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桃太郎(ただし、女の子)

 


 川を流れてくるお尻。

 十三年生きてきたけど、こんな面妖な体験をするなんて、思ってもみなかった。

 僕たちは気持ち良さそうにラフティングするお尻を引き上げた。

 したらば、なんと驚き!


「女の子じゃないか!」


「女の子ですね。雅らかなドレスを身にまとって、金色の髪は私と同じくセミロング。いまは水に濡れてわかりませんが、きっとロールを巻いていたに違いありません……ジャリのくせに生意気な……風貌から察するに、どこかの王族の娘なのでしょうか? ちなみに年齢はジンタ様と同い年くらいで、ロリともオバともつかぬ中途半端なお年頃……残念ながら、そういった面での需要は期待できないでしょう……しかし、どうやら気を失っているみたいですね」


「えっ? なにその説明調。ていうか、一見してそこまで推察できるものなの? ロボットだからなの?」


「ジンタ様、そんな悠長に突っ込みをしている場合ではありません。この小娘は危険な状態にあります。ああ、これは大変です。はやく人工呼吸をしなくては……ジンタ様っ!」


「ファッ!?」


 いきなりのフリに、喉から変な声が出た。


「な、なんで僕なのさ! ニーナさんがやってよ! 僕のファーストキッスはこんな川を流れてくるお尻に捧げるためにあるんじゃないもんっ!」


「そんなことを言っている場合じゃ……人命が掛かっているのですよ? ちなみに私は機械ですので、呼吸器を持たないから無理です。……まあ、たとえ持っていたとしても、私の唇をこんな小汚いジャリに捧げるのはごめんですが……」


「それ言っちゃダメだから! 思ってても口にしちゃダメなやつだから! 心の奥底にそっとしまっておいてっ!」


 ……じゃなくて。

 こんなくだりをやっている余裕はないし、暇もないの!

 桃太郎よろしく川を流れてきたこの女の子はギャグ以外の何物でもないけれど、それでも横たわるこの女の子が危険な状態にあるのは間違いないの!


「ふむ……」


 僕は目下にある女の子に視線を落とす。

 肩にかかった金髪の髪は濡れいて、着ているお嬢様のようなドレスも同じように。

 めくれ上がったスカートからは、白いパンツが丸見えになっている。それは水中できりもみでもしたのか、完璧にお尻にPK(パンツ食い込む)していた。


「……仕方ない……」


 よくよく見てみると、意外と可愛らしい顔をしている。

 西洋人形みたいな――整った顔立ち。

 濡れた髪がやわらかそうな頬に張り付き、乱れたドレスの胸元へと華奢なラインを描く。その白くキメ細やかな肌には朝露よろしく水玉が浮かんでいて、彼女の可憐さをより一層引き立てている。

 見れば見るほど引き込まれるような容貌。

 雫滴らせるまつ毛に深い影を落とし、優麗に眠るそれはまるで天衣無縫の人魚姫のようだ。


「…………」


 こんなときに不謹慎かもしれないけれど、僕は内心ドキッとした。

 ごくり、と喉を鳴らす。

 お姫様の深い眠りを解き放つ――神聖なるキッス。

 またの名をちゅう。


 ……なるほど。

 それはたしかに王子様の役目だろう。


 ドクンドクン、と心臓が高鳴る。

 見方を変えれば、これもドラマチックでロマンチックだと言えなくもない。

 やがて僕は決心する。


「……わかったよ、ニーナさん。僕、この子を救う。その覚悟は決まったよ」


「それでこそジンタ様です。川を流れてきた小汚いお尻にキスをするなんて……そんな誰も出来ないようなことを平然とやってのける――そこに痺れるようなことはありませんし、憧れるようなこともありませんが……やはり流石です。頑張ってください」


 ニーナさんの声援を後ろに、僕は少女の前に立ち、しゃがみ込んだ。

 さらば、僕の純潔――


「ん……んー」


 と、唇を突き出して、顔を近づけようとしたそのとき。

 閉じていた女の子の目がパッと見開く。


「へ?」


「……なっ……な……」


 目と目が合う――その瞬間に――僕はヤバイと気付いた。

 タコ口で停止する僕。

 対して、女の子はわなわなと震えて、


「なにすんのよおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ぱちーん、と。


「ぎゃうんっ!?」


 平手で左ほっぺたを叩かれ、僕は地面に転げた。


「……うぅ……痛い……痛いよ……。なんで僕が叩かれなきゃいけないんだ……」


「ああ、なんということ! ジンタ様、大丈夫ですか?」


「もうやだ……おうち帰る……」


 女の子は、涙目な僕に気を使うこともなく、憤然と立ち上がる。

 そして、いまにも噛みつきそうな顔の前にぷるぷる振るわせた指を添えて、僕に向かって憤然と言い放つ。


「あ、あ、あんた、寝ているあたしになにするつもりだったのっ!? 最っ低! 信じらんない! この変態っ!!」


「――へ、変態ッ!? 上流から桃太郎よろしくおしり丸出しで流れて来た女の子に変態呼ばわりされた!? 天下の横道で堂々と恥部を晒してる子にそんなこと言われる筋合いないよ!!」


 そこで女の子は、ようやく自分の哀れもない姿に気が付く。

 晒していたパンツをドレスで隠しつつ、羞恥と怒りの混じったような顔で僕を睨みつけ、


「……まさか……事後!?」


 ……いや、違う。

 断じて違う。


「このド変態ッ!! あたしになにをしたッ!?」


「まっ、また変態と罵られただとっ!? いきなりの断定句に驚きを隠しきれない僕が懇切丁寧に事情を説明すると、きみが川を流れているのを見つけて助けただけで少なくともきみが思うようなことは一切していないし、寝起き頭にビンタされる覚えもなければ変態呼ばわりされる覚えも一切ないよ!! 前言撤回を要求する!!」


