桃太郎(ただし、PTA推奨)
ちょっと思い浮かべてみて欲しい。
ドーナツ。
丸い輪っかだ。
その頂上に僕の住んでいる村、『田舎野村』がある。
そこから東へ――ドーナツで言うところの、三時の方向にあるのが漁業の街、『魚野村』だ。
さらに例えて南の方角に商業の町、『商い野村』
西には兵士の街、『兵士野村』があって、そして最後にドーナツの中心――王様の城がある王都、『野村』だ。野村さん大活躍だ。
ちなみに、王様の苗字が野村だ。
これが僕の知っている世界で、僕らの国だ。
地平線まで見渡せるほどの――ただっ広い草原。
一面を覆う膝くらいまで高さのあるそれは、撫でるような風になびき、流れる川のせせらぎと合わさって、自然の音が僕たちを包む。
悠久の大地、と言えばそうかもしれない。人が行き来する道こそあれど、やはり舗装されているわけでもないので、比較的歩きやすい川縁を選び、僕たちは歩いていた。
目指すは漁業の街――『魚野村』。
その理由は、僕もニーナさんも王都以外への道を知らないから。だから、とりあえず川を下っていけば海に出るだろう――という科学者も驚きの推察の元、その旅路を踏んでいた。
「……ねえ、二―ナさん」
「なんでしょうか? ジンタさま」
「……なんだか眠くなってきちゃったよ」
歩いているとはいっても、それはニーナさんだけで。
待遇の良いことに、僕は彼女の背中に揺られていた。
なんて気持ちがいいのだろう……ポカポカ陽気に優しいそよ風、二―ナさんのピンクの髪が頬をくすぐり、甘い香りが僕を夢の中へと導いていく。
そう。
これだ。
これなのだ。
覚醒と半覚醒を行き来する、曖昧な感覚――
この時が至福のひとときってことを、僕は知っている。
「ねえ、なにかお話でも聞かせてくれないかな?」
二―ナさんは、ふふっと笑って、
「ジンタ様は本当に甘えん坊さんですね。それでは……そうですね、こんなのはどうでしょうか……」
そして、お話を聴かせてくれた。
「――昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました」
やわらかく、穏やかな彼女の声。
そのゆったりとした口調が、僕を深い深い眠りへと……
「お爺さんは曲がった腰を奮い立たせ、山へ芝刈りに。お婆さんはしびれる手足に鞭打って、川へ洗濯に行きました」
…………ん?
「お婆さんが、ひび割れあかぎれた手で、鈍痛を堪えながら涙ながらに川で洗濯をしていると……ドンブラコ、ドンブラコ……と、直径約四十センチメートルくらいの超ド級の大きな桃が流れてくるではありませんか」
…………んん?
「お婆さんは、『……おやぁ……こりゃあ……い、良い……おみやげに……なる……わぁ……』と、息も絶え絶えに、川から大きな桃を必死に、それはもう死に物狂いで拾い上げて、家に持ち帰りました」
…………んんんん?
「そして、お爺さんとお婆さんは持ち帰った桃を食べようと、お婆さんは左手に桶、右手に布。お爺さんは左手に鉈、右手に鉄鎚を持ちました。お爺さんは鉈を振り上げ、大きな桃めがけ勢いよく――」
「ス、スト―――――――――――――――――ップ!!!」
僕は叫んだ。
「……なんですかジンタ様、いきなり大声なんて出して。びっくりするではありませんか」
「びっくりするのはこっちだよっ! 怖いよっ! 怖すぎるよっ!! お爺さんとお婆さん用意良すぎるでしょ!? 確実に中身わかってるよね!? 確信犯じゃん! しかもなんで妙にリアルなのっ!? お婆さん死にかけだし、童話にそんなリアリティなんて求めてないよっ!!」
「そんな怒涛の突っ込みをされましても……私は幼い頃からこう聞かされていましたし……」
「幼い頃って、二―ナさん兵器なのに?」
「さらに言えば物語はこれからが本番でしたのに。悪さをする鬼の『アレ』を、『アレ』して、『アレ』するという愉快痛快な……」
「さらっと無視されたっ!? ていうか『アレ』にはなにが入るのっ!? それはそれは規制モンの『アレ』にしか聞こえないんだけどっ!?」
二―ナさんは申し訳なさそうにシュンとする。
「ですか……。ならばPTA推奨の教育配慮語を用いて申しましょう。
……『オチャメしちゃった』鬼さんたちに『めっ!』をするため、主人公は犬と猿とリヴァイアサンを連れて鬼が島に到着しました。とりあえずと島を探索していると――な、な、な、なんとおっかなびっくり、気持ちよさそうにお昼寝している鬼さんがいるではありませんか! 流石に寝ているところを邪魔するのは悪いので、良心の塊である主人公らは起きるのを待ちますが、しかし、鬼さんの細首に『可愛らしい虫が止まっていた』のを発見したので、善意の塊でもある主人公は、持っていた尖った鋭い刀状のもので虫めがけて『元気フルスイング』しちゃったら虫もろとも鬼さんが『ぐっすりオネム』しちゃったので、『こんなところで寝ていたら風邪ひいちゃうぞっ☆』と慈愛の化身さながら、主人公一行らは鬼さんの『ハッピーになった頭』を掴み上げ、仲間を探し出して同じように――それは丁寧に揃えて並べて晒してお宝をかっぱらって、お爺さんとお婆さんと三人で幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし♪」
「――いや、全然めでたくないよっ!!? それ本当に推奨してるの!? いい加減にしてよっ! 突っ込みどころが多すぎるし、なにより子供泣いちゃうよっ!」
全然反省してないし、ていうかむしろ悪化してた。
ああ、もう。
眠気が飛んでいっちゃったじゃないか……。
「おや? ジンタ様、あれは一体なんでしょう?」
不意にニーナさんは言った。
僕は首を傾げる。
「ん、どれ?」
「ほら。川を流れてくる……あれ、あれです」
おぶられた背中から身を乗り出し、ニーナさんが指差す方を覗いてみると――
川の上流からドンブラコ、ドンブラコと流れてくるそれを見つけた。
「なんだろう、あれ。……桃かな?」
いや。
それにしては肌色が強すぎる。
桃じゃない。
あれは……
「お尻だ!」
お尻だった。