強襲! 水の魔導書ッ!! ①
とまれかくまれ。
思わぬアクシデント(?)に見舞われたものの、当初の目的である港野村への旅路に、アルルも加わる運びとなった。
その道中、
「ねえ、アルル。つまりきみは、隣国のお姫様っていうことなのかな?」
と、僕はニーナさんの背中から改めて訊く。
アルルは、「そんな大層なものじゃないよ」とやんわり首を振って、
「名家って数えられてはいるけどさ、そんなの過去の栄光。山村国は、文字通り山に囲まれた国だからさ。鉱山で栄えはしたけど……それもやっぱり昔の話。野村国と敵対するようになってから、徴兵とかで採掘どころじゃなくなってさ。ばっこばっこ取れていた鉱物も、いまじゃ発掘できる人も設備もなくなって、みんな仕事も無くて困ってる……おかしな話だよね」
国家総じてニートだよ――と。
決して知りたくもない隣国事情を、どこか憂えた表情で話してくれた。
働かなくていいなんて天国じゃないか!
……なんて僕は思うけれど……実際にそうなってみないとわからないことだってある。
このスクール水着にランドセルを背負った少女――アルルが、どうしてこの国にいるのか?
それを疑問には思わないと言えば嘘になるけれど、しかし、訊いてしまうと、彼女の大切な部分に傷を付けてしまうような気がして、なかなか訊けなかった。
だから僕は少なくともこの場では、ニーナさんの背中に揺られながら、素直な気持ちを返すことにした。
「……なんだか、大変だね」
「ううん、いいの。あたしだって十五年生きてきて、それなりにわかってるから」
――人生なんて、こんなもんなんだろうなーって、わかってるから。
「…………」
あまりにもあっさりと。
それでいて、達観したような台詞を言うアルル。
僕はこのとき思い知らされた。
スク水ランドセルにリコーダーという変態奇抜な格好をしたこの女の子が――僕よりも二つも歳上だったという事実に。
「ねえ、あなたたちは旅人……なのかな? とてもそうは見えないけど」
思案顔で問いかけてくるアルル。
話を濁そうか一瞬だけ迷ったけれど、よくよく考えれば隠す必要もないな、と思い直して、
「旅人って言えばそうなるかな。実は僕たち、『魔導書』を破壊するために国を巡っているんだよ」
「……『魔導書』を……破壊……?」
あ、疑われてる。
「嘘ばっかり。『魔導書』を破壊だなんて、そんなこと出来るはずない。ましてやあんたみたいな子供なんかに」
「僕が子供なのは認めるけど、それは関係のない話だよ。出来る出来ないの話じゃなくて、僕に掛かれば出来ちゃうんだよ」
デキちまうんだよ――と、ちょっとニヒルに言ってみる僕。
アルルは怪訝そうに、ジトーっとした目で僕を観察するように見てきた。どうもこのアルルには、自分が納得が出来ないことがあると、人を睨み付けるきらいがあるらしい。
「アルル様が疑うのは当然のことでしょう。封魔士の存在は我が国であっても、そこまで知られていませんしね。……ですが、ジンタ様が由緒正しき封魔一族の末裔にあることは紛れないもない事実。アルル様、刮目してご覧遊ばせ。このジンタ様こそが『魔導書』に対抗し得る、この世界に残された唯一無二の希望なのです!」
「……ふうま?」
ニーナさんの言葉に、アルルは進めていた足を止める。
「そう。魔を封じると書いて『封魔』――とは言っても、それは名前じゃないけどね。僕の名字は風の間って書いて風間ジンタで、王様の勅命を受けて……」
なんて遅まきながら自己紹介してみた。
だけど、そんなことはお構いなしにアルルは、
「ちょ、ちょっと待って! も、もしかしてキミってさ……その、『風間ジンベエ』の弟子とか、息子だったりするの!?」
と。
僕の父親の名前を口にした。
「……父さんを知ってるの?」
返す問いに、目を丸くするアルル。
やがて腑に落ちる何かがあったのか、やや興奮気味に続ける。
「知っているも何も、あなたのお父様は私の国じゃあ『英雄』って呼ばれてる。それは私がまだ幼いころの話になるけど――『魔導書』が蔓延って、にっちもさっちもいかなくなってた時代に、どこからともなく突如として現れ、数千にも及ぶ『魔導書』を一夜にして消滅させた伝説の英雄よ! それがまさかあなたのお父様だったなんて……これはきっと神様の思し召しに違いないわ……!」
「……英雄……ね」
ぽつりと、つぶやく。
アルルが言っていることは、恐らく本当のことなのだろう。
僕の父親なら、たしかにそのくらいはワケのない話だし、いまだってきっと、のらりくらりと勝手気ままに各国を渡り歩いているに違いない。
自分の父親を――まるで英雄みたいに語られるのは、正直な話ちょっぴり嬉しくもある。
……けど。
だけど、僕は……。
「……どうかしたの?」
「ううん」
僕はかぶりを振る。
払拭するように。封じ込めるように。
「父さんの名前が出てきて、ちょっとビックリしただけ。気にしないで」
「ふうん? でも、あなたが風間ジンベイの息子だって言うなら……たしかに『魔導書』を破壊することも出来るんでしょうね」
きらきらと、期待の目で僕を見るアルル。
「…………」
なんかヤだなーって思う。
まるで親の七光だ。
