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その嘘、500円につき

作者: 時鳥初音

「はい、じゃあ500円です。」

そう言ってお金を受けとると、私はさも意味ありげに100円ショップで買った大きめのビー玉を手に持ち、それを街灯の明かりに照らし、中を覗き込んだ。




私は占い師である。と言っても自称であるが。もちろん占いは出来ない。そもそも本当に占いが出来たらこんな寂れたアーケードの一角で占い師なんてやっていないし、毎日スーパーのレジ打ちのバイトに明け暮れることもないだろう。占いで生計を立てるなんて、もっての他である。それでも、占い師をやっているのは、占いが私にもできる楽な仕事だからだ。

適当に嘘をついていれば、それでいいのだから。


いつものように6時にスーパーのバイトを終えて、いつもの場所でお客を待っていると、明らかに表情の歪んだ若い男が、私の前に立った。

「お願いします。」

男は小さい声でそう言うと、500円玉を私に差し出した。

人が占いに訪れる理由、というのは、占い歴五年の私からしてみても多岐に渡りすぎてパターン化出来ない代物である。ちょっと明日の運勢を、的な人もいれば、冷やかしに来る人、話し相手が欲しい人、会話の弾まないデートの逃げ道にする人、など数え始めればきりがない。そんなわけだからごく稀に、今後生きていく意味があるのか、などという難題を赤の他人に決めさせよう、というたいへんはた迷惑なお客も現れることがあり、今回の男もそんな雰囲気を醸し出していた。

「何を、占いましょうか?」

できるだけゆっくりと、手の中のビー玉を見つめながら語りかける。

男は少しの間躊躇するようなそぶりを見せたあと、諦めるような口調でこう言った。

「これから、どうしたらいいでしょうか。」

気が滅入ってしまった人のテンプレートのような回答である。もう少し詳しく事情を説明してもらいたいものだ。占い師なんだから分かるだろ、とでも言いたいのだろうか。私は、ため息をつきたくなるのを押さえて、解りました、とだけいってビー玉に目を細めた。


「あなたの周囲にたいへん黒い雲がかかっています。現時点で八方塞がりな状況になっているのではありませんか?」

そう言うと男は、なにか見透かされたかのような顔で頷き、

「わ、わかりますか?その通りです。」

と言った。

そんな顔をしていたら誰にでも分かりそうなものである。

「現状を打開するのは大変難しいでしょう。あなたにまとわりついているものがそう示しています。」

「そ、そうですか……。」

男は残念そうにうつむいた。勿論のことであるが、今私は占いの結果を提示しているわけではない。男の雰囲気を見て適当なことを言っているだけである。しかし、これもまた勿論のことであるが、男はその事には気づかない。

「そう気を落とさないでください。現状難しい、と言うのはあくまであなたが今のままでいれば、と言うことです。あなた自身が大きく変われば、その結果はおのずと変わっていくことでしょう。未来の予言とはあくまで今の状況からの推察に過ぎません。その事を理解して行動すると良いでしょう。」

「な、なるほど。」

男はなにか希望を見つけたかのような顔をして頷いた。そして、あろうことかこう続けた。

「それでは私は、どうしたらいいでしょうか。」


腹立たしい、とはこのような状況で使うのである。いまから死にに行きます、とでもいうような顔の男に明日への希望を見いだしてやったのである。本当ならこのままお礼を言って帰路についてもいいものである。しかし、そのように怒鳴って終わらせるわけにはいかない。なぜなら私は占い師である。占い師とはお金を払った人の満足を得る答えを言わない限り、納得してはもらえないのである。

私は無表情で答えた。

「具体的なアドバイスは出来ません。あなた自身で考えなければ、それはあなたの変化ではありませんから。ですが、どうしても、と言うのであれば、好機の兆しをお伝えましょう。」

そう言って、こう続けた。

「あなたは運命を信じますか?」

「う、運命ですか?」

「ええ、運命です。もしあなたが信じると言うのであれば、教えましょう。明日の午後、このアーケードの入口付近で白い帽子を被って人を待ちなさい。」

私は、それ以上はなにも言わなかったが、男は決心がついたかのようにお礼をして去っていった。


人とは悲しい生き物である。どうして辛いとき、自分で考えることを放棄して赤の他人の言うことにすがらなければならないのだろうか。私はそんなことを思った。


その後、一時間くらい経っただろうか。こんどは若い女が現れた。言っていることを要約すると、周りが皆結婚し出してしまい焦っている、と言うことだ。男女の違いでなぜこんなにも話の長さが違うのだろうか、そんなことを思いながら私は、彼女にこう言った。


「あなたは運命を信じますか?」



後日談をすると、私のバイト中に、二人で買い物をする姿を見かけた。


今日もまた、1人座ってお客を待つ。今回は男子高校生の集団である。1人がじゃんけんに負けてこちらへ来た。制服を見る限りこの学校は共学である。となれば占いの結果は1つだ。

「あなたの近くの席の女の子の視線に、気づいていますか?」

それを聞いて、男子高校生はこう言った。

「まじ?」



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