「黙れ変態! クドクドうっさいし、突っ込みが長い上に回りくどい! それに変態って呼ばれるほうが変態なのよ! この変態っ!」


「なにそれ怖い! 救いが無さすぎるでしょ!? どんな理屈なの!? どう足掻いたって変態じゃないかっ!」


「黙りなさい! 御託はいいのよ!」


「……黙るのは……あなたですよ……」


 と、僕を気遣っていたニーナさんが口を開く。

 少し声のトーンが低く感じた。

 直感で、『あ、これダメなパターンだ』とわかった。


「さして脅威も胸囲もないくせに、良い度胸をしていますね――……薄汚い小娘風情が。このニーナを前にして我が主、ジンタ様に手をあげるとは……その愚かさ、称賛に値します。覚悟なさい。あなたは塵も残さずこの世から消し去ることを約束しましょう……」


 ニーナさんはゆらりと、女の子に向かって腕を掲げた。

 なんか背中から危ないオーラが出ている。その色はレインボーだ。

 僕は慌てて仲介に入る。


「ま、待ってニーナさん。この子は『魔導書』じゃないよ!」


 ニーナさんはサイドアップにされた髪をふよふよと揺らしながら、


「……まさか。そんなことはありません。超高性能ニーナレーダーがバリサンですよ」


「いや、その髪レーダーだったのっ!? なにその取って付けたような設定! 絶対いま思い付いたよねっ!? ていうか、それはどうでもいいけど、とりあえず! とりあえず落ち着こう、僕は大丈夫だから! この通りピンピンしてるから!」


「……いいじゃないですか、面倒くさい。ビームやっちゃいましょうよ。生ゴミは焼却すべきです」


「ふおおぉうぉぉぉふッ!!? すんごいこと言っちゃってるよこのロボットっ! ロボット三原則はどこいったっ!! そんな投げやりな感じで一般市民を傷つけるとかダメだから! そもそも、一般市民を守るために僕たちは旅を始めたんだよ!? だったら本末転倒じゃないか!」


 僕の熱弁にやられたか、ニーナさんはうなって、


「……ジンタ様がそこまで仰るなら……」


 と、なんとか腕をしまってくれた。

 気を取り直して、僕はニーナさんに怯える女の子に向き直る。


「ごめんね、驚かせちゃって。それで、きみは? なんで川を流れてきたのさ」


 女の子はハッとして身体を震わせた。

 やがてうつむき、


「……あたしの名前はアルル。……そうだ、思い出した……あたし、悪い奴らに追い掛けられて……逃げている最中に足を滑らせて川に……」


 語尾を小さくそう言った。

 彼女の――前隠して後ろ隠さず依然としてお尻丸だしの少女、アルルの声は――先ほどの威勢の良さを忘れさせるほどに、後半は押し殺したような……今にも泣き出しそうな、そんな声だった。


「……悪い奴ら?」


 僕は訊く。

 隣でふんぞり返るニーナさんは鼻を鳴らして、会話に割り込む。


「それじゃあ説明が足りませんよ。『アルル・ズムバーン』さん?」


 えっ、と短くうめくアルル。

 それはぼくも同じだ。

 なんでニーナさんが彼女の名前を知っているのか――


「我が『野村国』が敵対している隣国――『山村国』の十三家族の一つに数えられる『ズムバーン家』、その十一代目当主・アヌスの娘、アルル。いま国のデータバンクにアクセスし、調べたところ、あなたの情報がありました。なぜ山村国の名家の娘がこんなところにいるのか――場合によっては捕虜として扱うこともやぶさかではありません。心して応えなさい」


 それは。

 シュンとする女の子に言い放って良い台詞だとは、僕には思えなかった。

 僕らの『野村国』は周辺の国と敵対している。だから、ニーナさんの敵愾心剥き出しな態度も、当然と言えばそうなのだろう。僕だって理解はできる。

 でも、それでも濡れネズミとなったアルルを放っておき、さらに敵視することなんて……。

 そんなこと、僕にはできない。


「……ニーナさん、やめてよ」


 僕は呟くように言った。


「なぜですか? この小娘は、敵国の王族の娘ですよ」


 ニーナさんは冷たくそう返す。

 普段はとても優しい、まるでお姉さんのような彼女だったのだけれど……しかし、いまアルルを前にするニーナさんには、その面影は全くない。

 単純に、怖いって思った。

 隣でうつむくアルルは、ニーナさんに怯えて身をすくめている。

 僕はアルルを隠すように二人の間に割り込み、力強く言う。


「だからどうしたのさ。この子が何か悪いことでもしたの?」


「……それは……わいせつ物陳列罪とか、ジンタ様への暴行罪など色々とありますが……」


「…………」


 ……うん。たしかに。


「でも、だけどだよ。僕はそんなことのために旅に出たんじゃない。僕は『魔導書』からみんなを守るために旅に出たんだ。そこに自国とか敵国なんて差異はない」


 僕は彼女を守るよ――と訴えるように、ニーナさんに言った。

 ぶっちゃけ、旅に出た理由はニーナさんにおんぶと肩車をしてもらうためだったけど、ここでそれ言ったら、台無しになりそうだったので伏せておく。

 しばらく重たい空気が流れた。

 やがてニーナさんは、


「……わかりました。前言を撤回します。先ほどの無礼をお許しください、アルル様」


 そう言って、丁寧な所作でぺこりとアルルに頭を下げてくれた。



■アルル・ズムバーン


職業:隣国の姫君


武器:なし


防具:なし


アイテム:なし


お尻:あり

  ・PK


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