アルルは僕じゃなくて、僕の後ろにいる父親を見ているような……そんな感じがした。だからそんな好機としてとらえられても困るし、これから彼女が口にする台詞も、なんとなくだけど察することができた。
彼女が川から流れてきた理由――そして彼女の故郷。
この二つを考えれば、誰だって予想がつくだろう。
「でね、そこで折り入ってお願いがあるんだけど……あたしを山村国へ送り届けてくれないかな? もちろん報酬は支払うわ。それと……出来れば、あたしをこんな風に追いやった悪い奴も、やっつけて欲しいんだけど……」
ほらね。
僕は応える。
「いいよ――」
途端にアルルの顔がぱあっと明るくなる。
「――と、言いたいところだけど、僕たちの目的は『魔導書』の破壊であって、きみを追うその悪い奴らを倒すことが目的じゃないんだよね」
が、すぐに雨雲がかかったような顔になった。
「……ジンタ様?」
終始聞きに徹していたニーナさんが、怪訝そうにポツリと零す。
「どうかした? ニーナさん」
「……いえ。なんでもありません」
わかってるよ。
さっきまで自分が言っていたことと矛盾しているのは、ちゃんとわかってる。
「……でもまあ、アルル一人をおいて行くわけにもやっぱりいかないから、港町までは送るよ。そこまではきみの安全は僕が保証する。そこから先は……冷たいようだけど、僕たちには関係のない話だ」
「……そっか。そうだよね、今日会ったばかりの人に頼めるようなことじゃなかったよね……ごめんね、変なこと言っちゃって」
「…………」
アルルはまたシュンとうつむいてしまった。
こういう場合、励ますようなことを言ってあげるのがきっと正解なのだろう。
けれど、僕の口からそんな言葉は出なかった。
突き放してしまった手前、なんて言えばいいかわからなかったのだ。
代わりに褒め言葉を言ってみる。
「……ねえ、アルル」
「なに?」
「……そのスク水、とても似合ってるよ――ふぐぅ!?」
リコーダーが飛んできて、僕の鼻下にヒットした。
この位置はたらこ唇不可避だ。
「ホンット最低っ! あんたなんかに頼ろうとしたあたしが馬鹿だったわ!」
と、悪態を付かれる始末。
僕を睨みつける目にはうっすらと涙が浮かんでいて、ぐるる、と呻るアルルの手には、よりデンジャラスな三角定規。
「ジンタ様はまだまだ女の子の扱い方がわかっていませんね。そこは壁ドンして、唇で唇を塞ぐ場面でしょう」
「いや、そんな『的確なアドバイスをしてやったぜ!』みたいな顔されても、意味不明だからね!? そもそも壁なんてここにはないし、あったとしても絶対にやらないけどさあ!」
……ああ。
なんか、駄目だ。
得意のはずの突っ込みも、満足のいくような返しが出来ない。
……僕は……僕は、こういうのが本当に苦手なんだ。
悲しいとか。
辛いだとか。
目の前で女の子に泣かれちゃったら、どうすればいいのかわからなくなるし、僕もなんだか悲しくなってくる。そんなの見たくないし、出来ることなら笑顔のほうがずっといい。
そう思ってる。
そう思ってた、はずなのに……なんでか……なんでだろう?
父親の名前を聞いてから、胸の奥がざわざわするんだ。
世の中には、僕の理解出来ないことがいっぱいある。
八当たりみたいにアルルを突き放して――そんな行為にいったいなんの意味があるのだろう?
……わからない。
わからないのは、それは僕がまだ子供だからなのか……それとも僕が……
ボトリ――
と。
考えに水を差すように、空から水が落ちてきた。
こう言ってしまうと、まるで雨粒のように聞こえるかもしれないけれど――しかし、少なくとも僕の知っている雨とは、指先より小さいものであって、間違っても“人間の身体の三倍以上の大きさ”では決してなく――さらに言えば、晴れ渡った青空から降ってくるようなものでもなければ、まるで意思を持っているかのように、“アルルを包み込んで川へ引き摺り込む”ようなものでも絶対にない。
だから。
だから、僕は反応が遅れた。
「――ジンタ様ッ!! ご無事ですか!?」
逸早く危険を察知したのか、その場から咄嗟に飛び退くニーナさん。
彼女の背中におんぶしてもらっていたことが幸いして、僕は無事だ――が、突然のことに動転を禁じ得ない。そして、目の前にいたはずのアルルが“川に呑み込まれてゆく”光景に息を呑む。
「に、ニーナさんッ! アルルが、アルルがッ!!」
本当にそれは一瞬の出来事だった。
行数で言えば十行にも満たないだろう、文字数で言えば五百字くらいの突然の出来事。
呆気にとられる僕らは、水に捉われたスク水ランドセル――アルルのPK(ぴちぴちの水着が食い込む)したお尻が遠ざかり、小さくなっていくのを眺めていることしかできなかった。
「……おやおや、これはこれは……ワタクシとしては、あなた方も一緒に始末する予定でしたのですがね……」
虚を突かれ、慌てる僕たちを嘲うかのように――空から降ってくるその声。
見上げると――そこには、シルクハットに仮面をかぶった男が立っていた。
いや、
宙に浮いて、“絶っていた”。
■謎の襲撃者
職業:『???』
スキル:『???』
スペル:『???』
アイテム:『シルクハット』
・白色でちょっとカッコイイ。
『仮面』
・ちょっと不気味。