の中でピンと立って主張する耳をふわふわ撫でて、その長い髪の毛を軽く結ってやると、とろんとした目で眠そうなトゥはかすかに笑う。やっぱり犬だからか、ストレートに表情は出てこないトゥ。でも最近は、ちゃんと全部わかるようになったんだ。


「るぴん……」

 

 低く甘えた声が俺を呼ぶ。背こそさほど変わらないものの、体を覆うしなやかな筋肉、金色の鋭い眼光の持ち主は、可愛いはずもない男の姿のまま子犬のように俺に擦り寄る。


 分かってる、彼の本質は犬。人間のような姿になれても耳は尻尾まで消すことは出来ず、嗅覚も犬の時と変わらないトゥ。散歩の時楽しそうに歩き回る姿。そういうのを目の当たりにしてきたから、腹に顔をぐりぐり擦り付けられているのも親愛表現でしかないのだと。


 でも、ちょっと考えて。


 いくら赤ちゃんの時から育てたからって、図体のでかい男に擦り寄られるのは視界の暴力、ではないのか。


「トゥ、ちょっと……」

「わん?」

「すかさず犬の姿に戻るの辞めようね、分かってるなら毎回なんで?」

「くぅーん……」

「小首かしげてるトゥ可愛い、ほらよしよしよし!」


 かといって愛しの家族なのだから、こんなふうにすぐ絆されて首の下をわしゃわしゃ、頭をなでなで、胴体をすりすりしているのはとっても楽しいのだけども。いささか満足そうなトゥの、犬ながらのドヤ顔は、少しだけ、憎たらしい。というか彼は、犬の時の方が感情豊かに見える。


 こうやって、俺の髪の毛に顔を埋めて遊んでいるのも子犬の時と何ら変わりなく見えるのだし。


・・・・


 俺は犬である。それから人間もどきである。名前はトゥ。なんでトゥかは知らない。ルピンが俺をトゥと呼ぶからトゥなのだ。例えば俺をルピンがスリーと呼ぼうとも、そしたら俺はスリーになる。多分、トゥは「二」ではないと思うが。


 ルピンは疲れきってすやすや眠っている。だから起こしたくはない。だから、柔らかい髪の毛をぷにぷにらしい肉球で掻き混ぜるだけにしておく。本音を言うならもっと遊んで欲しいし、もっと一緒にいたい。だが彼は人間である。外で「労働」をしなくてはならない。それはとても疲れるらしいから、俺は眠るルピンの邪魔はしない。


 ルピンは俺の家族である。犬でしかない俺に言葉を教え、喋るのは苦手だが内容の理解ができるように漕ぎ着けてくれたのもルピンだ。寒い外から助け出し、温めてくれたのもルピンだ。そして俺はペットではないらしい。


 別に、ペットでも構わないのだが。ペットになったらルピンの匂いのするあれこれを集めて埋もれてはいけないなら嫌だが。人間みたいなことは出来るが犬の俺は、匂いにひどく敏感で、この甘い匂いのする家族がどうしようもなく好きだった。


 俺の毛並みはルピンにとっていいらしい。だから、俺は毛が多い頭がある人間の姿になって、ルピンの横で丸まって寝た。ルピンが起きた時に思う存分遊ぶための配慮である。俺なら起きたらルピンに遊んでもらいたいからだ。


 ルピンの匂いのするルピンの寝床で一緒に眠るのは窮屈だったが、それ以上にくっついていられるのは安心した。


・・・・


「じゃー、行ってくるね」

「あぁ……」

「ちょっと、返事の割に足を掴むのはどうなの」

「るぴん、あそぼう……」

「こら、行かなきゃ俺が怒られちゃうんだから。家に帰ったら遊んであげるから」

「おさんぽ……」

「それも帰ってから。もしひとりでお散歩したかったらちゃんと耳と尻尾を隠して行くんだよ?出してちゃダメだし、犬一匹だったら捕まえられちゃうからね?」

「……分かってる」


 大きい図体をしているのに子供みたいに不貞腐れた様子で……でもやっぱり人間の体の表情は苦手みたいで真顔ではある……そっと俺の足を手放すトゥ。残念そうにしている。


 これで犬の姿になって甘えてきたら心がぐらぐらしながら電車の中で後悔することになるのだから、玄関先で座り込んだケモ耳青年に心が動かされかけたぐらいで良かったかもしれない。


「俺」

「うん」

 

 縋るようにトゥが見上げつつ、大きな手で俺の服の裾を掴む。


「待ってる」


 またその手が離される。トゥみたいな力の強い男が、あるいは犬がのしかかってきたら確実に抜け出されないからちゃんと見送ってくれ、安心した。


 でも、これ、毎日やるのはどうかと思うよ!長旅に出るんじゃないんだから……。


「うん、待っててね」


 ぱたんと扉を閉めて、鍵をかける。もっふもふの長い黒髪を思う存分弄んだ感覚がまだ手に残っていて、俺だって仕事に行きたくなかった。


 それで。


 家に帰ったらトゥが洗濯物の中で埋もれて寝てるとか、パーカーと腰に巻いたシャツで無理やりごまかして行ってきたらしいコンビニの袋の中から俺の好物が出てきたりして、帰ってそうそうよしよしすることになるとは思わなかったんだけどね。


 撫でられたトゥは満足そうで、金色の目を細めてされるがままだった。


・・・・


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